オッサン、おしゃれになる
前回からのあらすじ
俺の名前は田中幸司。45歳。
目が覚めたら俺は......女子小学生になっていた!?
友達のあかねちゃんの家に遊びに行くことになった俺。
「そういえば女友達の家ってどんなの着ていけばいいんだ?」
そういって俺はうーんと首をひねった。
「わからん」
「そういえば、女友達の家ってどんなの着ていけばいいんだ?」
首をかしげながらクローゼットを開ける。
ハンガーの金具がかちゃりと鳴って春の光が布の間に落ちた。
そこにはいろんな種類の服が吊るされていたが
色合いとしては白、グレー、紺など。比較的静かで落ち着いた色が多い印象を受けた。
(もともとあんまり派手なのは苦手だったのかな)
袖を指でつまみ指先で生地を滑らせる。冷たくてやけにしっかりしている。
その感触にふと昔のことを思い出した。
(おしゃれってなんだろうな)
平日はくたびれたスーツ。休日はネクタイを外しただけの“ほぼスーツ”。
“おしゃれ”なんて言葉は自分の辞書から遠いところに置き去りにしてきた。
――いや。結婚前は少しだけ頑張ってたかもしれない。
好きだった人と会う時は鏡の前で首をひねってたっけ。
わからないなりに色合わせやなんやら色々調べながら。
「嫌われないためにはどうすれば...」
それだけ考えて雑誌をめくってたっけな。
(俺の”おしゃれ”って、あの頃の自分にとっては”減点回避”だったんだよな)
一方、いま目の前の“女の子ワードローブ”は明らかに別の世界の言語でできている。
自分を美しく、かわいく見せるための“攻め”。
可憐に、軽やかに、季節の色を纏って世界の真ん中に立つための服。
いうなれば”哲学”。
問題はどうすれば俺が、みゆきをかわいくできるか。
唸り声をあげながら真剣に悩む。
(うーん!わからん!選べない!)
こっちのワンピースか。もしくはこっちのスカートか。
いやこれは短すぎないか?こっちはさすがにちょっと……
手に取る衣服一つ一つに俺なりにダメ出しをしながらまた戻し。
気が付けば端から端まで全て見尽くしてしまい俺は大きく息を吐いた。
悩みに悩んだ結果--
今の俺が選んだのは、何とも昔の俺が選んでそうな。そんなテイストだった。
白いカッターシャツ、淡いグレーのカーディガン、デニムの長ズボン。
ハンチング帽をちょこんとかぶって、改めて鏡を覗き込んだ。
(“清潔感”……はある。たぶん。嫌われは、しない……と思う)
鏡の中で”みゆき”が眉を下げた。
(たぶんこれは“かわいい”ではないんだろうな……)
そんなぼやきをごまかすように、深呼吸をひとつ。
「よし。これで行こう」
自分に言い聞かせて部屋を出る。靴を履く指先が少しだけ震えた。
はじめて自分でチョイスした”女の子”のおでかけ服。
十四時すぎの春の光が階段の踊り場を照らす。
降りるたびに鳴る足音が心臓の鼓動と重なった。
緊張と楽しさを胸の奥に抱えたまま、俺は光の中へ足を踏み出した。
分かれ道の角である待ち合わせ先には、もうにあかねちゃんが立っていた。
ピンクのカーディガン、白いフリルのスカート、髪には大きなリボン。
光を集めて、そこだけ春が濃く咲いたみたいだ
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角を曲がった瞬間、胸の鼓動が跳ね上がった。
待ち合わせ場所にいたのは、制服じゃない――“虹野あかね”だった。
「みゆきちゃーん!やっほー!」
手をぶんぶん振りながら駆けてくる。
春の光の中にふわりと浮かぶような。
その姿はまるで映画のポスターの世界にいる少女みたいにまぶしかった。
ピンクのふわふわしたカーディガンに白地に花柄のスカート。
スカートの裾にはレースが揺れ、足元は白いソックスに赤いストラップシューズ。
髪はゆるく外ハネに整えられ、頭には小さなハートのヘアピンがきらりと光っている。
例えて言うならそれは春風のようだった。
まぶしい。なんだこの完成度は。
……同じ一年生か?いや雑誌のモデルかなにかか?
あまりの驚きに小さく「おお...」と低い声が無意識に漏れ出た。
制服では気づかなかった“女の子”としての可愛さに心臓が不意に音を立てた。
“あの頃”に戻ってきたはずなのに。そう思ってたのに。
目の前には見慣れない、というより全く知らない世界が広がっている気がした。
「やっほー!」
そんな春をまとった少女がこっちを見て笑顔で大きく手を振っている。
立ち尽くす俺にあかねは満面の笑みで駆け寄ってきた。
そのままの勢いで俺の手をぱしっと取ってぎゅーっと握り
「えへへー」と笑ってみせた。
そして俺の頭からつま先までじっくりと視線を滑らせた。
(あ……やばい、チェック入った)
カーディガンの袖、胸元、デニムのライン。
あかねちゃんは目をまるでスキャナーのように光らせながらゆっくりと俺を観察している。
「うーん。なるほどなるほど?」
(何が?なるほど?)
「あ!いや。でも……あーでもなぁ……」
(な、なんの審査!?)
「あ、もしかしたら……そうだ、あれなんかも〜」
あかねちゃんは完全に自分の世界に入っていた。
小さな手を顎に当て空中を見つめながら「うーん」と考え込む。
「へ、変かな……?」
俺が声をかけるとあかねちゃんはハッと我に返り、ぱっと笑顔を咲かせた。
「変じゃないよ!ぜんぜん変じゃない!」
その言葉を聞いてほっとしたのもつかの間--
「でもね、でもねっ!」
(おいおい……その“でも”は危険信号だ)
あかねちゃんは今日一の満面の笑みを浮かべて言い放った。
「もっとおしゃれしよっ!!」
(ほら来たぁぁぁ!!)
俺は全力で逃げ出したい衝動をなんとか抑えた。
多分顔はひきつってると思う。
「い、いや、わたしは!清潔感重視で!これ、そのっ落ち着くから!」
俺が一歩下がる。同時にあかねちゃんが一歩詰める。
「だいじょうぶ!清潔感も全部“かわいさ”で上書きできるから!ね?」
(え、何その論理!?)
あかねは俺の手首をぱしっとつかんだ。
「い、いや、あの、ちょ、ちょっと待って!心の準備が――!」
「準備するのはわたしのしごと!みゆきちゃんは“かわいくなる”だけでいいの!!」
きっぱりと言い切る。その顔がまぶしくて言葉を失う。
これはもう――
(逃げられそうにない)
引かれる腕の力は強いわけではない。なのにその弱い力を拒むことができない。
二歩、三歩とあかねの勢いに引きずられるように俺は歩き出した。
「だ、大丈夫だから!ね?ほんとに!今日はこのままで――」
「だめ!だって今日、せっかくの初めての放課後デートだもん!」
「で、でーとっ!?」
一瞬、息が止まった。顔が熱い。いや心拍数がやばい。
「なーんてね!言ってみただけ!」
くすっと笑いながらあかねちゃんが無邪気にほほ笑む。
春の風に乗って甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。
(……だめだ、完全にペース握られてる)
「さぁ!いこっ!」
そう言って、あかねちゃんは再び手を引いた。
柔らかい指先のぬくもりに妙な照れとドキドキが混ざる。
あかねちゃんの後ろ姿は自信に満ち溢れていた。
そんな背中を見ていると抵抗する気は少しずつ消えていった。
苦笑いする俺の手を引く自信満々な少女。
俺の手から伝わる不安や緊張はそのつなぎ目で掻き消えていく。
仲良く並ぶリボンとハンチング帽。
その2つの影が春の陽気の中を仲良く並んでかけていく。
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あかねちゃんが住んでるの団地にやってきた。
花壇のパンジーが風に合わせて小さく頭を揺らしている。
階段を上るあいだも手はずっと繋がれたまま。
その体温が不思議とこれから味わうであろう不安や緊張を落ち着かせてくれている。
うれしいけどちょっと悔しい。
玄関のドアが開く。
「お母さんただいまー!」とあかねがいうと
「おかえり。……あら、その子が?」
エプロン姿のあかねの母親が顔を出した。
やわらかい目尻が春みたいにあたたかくて、その明るい声が家の奥まで広がった。
「お、おじゃまします」
俺はぺこりと頭を下げた。緊張のせいで声は小さくなっちゃったけど。
「あなたがみゆきちゃんね?いらっしゃい」
ごあいさつできてえらいわねぇ。あかねも見習いなさい?とやさしく俺とあかねちゃんの頭をぽんぽんっと撫でる。
(こういうの、久しぶりだな……)
その手の温もりが昔の記憶をくすぐった。
(こんな感覚懐かしいな。仲良かったアイツの家に遊びに行った時も、おばさんこんな感じだったっけ)
そんなことを思い出して胸の奥があたたかくなった。
「あのね、おかあさん!」
頭をなでる母親に向かってあかねちゃんが弾む声を投げる。
「これからみゆきちゃんを“めちゃくちゃかわいく”するの!」
やや興奮気味なあかねちゃんの勢いに母親はクスクスと笑った。
「ふふ。ええ、いいわよ。でもあんまり散らかしちゃダメよ?」
エプロンの裾で手を拭いながら、穏やかに微笑む。
続けて手を止めてこちらに向き直る。
「あとでおやつ持っていくわね。みゆきちゃん、オレンジジュースでいいかしら?」
「は、はい。ありがとうございます」
思わず背筋を伸ばして答えると、お母さんは満足そうにうなずいた。
「えぇ。ゆっくりしていってね」
その声にあかねちゃんが「やったー!」と飛び跳ね、俺の腕をくいっと引っ張る。
廊下に差し込む午後の光がきらりと揺れて、俺はそのまま部屋へと連行された。
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扉を開けた瞬間、光が跳ねた。
ピンクのカーテン、ハート柄のラグ、整列したぬいぐるみ、ドレッサーに並ぶリボンとヘアピン。
壁のポスターの笑顔が、きらきらとこちらを向く。
(……これが、“女の子の部屋”)
結婚前、彼女の部屋に通ってた頃の“静かな整頓”とは別種の熱量。
ここは夢とときめきときらめきに満ちた自己表現の塊だ。
「はいみゆきちゃんはここ座ってね!」
やや鼻息を荒くしたあかねちゃんに言われるがままにベッドの端に腰をおろす。
デニム越しに伝わる柔らかな布団の感覚が落ち着かない。
あかねちゃんは颯爽とクローゼットを開ける。中には色鮮やかな衣装がをずらりと並んでいた。
スカイブルーのブラウス、レモン色のスカート、小花柄のワンピ、ふんわりチュール。
(ひぇ……色のバリエーションがすごい!俺のクローゼットとは大違いだな)
のけぞりかけた背筋をなんとか立て直す。
これを今から着るのか……と思うと一気に不安が高まった。
「はい!じゃぁまずはこれ!リボンのついた白い丸襟ブラウスと、白×赤のギンガムのミニ!」
あかねの声が弾む。ん?いま”まずは”って言った?
「春っぽく感じがみゆきちゃんの髪にもぜったい合うと思うの!カーデはピンクで軽くして~ソックスは白ニー!」
「ま、待って!待って待って。いきなり“ミニ”は、さすがにハードルが!」
48人くらいメンバーがいるアイドルが着てそうな衣装を片手にあかねちゃんは腰に手を当ててどや顔で告げる。
「“かわいい”にハードルはないの!必要なのは勇気と楽しむ心!」
(名言めいたこと言って押し切るのズルい!)
「いや、でも、ほら、だって——」
「でも、もだって、もなし!みゆきちゃんはかわいくなるの!」
言い切られてうまく息ができなくなる。
きっとこの子、スイッチはいったら止められなくなるタイプなんだろうなと直感が告げた。
そ、そうだ。派手すぎない折衷案を出そう。これは名案だ。
「あの、じゃあ……まずは“おとなしめの入門編”とか。そういうの、ないかな?」
笑顔をひきつらせたまま。おしゃれの先生の顔色をうかがう。
あかねは数秒考えてからニッコリ微笑む。
「入門編ね!うん、わかった!じゃぁ今日がみゆきちゃんがスーパーかわいくなる最初の日だね!うん!入門入門!」
「それ入門の意味ぜんぜんないよね!?」
——攻防、第一ラウンド終了。現在こちら圧倒的劣勢。
あかねちゃんは鼻歌を歌いながらハンガーを揺らす。
背後で青ざめながら震えている俺の心はきっと伝わってはいないだろう。
ふっと声を落とす。
「わたしね。4年生のおねえちゃんによく着せ替えしてもらってたの」
ドレッサーの隅に少し色褪せたリボン。指でそっとなぞる。
「かわいいって楽しいよって、いっぱい教えてもらったんだ」
そう言うとクローゼットの中からピンクのひらひらしたものがたくさんついた丈の短いワンピースを手に取り俺の方へ振り返った。
「だからさ。みゆきちゃんにも“楽しい”を教えてあげたいなって」
胸の真ん中で何かがちいさく鳴った。
押しつけじゃない。まぶしさだけでもない。
“好き”を分けたい、というまっすぐな気持ち。
(……ずるい。そんなの、断りづらいじゃないか)
だけど俺の心はもう半歩ほど後退していた。
「そ、そうなんだ。で、でもね?その……そのかわいすぎるのは……ぉ、いやわたしにはちょっと」
目の前に出された真っピンクのフリフリのミニワンピースを前に視線が泳いだ。
そんな俺を見たあかねちゃんは手をポンとつく。
「そっか。服の上から合わせるだけじゃわかんないよね」
この子何を言って――
「じゃぁ服脱いで実際に着替えてみよっか!」
ちょっと待ってくれ。俺、あかねちゃんの前で裸になるの?
服を脱ぐことへの妙なこそばゆさが襲い掛かる。
理性では“子ども同士、女の子同士、健全”と分かっているのに、内側の”俺”がそれを拒んでいる。
そんなおずおずと戸惑う様子で何かを察したのか。あかねちゃんは一歩下がってベッドをぽんぽんと叩いた。
「じゃあさ。わたしクローゼットの向こう向いてるね。服脱いだら声かけて?」
にこっと微笑んでからくるっと後ろを向いた。そういう問題ではない。
「“いやだったらいや”って言っていいよ」
その言葉が逆に俺の退路を断った。
覚悟を決めるしかない。きっとここからは逃げれない。
「……わかった。じゃあ、服脱ぐね」
「はーい!いっぱいかわいくなろうね!」
あかねちゃんは後ろを向いたまま手を挙げて答えた。
その声色から笑顔なことは伝わってきた。
「じゃあ準備できたら“いいよ”って教えてね!」
深呼吸を一つ。帽子を外し、シャツのボタンに指をかける。
シャツがするりと肩を抜けるたびに体の芯がそわそわした。
(……べつにやましいわけじゃない。ただ慣れてないだけ)
脱いだズボンを畳んでベッドの端へ。
(せっかくだし今はこの楽しさを少し信じてみよう)
「——いいよ」
服を脱いで下着姿になった俺は声を震わせながらあかねちゃんを呼んだ。
「はーいっ!」 弾む声とともにあかねちゃんが振り返った。
手には小さな赤いリボンのついた白い丸襟ブラウスと、ピンクのカーディガン。
反対の手にはギンガムチェックのミニスカートと白ニーソックスを構え満面の笑みを浮かべている。
「まずはこれ!丸襟、ぜったい似合うから。袖のパフがね、みゆきちゃんの肩に“ふわっ”て春を置いてくれるの!」
“春を置く”という表現に思わず笑う。
「じゃぁはい。袖、通すね」
あかねちゃんに言われるがままに腕を差し出すとするりとブラウスの袖に俺の腕が入った。
反対の袖も通ししてもらった後、そのまま正面に回り込んできたあかねちゃんを
「ボ、ボタンは自分でできるからっ
とたしなめる。さすがに恥ずかしい。
ボタンが一つ、また一つと上にあがってくるにつれ、全く新しい自分を纏ったような気分になってきた。
鏡の前に立つと丸襟の白が顔色をふわっと明るく見せた。
(……あ、これ。確かに“かわいく見える”理屈、なんとなくわかるかも)
ピンクのカーディガンが肩にのると肩先が軽くなった気がした。
白ニーソックスを履き、裾をすっと合わせる。
ふくらはぎに当たる柔らかさが少しこそばゆい。
ただギンガムのミニスカートだけは穿いている心地がしなかった。
「やっぱりね!」
あかねがぱぁっと笑顔を咲かす。
「みゆきちゃん“春の色”が似合うよね。うんうん。顔がぱっと明るくなったよ」
「……そう?」
嬉しいけど、恥ずかしいが勝つ。
こういう褒められかたをされるのは当たり前だけど初めてで。
くすぐったいやら恥ずかしいやらで俺は顔を赤くすることしかできなかった。
「じゃぁ次!いくよー!ん~どれにしようかな~」
楽しそうに弾む声と一緒にクローゼットから取り出したのは……
白×赤のギンガムミニとミントグリーンが映えるミニスカート。
うーん。どうもあかねちゃんは俺にミニスカートを穿かせたいらしい。
「これがあればきっと“今日の主役”になれるよ」
「わかった。わかったから!そんなに近づけないで!挑戦してみるから!」
顔にぐいぐい押し付けられそうな勢いで迫ったミニスカートの圧に折れることにした。
まぁもう1着穿いちゃったしね。こうなりゃヤケよ。
「ただ、そのすっごく短いやつは……えっと、その」
と困惑した表情の俺にあかねちゃんは笑いながら答えた。
「んー。もっと短くする?」
「長くして!」間髪入れずツッコミを入れながら笑いあった。
かなり丈の短いミニスカート、最早穿く意味あるのか?とさえ感じてしまう。
こんなのパンツ見せ放題じゃん。
「これさすがに短すぎない?大丈夫?その……パンツとか」
あかねちゃんは小さく「あっ」とつぶやいた後「忘れてた!あとで見せパンも持ってくるね」
と言いながら小さな赤いリボンのついた髪留めを出してパチンと俺の横髪に付けた。
「髪は……うん、ここ!」
視界の端で赤いアクセントがやさしく跳ねた。
上から下まで。彼女の視線が静かに往復して満足げにうなずく。
「完成。“春の散歩道”コーデ!」
両手で大きなマルを作る。
俺は鏡に向き直りそっと息を吸った。
白い襟、ピンクの肩、赤と白の小さな四角、白いニーソックス。
“嫌われないためにはどうすればいいか”ではない“いまのわたしがここにいる”って言ってる服。
胸のどこかが、ぽっと灯った。
「……どう、かな?」
くるっとあかねちゃんの方へ振り返る。ふわっとギンガムチェックのスカートが広がって声がちょっとだけ上ずってしまった。
「うんうん」と大きく頷きながらあかねちゃんは満面の笑みで親指を立てた。
「か・ん・ぺ・き!」
そのとき廊下から軽いノックの音が聞こえた。
「おやつ持ってきたわよー」
あかねちゃんのお母さんが入ってくる。
小さなワゴンにいちごのショートケーキとオレンジジュース。
入ってきたお母さんは俺を見てあっという顔。
「あら……まぁ!かわいくなっちゃって!」
イケてるイケてる!と髪をなでられるたび、うれしいやら恥ずかしいやらで脳の回線が切れそうになった。
(そっか。俺、いまイケてる、のか)
フォークを持つ手が少し震えた。
緊張で味がよくわからない。でも悪くない。
うれしさも恥ずかしさも全部楽しい。
胸の奥が甘さに少しずつ慣れていく。
「ね、みゆきちゃん」
あかねちゃんが次の試練を囁く。
「このまま公園行こ?」
まったくこの子は天使の笑顔で悪魔みたいなことを言う。
「いや!だって!それはさすがに恥ずかしいし!!」
ケーキをほおばりながらあかねちゃんは何かを考えている。
そして「あ」と何かを思い出して立ち上がってクローゼットの引き出しの中から何かを持ってきた。
「ごめん!見せパンのこと忘れてたよね!はいこれも穿いて。そしたら大丈夫だから」
――大丈夫だから。
そう言われ俺はあかねちゃんからブルマを受け取った。
つづく
無頓着な男性と自分を輝かせたい女の子のおしゃれに対する考え方の対比とかを面白く描けてたらいいなぁ...
超ミニのスカートとか、実際ズボンしかはいたことない男性がはじめてだと穿いてる気しなんだろうなぁ。
この辺はあくまで想像ですがw
次回。6話 オッサン、公園デビューする




