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悪役極嬢~筋をお通し願えますか?~  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第1章 西荒抗争の終決【2】

「しっかし、皮肉なもんやのお。あれだけ嫌やったお嬢様になるなんてな」

 溜め息を落とすマリーウェザーに、アリストは言いづらそうにしながら口を開いた。

「問題はそれだけじゃなくて……。ここは乙女ゲームの世界なんですよ」

「乙女ゲームぅ?」

 マリーウェザーは思わず素っ頓狂な声を上げる。お嬢様にあるまじき声に、アリストは困ったように苦笑した。廊下にいるメイドたちに聞こえていなければいいのだが、と考えつつ、マリーウェザーはまた小さく息をつく。

「乙女ゲームって、あのオタクの女たちが大好きなゲームかいな」

「それは偏見ですよ。俺もプレイしてましたから」

「どんな趣味してんねん! あれは女の子のヒロインが男子に惚れさせるゲームやろ?」

「その男子を参考にすればモテるようになるかと思いまして……」

 たはは、と気恥ずかしそうに笑うアリストに、マリーウェザーは思わず目を細めていた。人の趣味をどうこう言うつもりはないが、彼がそんなことを考えていたとは知らなかった。だが、彼らしいと言えばそうなのかもしれない。

「妹に借りてやってたんですが、あれはあれで面白いですよ」

「まあゲームに性別制限はないしな。で? ここがその乙女ゲームの世界ってのは?」

「この家は、セイヴクイン家という、女帝時代を支えた騎士の家系です。マリーウェザーの兄ハーヴィが攻略対象なんです」

 いまのマリーウェザーの頭の中には、元来のマリーウェザーの記憶はない。兄と言われても思い当たる人物はいない。ここはアリストの知識を頼るしかないだろう。

「俺はひと足先にこの世界に来てたんで、いろいろ調べました。他の攻略対象も発見しました」

「ほな間違いなさそうやな。けど、それの何が問題なんや?」

「それが……マリーウェザー・セイヴクインは、悪役令嬢なんです」

 聞き慣れない単語に、マリーウェザーは眉をひそめる。そもそも乙女ゲームというものを嗜んだこともなく、その知識はまったく持ち合わせていなかった。

「悪役令嬢? なんやそれ」

「乙女ゲームのヒロインに嫌がらせをしたり虐めたりして、最終的に断罪されて、下手したら処刑される設定なんです」

「ほう、面白い。極道の娘のウチが悪役かい」

「笑い事じゃないんですよ! ヒロインの行動如何(いかん)では、お嬢は処刑されるかもしれないんです」

 アリストは鬼気迫る表情をしている。それがアリストの言うことが本当であると証明しているが、マリーウェザーはそもそも疑うつもりはない。たー坊がいろはに嘘をついたことは一度もないのだ。悪役令嬢はその名の通り悪役で、悪役は主人公に成敗される運命にあるのだろう。

「ヒロインってのはどんな女なんや?」

「ドリー・ハートナイト男爵令嬢。マリーウェザーと同級生の少女です。女帝時代最後の女王レーミリアの魂を受け継ぎ聖女となる、という設定です」

「ますます面白いやんけ。平和ボケしたお嬢様がウチに敵うとでも?」

「それが……侯爵家の御庭番を使って調べたところ、どうやらヒロインも転生者みたいなんです」

 転生者というのは自分たちのように元の世界で死に別世界に来た人間のことだろう、とマリーウェザーは考える。アリストの話によれば、悪役令嬢とヒロインは対立関係にある。ヒロインも転生者であるなら、アリストと同じようにこの世界のことを知り尽くしている可能性があるということだ。

「ヒロインが攻略法を熟知していれば、お嬢を断罪するのは簡単かもしれません」

 アリストは案ずる表情をしているが、ふん、とマリーウェザーは鼻を鳴らした。

「流れ弾で死ぬなんて間抜けを晒したけどな、ウチはこれでも親父に西園寺組を任されたんや。そんなことで取られる(タマ)ちゃうで」

 最後に聞いた父の言葉は、いまでもよく覚えている。だが、記憶しているのは途中までだ。あのとき父がなんと繋げようとしたか、いまとなっては確かめる術がない。それでも、父の意思はしっかりと聞こえていた。

「ほな、この世界のことをイチから教えてもらおか」

「はい。ここはユスティア王国。いまはアレクシス王が治めています。女帝時代が終わったばかりです」

「女帝時代ってのはなんなんや?」

「大昔から、この国は女王が治めていました。必ず世襲です。最後の女王レーミリアは、子どもを産めませんでした。それで、甥のアクレシス王が王位を継ぎました。それで女帝時代が終わったと言われています」

 まるで学校の歴史の授業のようだ、とマリーウェザーは少しだけ頭が痛くなってしまいそうだった。いろはは勉強があまり好きではなかった。学校そのものがあまり好きではなかったのだが。聖百合女学園には通いたくて通っていたわけではない。

「このセイヴクイン家は、昔から女王に仕えて来た騎士の家系です。レーミリア女王時代に起きた戦争で功績を立て、侯爵位を叙爵しました。マリーウェザーはそのセイヴクイン侯爵家の娘で、この国の王太子ウォルターの婚約者です」

「げ、婚約者がおんのかいな。つまり未来の王妃っちゅーわけかい」

「そう上手くいかないのが乙女ゲームってやつなんです」

 マリーウェザーとしては上手くいかないのは喜ばしいことであるが、アリストにとってそれは良くないことであるようだった。

「ヒロインと攻略対象が結ばれれば、マリーウェザーは断罪されることになります。罪人として処刑、もしくは国外追放になります」

「ふん、なまっちょろいね」

 マリーウェザーは貴族の、それも爵位のある家の令嬢だ。それが処刑や国外追放となれば、セイヴクイン家がどうなるかは想像に易い。女性という点で嫡男よりはダメージがないだろうが、爵位のある家にとって汚点となることは間違いないだろう。

「で、ヒロインってのは?」

「ドリー・ハートナイト男爵令嬢。レーミリア女王の魂を受け継いで聖女として覚醒する、という設定です。ハートナイト男爵家は、セイヴクイン家より前から女王に仕える騎士の家系です」

「それなのに男爵なのかい? 爵位が逆じゃないかい?」

 マリーウェザーは乙女ゲームをやったことはないが、貴族が主人公の漫画なら読んだことがある。漫画知識で、爵位の偉い順だけは知っていた。

「実は、ゲームには実装されてない設定がありまして……」

 アリストは真剣な表情になって続ける。それはマリーウェザーの興味を強く引いた。

「昔の戦時中、当時の当主が女王を裏切ったことで降爵しました。その事実は公にはされていないんですが、もしヒロインが転生者だとしたら、その設定を知らない可能性があります」

「ゲームに実装されてないはずの設定が具現化したっちゅーことか?」

「はい。だから、ヒロインは女王の魂を引き継いでいない可能性があるんです」

 ふむ、とマリーウェザーは顎に手を当てる。これまでのアリストの情報をまとめつつ、慎重に口を開いた。

「ヒロインがそれを知らんかったら、どうなるんや?」

「おそらくヒロインらしくするでしょう。悪役令嬢を断罪しようとするはずです。ですが、聖女として覚醒することはないかもしれません」

「それで困ることがあるんか?」

「ヒロインが覚醒しないままヒロインして攻略対象を落としてしまえば、何もかもめちゃくちゃになる可能性があります。特に王太子ルートでは、下手を打てば王太子は廃嫡になるかもしれません」

 それがどんな結末をもたらすか、マリーウェザーにもなんとなく想像できる。王太子に兄弟がいれば問題はないだろうが、兄弟がいない場合、王位継承権の争奪戦が起きる可能性があるのだ。そもそも王太子が廃嫡となること自体、王家にとっては痛手である。たったひとりの少女の選択によって、国にダメージを与えることになるのだ。それはマリーウェザーが断罪されることより重い汚点となるだろう。

「面白いやないの。ほなら、ヒロインゆう女を止めりゃええわけやな」

「それが、そうも上手くいくか……」

 この会話の中で、アリストは何度も案ずる表情を浮かべている。マリーウェザーより乙女ゲームに詳しい彼は、マリーウェザーの思惑通りにいかないことがあるのも知っている。そうでなくても、アリストは昔から心配性だった。

「マリーウェザーはヒロインに対する嫌がらせや虐めで、すでに肩身が狭い……。それも噂でしかないので、実際にマリーウェザーがやってることはせいぜい小悪党ですが」

「ほならカチコミかい」

「それはまずいです。貴族というものは、お嬢が思っているほど簡単な世界じゃないんです」

 元来のマリーウェザーがどうかはわからないが、いろはは「血の気が多すぎる。女の子なんだから」と父やたー坊によく言われていた。血の気の多さに女も男もない、といろはは何度も言っていたが、血の気の多いことを言うたびに咎められていた。父はいろはに極道の娘ではなく一般女性としての人生を歩んでほしいと言っていたため、この血の気の多さを案じていたのだ。それでも最後には西園寺組を託したのだから、いろはが一般女性として生きていくことは難しいと悟っていたのかもしれない。




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