第十二話
シャドウゲイズとの戦いの後、グリーンヘイブンには重い疲労が漂っていた。
泥まみれの服を叩きながら、トマスがぼやく。
「このまま体を洗ったら水が足りない。子供たちが病気になったらどうする?」
ガロンが無骨な腕を組み、うなずく。
「川まで水を汲みに行くにも、山賊や魔獣が出て危ない」
エリが、ぱっと顔を上げる。
「ママが言ってたよ! きれいなお水があれば、心も元気になるんだから!」
その無邪気な声が、場を明るくした。
リクはコンソールを開く。
「新しい水源……スキルを使えば見つけられるか?」
コンソールを開くと、丘の麓に水源があると表示された。
その刹那、ざらついたノイズの中に文字が浮かんだ。
《異常検知:呪術的干渉》
「丘の麓に水源があるらしい」
リクがそう告げると、ガロンが顔をしかめる。
「丘の遺跡の近くは、近付かない方がいい。魔王軍の呪いが立ち込めておる」
リリィは杖を持ち、丘を見つめた。
「私の聖なる力なら、呪いを解けるかもしれない。でも、強い呪いなら……」
昼間の陽光が彼女の金髪を縁取り、真剣なまなざしの奥に、決意が宿る。
丘の麓に着くと、鼻をつく異臭が漂っていた。
「なんだこの匂い……」
村人たちが顔をしかめ、エリが鼻をつまむ。
少年がコンソールを操作し、地脈のデータを解析する。
「この匂い、呪いが地脈を汚してるせいだ」
リリィが杖を掲げ、神聖な力を呼び込む。
彼がコンソールで神聖魔法強化を実行すると、淡い光が広がり、異臭が薄れていった。
だが、どこか別の場所で嗅ぎ慣れた匂いが漂い始めた。
「呪いが弱まった! リク、掘ってみて!」
リリィの号令で、少年がシャベルで掘り始めた。
彼女の神聖な力が彼の全身を駆け巡る。
筋肉が熱を帯び、シャベルの柄が軽く感じられた。
リクが土を削る。
湿った土と乾いた石が交互に音を立て、飛び散る土塊が頬をかすめた。
ガロンとトマスも負けじとシャベルで掘り進める。
「みんな、がんばれぇ!」
エリが声を張る。
リリィはじっと少年を見つめ、瞳に想いを宿らせる。
「痛っ」
リクのシャベルがガリッと硬い岩に当たり、衝撃が腕を走り抜けた。
次の瞬間、ゴウッ! と爆ぜる音とともに、熱湯が噴き出した。
「熱っ……! これ、温泉だ! みんな離れろ!」
彼が熱波に後ずさる。
地面に落ちた雫がジュッと音を立てた。
エリは飛び退いた。
「こりゃ入れねえぞ! どうする、リク!」
ガロンが叫んだ。
少年は地球で見た温泉街の記憶を思い出した。
湯気の立ち上る露天風呂と、語らう人々。
「あの仕組みなら……!」
リクは号令を響かせた。
「ため池と木の樋で冷ませば使える! 皆、手伝ってくれ!」
「木の樋だと?」
ガロンが目を丸くする。
村人たちが動き出す。
トマスが木の板を運び、ガロンが土を掘る。
リリィがみんなにも補助魔法をかけ、素早く浅い池を形成した。
少年と村人たちは丘の斜面に木の樋を組み、熱湯を導く。
湯は風に冷まされ、池に流れ込む。
湯気が柔らかく立ち上り、触れられる温かさに落ち着く。
リクが手を差し入れ、温度を確認した。
「よし、ちょうどいい!」
村人たちが集まり、湯に手を浸す。
「肌がすべすべするぞ……!」
トマスが目を丸くする。
「体の芯まで温まる! これで戦いの疲れも洗えるな!」
ガロンがトマスの肩を叩く。
エリが湯をかき、ぱしゃっと跳ねる。
「リクにぃ、すごいよ!」
湯気が村を温め、戦後の重い空気が和らいだ。
少年はコンソールを閉じ、満足げにうなずいた。
その夜、温泉にリリィとエリが肩まで浸かっていた。
星空が湯面に映り、湯気の向こうでリリィの金髪がそよぐ。
灯籠が橙色の輝きを放ち、柔らかな陰影を描く。
少女が湯をかき、いたずらっぽく微笑んだ。
「ねえ、リリィお姉ちゃん、リクにぃのこと、どう思う? かっこいいよね! 好き?」
リリィの頬が、温泉の熱とは違う赤みで染まる。
「リ、リクは……ただの仲間よ。みんなを幸せにできる人だし……どんなに大変でも諦めない彼を支えたいだけ」
エリの目がキラリと耀く。
「ふーん、でもさ、顔めっちゃ赤いよ! ほんとにそれだけー?」
少女が身を乗り出し、湯がぱしゃっと跳ねた。
「も、もう、茹っちゃったかな……」
リリィがくすくすと笑いながら湯をかけた。
二人の声が夜の静寂にこだました。
リリィの心には、リクの不屈の背中が刻まれていた。
追放の痛みを抱えながら仲間を鼓舞する姿。
彼女の祈りは、信仰を超え、彼に寄り添う誓いだった。
一方、岩陰で少年がコンソールを閉じる。
星空が瞳に映る。
「……みんなの平和を、絶対に守る」
彼の声は小さく、決意に満ちていた。
温泉の湯気が星空に溶け、グリーンヘイブンの夜に新たな希望が灯っていた。




