オッサン、ブルマデビューする
前回からのあらすじ。
俺の名前は田中幸司。45歳。
目が覚めたら俺は......女子小学生になっていた!?
女子として初めて通う小学校で俺は......
「はーい、みなさん。次は体育ですよー。体操服に着替えてからお外に行きましょうね」
ブルマを握り締めて震えていた。
「ねぇ、みゆきちゃん?大丈夫?」
あかねちゃんがどうしたの?と俺の顔を覗き込んでくる。
ブルマ姿で。
大丈夫なわけがなかった。
俺は両手でぎゅっとブルマを握り締めたまま震えていた。
(そうだよな。1985年だったよな......そうだ。まだブルマがまだ現役なんだよな……!)
握り締めたブルマの感触が、今の現実をいやでも突きつけてくる。
早くはけと。お前は女子だろ、と
しかし。それにしてもだ。改めて見ると生地の面積が圧倒的に少ない。
こりゃ確かに思春期の女子は恥ずかしかったんだろうな、と。
下心をもって見ていたことを少し申し訳なく思った。
よ、よし。落ち着け。俺。
この時代、これは普通。俺は女の子。だから何の問題もない。
そ、そうだ“短パン”の感覚でいこう。
自分に言い聞かせながら思い切って足を通す。
……きゅっ。
(うわっ……これ意外とぴったりだな……)
腰から太ももにかけて柔らかい布が肌に密着する。
締め付けというより包まれる感じ――いや変なこと考えるな俺。
無理やり心を落ち着かせて立ち上がる。
窓に映る自分の姿は完全に「昭和の体育少女」だった。
(……これ!どう見ても......俺......完全にアウトだろ!)
そう思った瞬間顔がかぁっと熱くなる。
「みゆきちゃーん! 一緒に行こー!」
後ろからいきなりあかねちゃんの声。
と思ったら次の瞬間背中に柔らかい衝撃があった。
「うわっ!?な、なに?」
振り向くとあかねちゃんがニコニコしながら抱きついている。
「ねぇいっしょに行こうよ!」
その後ろには同じように体操服の女子が5人ほど。
(ちょ、近い近い近い!)
肩に、腕に、ぴとっとくっついてくる。
彼女たちは当然のようにスキンシップしてくるが、
こっちは全身の神経がビンビンに反応してしまう。
(お、落ち着け……これは普通のことだ……普通の……!)
「あれー?みゆきちゃん、顔赤いよ? どうしたの?」
「え、え、いや……ちょっと……その……」
ごまかしながらも、完全に挙動不審。
そんな中、男子の声が遠くから響いた。
「おーい! 早く行こうぜー!」
元気いっぱいに走り出していく。
その声を聞いてようやく我に返った。
(あぁ。男子ってこんな感じだったなぁ......)
自分の中の“男”と“女”、”大人”と”子供”の感覚がごちゃ混ぜになって、
頭の中が変なスイッチ音を立ててバグっていた。
男子たちは女子のブルマ姿を見ても何とも思っていない。
みんな当たり前のように笑って、砂埃を蹴って走っていく。
(……そうだよな。俺も昔はそうだった。
ブルマだって何ら特別じゃない“普通の体育着”だったもんな……)
自分だけが変に意識というか自然にピンク色な妄想をしてしまっていることに気づいて、
おかしくなってつい笑ってしまった。
この年齢でエッチもクソもあるかよ。
「なに? どうしたの?」とあかねちゃん。
「ううん、なんでもない!」と慌てて答える。
そのとき先生の笛がピィーッと鳴り響いた。
「はーい!みんな集合ー! 今日は50メートル走ですよー!
まずは準備運動しましょうねー!ぶつからないように広がってー!」
「はーい!」
先生の明るい声が青空に弾けた。
一斉に返事をする子どもたちの声が青空に響く。
グラウンドの砂の匂い。遠くで鳥の声。
そして何十年も前の風が頬を撫でた。
****************************************************************************
(……ほんとに戻ってきたんだな、この時代に)
ぎこちなく体を伸ばしながら、
俺――いや、“みゆき”は、小さく息をついた。
ブルマのゴムがきゅっと腰を締め付けている。
大人だったころには考えられないような短さ。
靴箱の近くで鏡を見て思わず「うわっ」と声が出たくらいだ。
(なんでこれ履いて外に出れるんだよ……いや、当時は普通だったけど……!)
でもそんな不安をよそにクラスの子たちは元気いっぱいだった。
なんか一人だけ恥ずかしがってるのも逆におかしいよな。
そう思いつつも恥ずかしいものは恥ずかしのだ。
だけど――
準備運動をしている最中。先生がこっちを見て笑った瞬間に心臓が跳ねた。
若くて明るい女の先生。星野すみれ先生。
ふわっとした髪が太陽に透けて柔らかく揺れている。
その笑顔を見て。俺は思い出してしまった。
あ、この先生、俺のタイプど真ん中だわ。
(やめろやめろ、今は子どもだろ俺……!)
なのに視線が外せない。
先生の笑顔に、胸の奥がほんのり熱くなった。
俺の視線に気づいた先生が微笑みかけてくれる。
その笑顔に耐えられず、俺はそっと視線を外した。
準備運動の後、50メートル走をやる。
「はーい、並んでねー。位置についてーよーい、どん!」
先生が手のひらでパーンと音を鳴らし、2人ずつ走り出す。
その先生の楽しそうにはじける声を聴きながらぼーっとしていたら
あっという間に自分の順が回ってきた。
わたしと一緒に走るのはあかねちゃんだった。
「負けないからねー」
と無邪気に笑う。
「いきますよー!位置についてーよーい、どん!」
先生の手のひらの合図で走り出す。
思えばこんなに全力疾走するのは終電のために駅構内を走って以来かもしれない。
一生懸命手を振って足を踏み出す。
なんか走るのって楽しい。
そう思うと同時になんだかんだで小学生やってる自分も悪くない気がしてきた。
「みゆきちゃんはやーい!」
気が付くとあかねちゃんより先にゴールしていた。俺、案外速いんだな。
「みゆきさんすごいわね。クラスでもかなり早い方じゃない?」
あ、いや、先生に褒められるとなんか、その。
恥ずかしい。
先生は嬉しそうに拍手をしながら、
「でもいい勝負だったね。二人ともすごい!」と笑顔を見せてくれた。
その笑顔がまた、胸をくすぐる。
(……なんでこんなにドキドキするんだろうな)
青空の下。どこか落ち着かない表情で俺はブルマについていた土をパンと払ってごまかした。
****************************************************************************
それからあれよあれよという間に時間は過ぎ放課後になった。
帰りの会が終わっても、教室にはまだ笑い声が残る。
「また明日ねー!」
「みゆきちゃん、明日は一緒に鬼ごっこしない?」
何気ない会話一つ一つからも
(ああ、なんか……本当に小学生に戻ったんだな)
そう感じずにはいられなかった。
からだの小ささ、声の高さ、周りの空気の軽さ。
でもみんなの距離が近くて。無邪気すぎて。まだ慣れないな。
(こんな風に“くっつく”って、どうすりゃいいんだよ……)
心の中では完全に四十五歳のサラリーマン。
「ちょ、ちょっと!距離近いよ!」
なんて口に出したら、きっとみんなから変な顔をされるだろうな。
そんなことを考えていると
「先生、職員室で待ってるんだって。いっしょに行こ!」
あかねちゃんが笑いながら俺の机の前に立った。
「あ、う、うん……そうだね」
(……先生か)
職員室のドアをノックすると、
「どうぞ〜」とあの優しい声が返ってきた。
「じゃぁみゆきちゃん、また明日ね」
小さく手を振ってそこであかねちゃんと別れる。
「みゆきさん、来てくれたね。じゃぁちょっとお時間までお話ししよっか」
先生は笑顔で立ち上がり、隣の待合室へと案内してくれた。
下校の時間だけど今日は転校初日ということもあり
何か手続きのようなことも兼ねて今日は父親が迎えに来てくれることになっていた。
時間まで、というのはそういうことだ。
淡い色のブラウス、柔らかく巻いた髪。
どこか春の光をまとっているような人。
それがよりによって昔の自分の“ど真ん中のタイプ”だった。
(……あぁなんでこうなるんだ)
机の上に肘をついて、先生が優しく問いかけてくる。
「今日どうだった? はじめての学校。がんばったね」
「えっ、あ、うん……」
「緊張したでしょ? 転校って勇気いるもんね」
その声のトーンが、耳の奥に心地よく響く。
明るくて、やわらかくて、少しだけ甘い。
(やばい……声だけで癒やされる)
先生はずっとにこにこしながら話を続けてくれた。
「お友だちはできそう?」
「……うん、あかねちゃんがいっぱい助けてくれた」
「そうなの。あの子、面倒見がいいもんね」
一つ一つ投げかけられる言葉がすべてやさしさに包まれていた。
(なんだろう……なんか......ずっと話していたいな)
このやさしさに何も考えずに包み込まれてしまいたい。
「でもね、がんばりすぎなくていいんだよ」
と言うと先生は椅子から少し身を乗り出して俺の肩のあたりをそっと撫でた。
たったそれだけの仕草なのに心臓が跳ねた。
(ちょ、ちょっと待て。このドキドキ、なんだ……!?)
「みゆきさん、今きっと不安なこともいっぱいだと思うけど、
私、ちゃんと見てるからね。大丈夫だよ」
その言葉が、胸の奥にスッと入ってくる。
安心する。温かい。まるで天使のようだ。
でも――同時に、なぜか少しだけ泣きそうになった。
(なんだよ……先生、ずるいよ……)
先生はそんな俺の様子を見て微笑んだ。
「恥ずかしがり屋さんだね。
でも、ちゃんとお話してくれて嬉しいよ」
「……うん」
「ふふっ、いい子」
頭を軽くなでられる。胸の中がくすぐったくなる。
(この優しさ……たぶん大人になってから忘れてたやつだ)
そのあともいくつもの質問を受けた。
給食はどうだった?
算数は難しかった?
体育楽しかった?
どの質問にも一生懸命答えるたび、
先生はうなずきながら全部笑顔で受け止めてくれた。
話しているだけで心が温まっていく。
この気持ちは何だろう。
甘えたい。いや包み込まれてしまいたい。
いや違う。これは。抱きしめてほしい...?
(ああダメだ……好きになっちゃう……かもしれない!!いや、好きだ!!!)
先生の笑顔に心臓が変なリズムを刻んだ。
それはまるで初恋のような。落ち着かない。落ち着けない。
笑顔と言葉にどうしようもなくドキドキする。
ただその分だけ胸の奥がきゅっと痛んだ。
甘えたい――けれども。
だめだ。何かが壊れてしまうような気がする。
俺は優しく頭をなでられながら、ただ顔を赤くすることしかできなかった。
そんな俺を見て先生はにこっと笑う。
「恥ずかしがり屋さんだね。でも明日もきっと大丈夫だからね」
手を伸ばす勇気も、子どもとしてその温もりに甘える度胸もなかった。
(俺の中身おっさんだぞ!?)
(どうしたらいいんだろう……この気持ち……!)
職員室の外が少し暗くなり始めたころ父親が迎えに来た。
待合室をノックされるのがもっと遅かったら俺は先生に告白していただろうか。
いや、俺いまは小学生だし。女子だし。
先生はたぶん一人の生徒としか見てないだろうし。
いやそれが普通なんだけどさ!!
ドキドキした気持ちが収まらないまま俺は父親に引き渡された。
「今日はありがとうございます、先生」
「いえいえ。みゆきさんがんばってましたよ」
先生が笑って手を振ってくれる。
その笑顔が胸の奥に焼きついた。
(この優しさ……ずっと感じていたかったな。)
手を伸ばしかけて途中で止めた。
甘えたくなる気持ちをぐっと押し込んだ。
先生はそんな俺の気持ちも知らずに「じゃあまた明日ね」と微笑みながら手を振った。
まるで天使のようなその笑顔に胸の奥がきゅっと痛くなる。
(……やっぱり、好きだな)
その言葉を心の中だけでそっとつぶやいた。
****************************************************************************
外に出るともう空はすみれ色に変わっていた。
父親が「ほら、手」と言って俺の小さな手を取る。
その手が思っていたよりずっとあたたかく感じた。
「で、どうだった?」
「え? えっと……」
急に聞かれて言葉に詰まる。
「ごめんな。お父さんの仕事の都合で、
幼稚園の時の友達と離れ離れになっちまって」
「そ、そんな。謝らないで。大丈夫だから」
思わず首をぶんぶん振る。
「いやぁ……みゆき、引っ越すとき“いやだいやだ”って大泣きしてたからさ」
父親は少し照れくさそうに笑った。
(……そうだったんだ)
この世界に来たときにはもう“小学生のみゆき”になっていた。
だから幼稚園の記憶なんてない。
けれど父親のその言葉から自分の知らない過去まで温かく感じることができた。
愛されてるんだな。
「いやなこととかなかったか? 友達はできたか?」
「う、うん。大丈夫。お友達も……」
思い浮かぶのは、あかねちゃん。
近すぎる距離。笑顔。
「大丈夫?」って覗き込むあの目。
一瞬だけ、顔が熱くなる。
「……お友達もやさしかったよ」
「そっか。先生もいい人そうだったな」
(うん……先生は、本当にいい人だ)
そう思った瞬間、さっきの待合室での光景がよみがえる。
先生の声、微笑み、手のぬくもり。
思い出しただけで、心臓がまた早鐘を打った。
俺の様子を見ながら父親がふっと軽く息をついた。
「その様子じゃ、もう大丈夫そうだな」
その声には、安堵の色がにじんでいた。
(……この人、本気で俺のこと心配してくれてたんだ)
みゆきの心にゆっくりとあたたかいものが広がった気がした。
「そうだ。今夜はお前の好きなハンバーグだぞ」
「……ハンバーグ?」
「そうだよ。ほら、昨日も言ってたろ?」
(……この子、ハンバーグが好きなのか)
いや俺も昔はそうだった。っていうか今でも好きだった。
そういえば夕食と言えばもっぱらコンビニ弁当ばっかり食べてたけど、
“誰かが作ってくれる温かいごはん”なんて、どれだけ久しぶりだろう。
胸の奥がじんわりして、自然と笑みがこぼれた。
「お、うれしいか?」
「うん!」
「じゃあ、早く帰ってご飯にしような」
父親が笑って、手をぎゅっと握る。
その大きな手に包まれた瞬間、心の中の緊張がふっとほどけた。
(先生の優しさも、あかねちゃんの笑顔も、
そしてこの“家族の手の温もり”も――
きっとどれも本物なんだ)
夕暮れの道を二人並んで歩く。
街路樹の影が長く伸びて、夕日の中に溶けていった。
(……この世界で生きていくのも、悪くないかもしれない)
****************************************************************************
玄関の扉が開く。
「ただいまー!」という父親に少し遅れて小さな声で「ただいま」という。
「おかえり。どうだった?」
母親がエプロン姿で顔を出した。
「ごはんの前に着替えておいで」と促されたので部屋へ。
ランドセルをおろして制服からラフな部屋着に着替える。
朝のような戸惑いはもうない。
少しずつ“自分”に慣れていっている気がした。
リビングに戻ると母親が鍋をかき混ぜながら言った。
「ごはんもうちょっとかかるから。先にお風呂入ってらっしゃい」
「じゃぁみゆき一緒に入るか」
父親が言う。
「うん、わかった」
浴室には湯気が満ちていた。
背中を流し合って髪を洗ってもらい、
最後は二人で「せーのっ」と湯船にザバーンと入った。
あたたかくてとても気持ちがいい。
「大きくなったなぁ」
父親が笑いながら頭を撫でる。
「みゆきはいつまで一緒にお風呂入ってくれるんだろうなぁ」
「?」と首をかしげる俺を父親は何とも言えない表情で見つめていた。
父親はただ微笑みながらまた「よしよし」と優しく撫でた。
お湯の温度よりもその手の温かさのほうが心地よかった。
お風呂から上がりタオルで体を拭いてもらい、
髪を乾かすのを手伝ってもらう。
(女の子の髪って乾かすの大変なんだな……)
短めのショートカットとはいえ、短髪しか経験したことない俺にとっては十分長い髪だと思った。
(これ、ロングだったらどうなんだよ)
ドライヤーの風が当たるたびに、ほのかにシャンプーの香りが広がる。
それは感じたことのないいい香りだった。
そして食卓へ。
テーブルの上にはハンバーグと彩り豊かな野菜炒め。
おいしそうな香りが湯気と一緒にふわりと立ちのぼる。
「ハンバーグどう?おいしい?」
「うん、おいしい!」
一口食べた瞬間にじんわりと幸せが広がった。
(あったかい……これが“家庭の味”か)
添えてあった野菜炒めにも箸を伸ばす。
そこからピーマンを食べたとき父親が笑った。
「おっ、ピーマン食べられるようになったのか!」
「えらいね〜」と母親もつられたように笑う。
「お箸も上手に持てるようになったね」
「ほんとだ。成長したなぁ」
俺は照れくさくて、でもなんかうれしくて。
小さく「えへへ」と笑った。
(ちっちゃい頃ってこうやって褒めてもらえるんだな)
その何気ない言葉が心の奥にしみた。
食事を終えると時計の針はまだ20時。
それなのにまぶたが重くて仕方がない。
(子どもの体ってこういうもんなのか……)
食後のお茶を飲みながらこくりこくりと舟をこぐ。
「歯、磨いて寝なさい」と母親の声。
「……はーい」
歯ブラシをくわえながら、半分寝たような状態で鏡の前に立つ。
(あー……確かに俺も昔はこのくらいの時間で眠くなってよう...な...)
トイレを済ませてから布団に潜り込む。
ふかふかの布団の中に体がどんどん沈み込むのを感じた。
そのときふっと頭の中に声が響いた。
『どうだった?』
(......誰?)
『――神だ』
(……うるさい……眠い......)
『............』
かすれた声でぼやいてそのまま眠りに落ちていく。
あかねちゃんの笑顔、先生の声、
父親の手の温もり、ハンバーグの香り。
今日という一日が胸の中で静かに回想されていく。
(……なんか幸せな一日だったなぁ)
(こんな日がずっと続けば......いいのに……)
小さな寝息が夜の静けさに溶けていった。
続く。
1話が長すぎたので少し加筆して2分割しました。
次回!3話 オッサン、女児に学ぶ。
お楽しみに




