天を撃つ剣豪と復讐の孤独火 その一
前にケンさんが言っていた通り、うちの事務所には依頼が全然来なかった。次はいつなのだろうか待ち侘び、バイトやスキルについて調べつつの日々を過ごして二週間。バイトがない平日の昼時にスマホの通知が鳴る。確認してみるとケンさんからだ。
「えっと……レンくん、君に客人が来ているから今から事務所に来れないか……って僕に客人?」
メールの内容を確認し、取り敢えず客人についてケンさんにメールを返す。客人とは一体誰なのか。思い当る人物はない。
メールを返してから数秒後。ケンさんからの返信が来る。確認してみると、なんでも見覚えのない人物が僕を呼んでくれと言っているらしい。僕なら知っているだろうからと。ケンさん曰くその人物の格好は和服だそうだ。あれ? 誰か知っているような……。
「丁度暇だし、行ってみるか」
僕は身支度を始め、自分の所属している事務所へと向かった。
――
「おっ、やっと来たかレンくん。この人だよ、君を呼んでいたのは」
「あっ……」
「どうもご無沙汰です。そんでえらい急にすんません」
『地域保安隊』の二階。会議部屋にあるパイプ椅子に座り、僕に軽く頭を下げる人物が一人。格好は和服で、栗毛色の髪は綺麗なマッシュルームヘアに整えられている。たしか彼は剣天聖のところの……。
「娑伽羅ウイ……さん、でしたっけ?」
「僕のこと覚えとったんですか」
「ええ、まあ」
どこか嬉しそうにしている彼の名前は娑伽羅ウイ。以前僕に、謎に試合を申し込んできた人物だ。一体そんな彼が僕になんの用なのか。僕の記憶が正しければ、あの時の試合は決着がつかないまま終わった筈。となると、その続きを挑みにきたとか?
「それで、僕を呼んでいた理由というのは?」
率直に訊いてみる。変に考えるよりこっちの方が早い。娑伽羅ウイは一つ咳払いをして話を始めた。
「単刀直入に言えば仕事の依頼です」
「依頼……ですか?」
僕が訊き返すより前にケンさんが尋ねる。
「はい。昨日うちにプラチナ級の依頼が来たんですが、事務所の人らが出払ってしまって少し人数が足りんのです。そこで秦谷レンさんを借りたいなと思いまして」
「シルバー級の僕をですか?」
「ええ。と言ってもメインで戦うのはこっちで、秦谷レンくんは僕たちが倒したモンスターの素材の回収、そして雑魚モンスターがいればその対処を任せたいなと考えとります」
娑伽羅ウイはそう言うが、わざわざ事務所まで出向いて僕だけに仕事を振るあたり何か裏があるのだろう。まあ何があろうとも再び異世界へ行けるチャンスなのには変わりない。断る理由もないか。
「分かりました。その依頼に乗りましょう」
「大丈夫かいレンくん。プラチナ級だぞ?」
ケンさんが僕に訊く。
「大丈夫ですよ。まずくなったら、ちゃっちゃと逃げます」
そんな気は毛頭もないが取り敢えず心配させない為に言っておく。
「ありがとうございます。それじゃあ詳しい話を――」
そうして娑伽羅ウイは話を続けた。
――
翌日の早朝。娑伽羅ウイに言われた通りの場所へ到着する。そこは都内の工事現場であり、周囲にはクレーン車や鉄骨などが点在している。
そんな工事現場の中心部には青白い光を発する門が一つ。高さ三十メートル、横は十メートルもあるであろう巨大な門の前に佇む二十の人影。性別も背丈も装備も異なる群衆の中に見慣れた顔が一人。娑伽羅ウイである。
「あっ、秦谷さん。こんな朝早くにすんませんでした」
「いえ。早起きは三文の徳と言いますし……それで彼らが」
僕は視線を娑伽羅ウイから周囲の人へと向ける。すると彼らの視線も僕へと向く。男女比は七対三って感じ。
「彼らは僕の隊の人たち、そして秦谷さんと同じくヘルプで呼んだ方々です」
「なるほど」
大手の事務所にはトップから枝分かれしたいくつかの隊があると聞く。「僕の隊」ってことは隊長は娑伽羅ウイなのだろう。
昨日の話では、僕や娑伽羅ウイを含め二十人で異世界へ行くと聞いていた。なるほど彼らが……。
「自己紹介でもしますか?」
娑伽羅ウイに尋ねられるが、どうせ今日だけの関係だ。自己紹介に時間を割くより、早く異世界へ行きゲートブレイクの可能性を取り除いた方がいいだろう。まあ僕が早く行きたいだけなのだが。
「いえ。今はそれよりも、早く異世界へ行きゲートブレイクの可能性を取り除いた方が」
「それもそうですね」
「それじゃあ」と娑伽羅ウイは群衆の一歩前に出て声を上げる。
「集まってくれた皆さん、ほんまにありがとうございます。これからこの門へ入る訳なんですけど、改めて作戦を伝えます。まず、前衛は僕の隊、大方のモンスターを引き受けます。中衛は才賀さんの隊で僕らのサポートをお願いします。後衛は斎藤さんの隊。雑魚モンスターや場合によっては僕ら前衛や中衛の補助をお願いします。そして最後秦谷さん」
と、娑伽羅ウイと周りの視線が僕の方へと向く。
「貴方は斎藤さんのとこと同じく後衛をお願いします。ただ、場合によっては自由に動いてもらっても構いません」
娑伽羅ウイの言う「場合によっては自由に動いてもいい」が何を意味するのか。皆目見当もつかないが、そういうことなら自由にさせてもらうとしよう。もっとも、ある程度の働きはするが。
「門の先はプラチナ級のモンスターがいます。怪我をするなとは言いません。ただ生きて帰りましょう。皆さんの実力を信じてます」
その一言に呼応し周囲の人たちが声を上げる。今回こそ青黒い角のモンスターについての情報が掴めるといいが……。
「では、行きましょう」
と、僕たちは門の中へと足を踏み入れる。
門の先は洞窟になっていた。広く切り開かれた道が一本続いている。そして異世界へ入ってすぐ、僕たち一行を出迎えたのはシャドウウルフとハイゴブリンの群れだった。
ランクは二つともゴールド級。だがゴールドの中でもプラチナに近い部類だ。この場にいる人たちのランクは分からないが少なくともゴールド、もしくはそれ以上はあるだろう。
ただ世間一般から見て、同じゴールド級の上澄み開拓者でも簡単に勝てる相手じゃない。
そんなモンスター相手に娑伽羅ウイ率いる前衛は静かに腰の剣、いや刀を抜く。
「グルル……グガァァァアアアア!!」
三十は優に超えているであろうモンスターたちが一斉に咆哮し、娑伽羅ウイたち目掛けて駆ける。娑伽羅ウイたちは取り乱すことなく、静かに呼吸すると刀を構えた。
「皆さん、下がっとってください」
「ガウガァァアアアアアア!」
「『常來天撃流』……天の降り星」
娑伽羅ウイ含め七人の剣士たちが放つ音をも置き去りにする突きの雨が多数のモンスターを襲う。体感約一秒。気付いた時にはモンスターは皆死体となり地面へ転がっていた。流石としか言いようがない。あれがオーバーロード級である剣天聖の背中を追う者たち。
「進みましょうか」
娑伽羅ウイの一言で一行は歩みを始めた。
――
「いつ見てもすげえな」
誰かがそう溢すのも無理もないだろう。目の前に転がるゴールド級やプラチナ級モンスターたちの亡骸の山。たった数分でそれが作り上げられる様を見ていたら誰だってそう思う。
かく言う僕も、娑伽羅ウイ率いる剣士たちの戦いぶりを見て、どこか唸るものがある。統率力のとれた連携。モンスターに手足すら出させない速攻。改めてだが、誰かが凄いと溢すのも無理もない。
「これで門周辺のモンスターの討伐は完了ですね」
刀を振ってモンスターの血を落とし、娑伽羅ウイは言う。僕はそんな娑伽羅ウイを一瞥し、せっせとモンスターの亡骸を漁り、素材となりそうな物を回収する。
シャドウウルフなんかは毛皮が高値で売れる。もっとも、前回のように各自で回収した素材は各自で換金し財布の中に……とはいかないのが今回。
回収した素材は丸ごと娑伽羅ウイの事務所に持ってかれる。まあ不満なんてない。報酬として前金で十万、これが終わり次第二十万貰えるようになっている。合計で三十万。しかも開拓者協会を通しての依頼ではない為、税金で引かれることもない。ユエがいたら、二人で大喜びしていただろう。
「秦谷くん、こっち手伝って」
「分かりました」
僕と同じくモンスターの亡骸を漁っている後衛の隊。そこのメンバーである女性に呼ばれ移動する。
「娑伽羅くんから聞いたけど、名前秦谷レンくんで合ってるよね?」
「ええ」
「私は市川ミヨ。短い間だけどよろしくね」
「よろしくお願いします」
市川ミヨと名乗る黒髪ロングの女性はシャドウウルフの毛皮を剥いでいた。
「一人でやるには大きいからさ。そっち側からも毛皮剥いじゃって」
「分かりました」
と、彼女が作業している反対側からシャドウウルフの毛皮を剥いでいく。なるべく傷つけないよう慎重に……。
「……ってあれ? どこ行っちゃうの?」
作業の途中、市川ミヨが言う。手を止めて彼女の視線を辿ると、洞窟の奥へと消えて行く娑伽羅ウイの前衛隊と才賀?って人の中衛の隊。どうかしたのだろうか。
「斎藤さん、皆どこ行ったんですか?」
市川ミヨに斎藤と呼ばれた長身の男性が答える。
「ああ。異世界の調査と念の為も兼ねて、娑伽羅くんの前衛隊とハルト、ええっと……ミヨと秦谷くんには才賀って言った方がいいか。才賀んとこの中衛隊とで洞窟の奥を見てくるらしい。俺たちは引き続き、モンスターの死体漁りだ」
「なるほど。了解です」
という訳で僕を含めた八人でせかせかと素材の回収を続ける。もうそろそろしたら自由に動かせてもらうとしよう。二回目の異世界。今度こそは青黒い角のモンスターの手掛かりを得たいものだ。
――
「取り敢えずこんなもんですかね」
娑伽羅ウイはモンスターたちの亡骸を見下ろし言う。万が一と調査の為、洞窟の奥へと進んだ娑伽羅ウイ率いる一行は事を済ませ踵を返そうとする。
そんな時だった。
娑伽羅ウイの能力『危機察知』が反応する。娑伽羅ウイの命に危機が迫った際、本人の意識とは関係なく自動的に身体が動き危機を回避する能力。それが反応したのだ。
娑伽羅ウイが後ろへ身を引くと同時に、地面から半透明な何かが天井目掛けて生えてくる。
もし『危機察知』で身を引いていなかったら、天井へ伸びた半透明のそれに身体を裂かれていた。
現に先程、娑伽羅ウイの隣を歩いていた男性、娑伽羅ウイの隊のメンバーである松本ダイキは半透明のそれにより身体が縦に裂かれ、血潮を吹き上げながら地面へ転がった。
「……っ!? 攻撃や! 警戒!」
娑伽羅ウイは鞘に収められた刀に手を置き、辺りを見回しながら声を上げる。
「おやおや。一人だけ引っ掛かってしまいましたか。困りましたねぇ。分断が目的でしたのに……」
娑伽羅ウイはそう呟く人物へ視線を動かす。洞窟の奥、先の見えない暗闇からゆっくりと姿を現したのは、悪魔のような黒い尻尾と翼を生やした人物。
黒髪に格好は執事のようなスーツ姿と、尻尾と翼に目を瞑れば、何処か人間のようにも思えてしまうが……。
「何者ですか……あんた」
「私ですか? 私は偉大なる御方に仕える七つの下種が一人、ゴルドドゥービィと申します。あなた方のお命を頂きに参りました」
ゴルドドゥービィと名乗ったモンスターは薄らと笑みを浮かべ答えた。
――
娑伽羅ウイらがゴルドドゥービィと遭遇した同時刻。場面は倒したモンスターの素材を回収していた秦谷レンと後衛の斎藤隊へと移る。
「しっかし量が多いな。一旦回収出来た素材を外の方へ出すとしよう」
後衛隊の隊長である斎藤は隊のメンバー、そして秦谷レンに声を掛ける。「分かりました」と頷く一同。袋いっぱいに詰め込んだ素材を持ち抱え、斎藤隊のメンバーである男性が異世界から出ようとした時だ。
「あれ? なにこれ……」
門を前に男性は呟く。
「どうかしたか?」
そんな様子を可怪しく思ったのか、同じく回収した素材を抱えた斎藤が訊く。
「なんか出れないです……誰か『門を塞ぐ壁』使いましたか?」
「いや。それに『門を塞ぐ壁』は娑伽羅くんが持っている筈だろ」
「ですよね……じゃあなんで」
男性は再び門の先へ進もうとする。が、見えない何かに弾かれそれを拒まれる。
「なになに? どうかしたの?」
「それが外に出られなくて……」
斎藤隊の注目が門へと注がれる。皆がそんな門を不思議がる中、ただ一人、秦谷レンは洞窟の奥を見つめていた。
「……来る」
「うん? 秦谷くん何か言った?」
市川ミヨの視線が門から背後の秦谷レンへスライドする。と同時に、洞窟の奥の暗闇から何が姿を現した。
「ああ、困ってる困ってる。門から出られなくて不思議ですか人間さん」
獣の様な耳に竜の様な尻尾。薄汚れた茶色のローブを羽織り、靡くローブから垣間見えるのは全身に何十にも巻かれた包帯。
背丈は百四十センチ程だが、その倍は有りそうな巨大な斧を引き摺る彼女は嘲笑うように言った。
「皆さんの……グフフグヘヘ、命、グフフ、頂きますね、アハハ」




