第十話
村での活動を始めて二週間。
リクはゴブリンの残党を討伐するため、北の丘陵へ向かっていた。
朽ちた柵。
苔むした石塀。
草に埋もれた「立入禁止」の標識。
廃屋には、血の飛沫と折れた矢が散乱している。
刺すような風が、鉄の匂いを運んできた。
そこには、薄汚れた布をまとった少女が鎖で縛られ、うずくまっていた。
金髪は埃にまみれ、青白い肌には疲労の跡が刻まれている。
彼女の視線は彷徨い、焦点を失っていた。
「……リリィ?」
リクの吐息がかすれた。
かつての仲間――リリィだった。
「リク……あなた、なの……?」
彼女は少年に近づこうとして、よろめき、倒れた。
リクは咄嗟に抱き止めたが、そのあまりの軽さに手が止まった。
リリィの指が彼の腕をつかみ、か細くも懸命にすがりついた。
「俺だ、リリィ。もう大丈夫だ」
リクは彼女を抱えると駆け出した。
村に戻ると、ガロンが近づく。
「その娘は?」
「昔の仲間です! 助けてください!」
ガロンは無言で集会所へ案内した。
エリがリリィのぼろ布に触れた。
「このおねえちゃん、リクにぃが話してた神官さんなの?」
エリは少年が語った冒険譚を思い出す。
しかし、彼女のやつれた姿に顔を曇らせる。
「大丈夫だよ、エリ。みんなで助ける」
リクがエリの頭を撫でると、彼女はリリィの髪をそっと撫でた。
壊れ物を扱うように優しく微笑んだ。
トマスが藁のベッドを用意し、村人たちが薬草や温かいスープを持ち寄った。
一週間後、集会所の窓を赤く染める夕陽の下、エリが元気に飛び出す。
「リクにぃ! リリィおねえちゃん、起きたよ!」
駆けつけると、リリィが薄く目を開けていた。
金髪が夕陽に透け、壊れそうな絹糸のようにそよぐ。
「リリィ! 一週間も眠ってたんだ! 心配したぞ!」
「リク……ここは?」
彼女のつぶやきはかすれ、記憶をたどるように漂った。
「ここは俺の拠点だ。安心して」
リクは彼女の手にそっと触れる。
その指は、わずかに震えていた。
「今は休むんだ。話はそれからにしよう!」
少年の穏やかな表情が彼女の心を落ち着かせた。
ガロンが集会所の隅で薬草を調合し、つぶやいた。
「まだ熱がある。急がせちゃだめだぞ、リク」
ガロンとエリたちは介抱を続ける。
リリィの指先はベッドの縁を握り、かつての自分を取り戻そうとするように力を込めた。
エリがそばでリリィの頬に手を伸ばす。
「おねえちゃん、髪きれいだね。ガロンじぃの薬、効くよ。元気になるよ!」
リリィはエリの小さな手を優しく撫で、遠くの記憶を辿る。
リクは穏やかに目を細めた。
リリィはベッドに視線を落とし、沈黙する。
やがて、意を決したように顔を上げる。
「リク……ごめんなさい」
リリィの囁きは小さく、夕陽に溶けるようにかすれた。
彼女は藁のベッドの縁を握り、指が白くなるほど力を込めた。
「あの夜、リクが追放された時……レオンが怖くて、足が動かなかった。何も言い出せなくて……守れなかった」
リクはあの夜を思い出した。
火影に照らされたレオンの視線。
追放の恐怖、仲間に見捨てられた無力感。
「あの時は俺も怖かった」
リリィは小さく首を振る。
「……私も、あの後すぐに追放されたの。きっと役に立てなかったから……私、ただのお荷物だったんだと思う」
「荷物なんかじゃない!」
リクの叫びは即座に返った。
「リリィがいなかったら、俺たちはとっくに倒れてた。いつだって、みんなを一晩中看病してただろ!」
彼女は小さくうなずく。
「何度も何度も、自分を責めて……どうしようもなく孤独だった」
少年は黙って首肯する。
「今度は俺がリリィを護るよ」
その言葉は真っすぐで、力強かった。
「……ありがとう。リク」
リリィは弱く目を潤ませた。
「これからは、一緒に頑張っていこう。もう二度と、失わないために」
少年は彼女を見つめる。
「……リクは、変わんないね」
彼女の手から淡い神力が放たれ、体の傷が癒えていく。
――癒しの力が戻った。
窓から差し込む夕陽が二人を優しく照らす。
集会所の静けさが、少しだけ未来への希望を感じさせた。
だが、その裏で――世界は緩やかに崩れ始めていた。
《警告:外部干渉を検知》
《異常検知:環境改変負荷・臨界》
《システム状態:不安定》
《影響範囲:全世界》
《世界修正プロトコル:演算処理開始》
《世界修正プロトコル:処理失敗》
《神域アクセス:成功》
《世界修正プロトコル:管理者権限による強制実行》
《世界修正プロトコル:強制処理開始》




