第十一話
荒れ果てた農地。
ひび割れた大地を、リクが駆け抜ける。
大量のゴブリンを引き連れて、
「うおおおお! うまく行ってくれよおおお!」
少年は走りながらコンソールを操作する。
そして踵を返しゴブリンの中心に滑り込む。
「くらえっ!」
コンソールが光り、堆肥ブーストが発動する。
大地に緑が広がり、新芽が土を突き破る。
ゴブリンたちは生命力を吸収され、バタバタと倒れ始めた。
「リリィ!」
「うん!」
リリィが、癒しの力を少年と大地に放つ。
リクがゴブリンにとどめを刺す。
枯れた土が息を吹き返し、一面が柔らかな草に覆われ、死の気配が消えた。
少年はほほえんだ。
「やったぁ! 作戦成功だ!」
ガロンが草を撫でる。
「……また、この光景が見られるようになるとは。リク、ありがとう」
トマスが目を丸くした。
「リク、すげえな!」
彼は遠くを見つめた。
「お前の力で緑が戻った。子どもたちにまたパンを食べさせたい……あの日常を、取り戻すぞ!」
その声に、落ち着いた覚悟が宿る。
エリが跳ねる。
「これでパン、作れるね!」
リリィが微笑む。
「リク! 一緒に頑張ろうね!」
ふたりの努力が実を結んだ瞬間だった。
二週間前、
リリィはガロンの薬草で回復し、村人を癒せるまでになっていた。
夕暮れ、少年は集会所の隅で彼女に話しかける。
「俺の力、コードエディット。世界を変える力なんだ。でも、命を削るリスクがある」
リリィが眉を寄せる。
「そんな……」
「リリィ、君の祈りで魔力を補えたら、もっと安全に使える。一緒にやってくれないか?」
長い沈黙。
夕陽が彼女の頬を彩る。
「ここが私の家になるなら、私も力を使いたい。誰かのために」
リクは優しく笑う。
「ありがとう。一緒にやろう!」
ふたりは訓練を重ねた。
最初は失敗ばかり。
泥だらけになったり、魔力が散ってしまったりした。
何度も挑戦しながら、互いの呼吸が合い、ついに同期を果たす。
「やった!」
手を合わせ、喜びを分かち合った。
今日、成果が花開いた。
穏やかな日差しの中、村に歓喜が広がる。
だが、警報音と共に、コンソールが赤く明滅した。
《警告:外部干渉を確認》
「なんだこれは……コンソールに誰かがアクセスしてる……」
土壌が歪み、腐臭が鼻をつく。
リリィが声を詰まらせた。
「リク、何か来る……!」
《シャドウゲイズの出現:管理者権限による強制実行》
暗闇からシャドウゲイズが現れる。
触手がうねり、赤い目が明滅する。
ガロンが力強く叫ぶ。
「リク、何をしている! 動かんとやられるぞ!」
彼がエリの腕を引き、集会所へ急ぐ。
シャドウゲイズの目から魔力が弾け、少年の脳に偽の映像が流れる。
「リクにぃ、助けて!」と偽のエリの声が響く。
リクは、ガロンの「逃げろ!」という叫びで我に返る。
「今のは……」
彼はコンソールを操作し、ログを呼び出した。
シャドウゲイズによる幻惑魔法がかけられていた。
「リリィ! 光魔法で目を潰せ!」
リリィが聖句を唱え、辺りを照らす。
シャドウゲイズが止まる。
「みんな! こいつの目を見るな! 幻覚を見せられるぞ!」
少年は短剣を手に持ち、コンソールを展開。
「お前の魔力を全部使ってやる!」
「堆肥ブースト実行! 生命力全部持ってけ!」
スキル発動と共に、緑豊かな大地が一瞬輝いた――が、次の瞬間、緑が急速に褪せ、草が枯れていく。
リクは胸を押さえ、口から血を吐いた。
体が鉛のように重く、視界が白くかすむ。
「リク、大丈夫!?」
リリィが駆け寄るが、彼は手を振って立ち上がる。
「まだ……やれる……」
だが、冷や汗が額を伝い、立つのもやっとだった。
シャドウゲイズには何の変化もなかった。
「……何が、起こった……?」
シャドウゲイズの触手が再び地面を抉る。
リリィが近づき、癒しの力を放つが、顔を歪めた。
「リク……一旦逃げましょう」
リクは歯を食いしばり、彼女の手を握る。
遠くでシャドウゲイズの咆哮が轟く中、ふたりは駆け出した。
村の外縁、村人たちが築いたバリケードの中で、少年はログを確認した。
「生命力の回収が……シャドウゲイズから行われていない!?」
リクの囁きに、リリィが顔を上げた。
「リク、どうする……?」
その時、シャドウゲイズの触手がバリケードを叩きつけ、木片が四散した。
ガロンが槍を構えて前に出る。
「リク、俺に任せろ! ワシも戦う!」
彼の槍が触手を貫くが、反撃の爪が肩を切り裂いた。
「リクがずっと守ってくれたんだ、今度は俺たちの番だ!」
トマスも農具を持ち応戦の準備をする。
エリも松明を抱えて応援した。
かつて魔王軍に怯え、ただ生き延びるだけで精一杯だった彼らが、今、互いの背中を見ながら一歩踏み出した。
少年の胸に熱いものが湧き上がった。
「スキルがなくても……みんな、仲間と一緒に戦ってる。俺も、進むしかない!」
リクは短剣を手に一歩踏み出した。
「みんなで守るんだ!」
村人全員が一つになった。
リリィが聖句を唱えると、神力が触手を照らし、シャドウゲイズが後ずさった。
少年は目を細める。
「……さっきも光が効いていた」
エリの松明が触手を退けると、彼は確信した。
「やっぱり……奴らは熱か光が弱点だ! リリィ、祈りはまだ使えるか!」
リリィが両手を合わせる。
魔力が淡い波のように広がり、松明に宿る炎を聖火へと強化した。
シャドウゲイズの動きが鈍る。
「その調子だ! みんな松明で応戦しろ!」
村人たちが奮起する。
リリィが一歩前に出て、松明に手を添えた。
「光で攻撃すればいいのね! みんな、松明を高く掲げて!」
しかし、触手が唸り、バリケードが軋む。
恐怖が人々の背中を押し返す。
そのとき――エリが足を踏み出した。
「お姉ちゃんが頑張ってるんだから、今度は私たちの番だよ!」
彼女が松明を持ち走り出す。
ガロンが槍を掲げた。
「エリに続けぇ!」
皆の足が地を蹴る。
リリィの手元で、輝きが強まった。
「リク……今よ!」
少年は決意を固め、コンソールを展開する。
《神聖魔法強化:実行》
指先が選択を押した瞬間、聖火が脈打つ。
火は赤から金に変わり、意志を持ったように迸った。
迸った炎は火柱となって天を貫いた。
その熱と光に晒されて、シャドウゲイズが呻き声をあげた。
触手が焼かれ、黒い煙が立ちのぼり、赤い瞳が明滅する。
リクは力強く号令をかけた。
「今だ――行けっ!」
その叫びが号砲のように伝わる。
ガロンが一直線に闇の獣へ突っ込む。
次いで、エリが聖火を振りかぶって走る。
少年は短剣を手に突進する。
視界の端で、リリィが願いを込めて両手を合わせた。
リクの短剣が目を貫いた。
リリィが生んだ聖光に飲まれ、崩れ落ちた。
黒い煙が空へ昇り、風に溶けた。
静寂が広がる中、少年は誰かの息遣いを聞いた。
膝をつき、荒い呼吸のままリリィの手を握る。
全身に痛みがのしかかる。
けれど、その先に――笑顔があった。
「……やった……勝った……」
ガロンが勝鬨を上げ、エリが歓声をあげた。
村人たちが互いに肩を抱き合う。
誰かが泣き、誰かが空を仰ぎ、誰かが少年の背を撫でる。
彼らの顔には、未来を信じられる表情が戻っていた。
確かな希望が芽吹いていた。




