VS『常來天撃流』 その一
「そんな所で見てねえで、こっち来てみ」
第三剣道場の丁度中心にいる剣天聖から手招きされる。流石に無視は出来ない。僕はそれに応じて第三剣道場へと踏み入れる。入り口に土足厳禁と書かれていたので靴を脱いでから。
剣道場は綺麗な正四角形で広さは縦横三十メートルくらい。床はまるで鏡のように、天井を反射する程手入れがされている。入り口から見て奥の壁にある棚などには竹刀や木刀、それに防具がしまわれていた。
「あんちゃんも剣が好きなのか?」
「好きと言いますか……一つの戦闘手段として興味がある、といった感じですかね」
「ほう……」
剣天聖は顎髭を撫でながら静かに呟く。ミスったと僕は心の中で後悔をする。剣を極めた人に対して、先程の発言は失礼に値するのではないだろうか。
なんて思っていたのも束の間。
「いいじゃねえかいいじゃねえか! ガッハッハ!」
張り詰めた空気は剣天聖の笑い声で弾けた。
「俺も若い頃は柔道だとか空手だとか色々な武術に手を出してた。中でも一番馴染んだのが剣道だったってだけだ」
剣天聖はどこか昔を思い出しているかのように言う。
「そうだったんですか」
「ああ。今じゃ変な異名を付けられてはいるけど、今思えば色々なもんに手を出してたおかげかもな。一つのことばっかやっていたら、剣に会えてなかったかもしれん」
続けて剣天聖は言う。
「あんちゃんも、そのうち手に馴染むもんと出会うかもな」
豪快に笑う剣天聖は「あんちゃんも頑張れよ」と言い残して剣道場から去って行った。自分の事務所があるにも関わらず、何故協会で一人剣を振るっていたのかは分からなかったが、厳つい見た目とは裏腹に非常に気の良いおじさんといった印象だ。
「手に馴染むもの……ね」
本当は少し見て回るだけのつもりだったが……と僕は木刀を浮かして手元まで動かす。
「ちょっとだけ探してみるか」
『無限・物体操作』の更なる検証も兼ねながら、僕は一人木刀を振るった。
――
「そういや……あのあんちゃんの顔、何処かで……」
第三剣道場を後にした剣天聖はトレーニングルームの廊下を歩みながら呟く。周囲から驚愕の声や注目の視線が向けられるが、既に慣れたものだ。軽くそれに答えエレベーターを前にした時だ。丁度タイミングよくエレベーターのドアが開く。
「あっ! 見つけましたよ師匠!」
「おっ、ウリ坊じゃねえか」
「だから、僕はウリじゃなくてウイ、それに坊って年齢じゃありまへん」
少し訛った口調の彼はエレベーターから降りる。栗毛色をしたマッシュルームヘアに黒い瞳、背丈は剣天聖の三分の二程。そして剣天聖と同じく和服姿の彼の名前は娑伽羅ウイ。プラチナ級の開拓者で剣天聖の事務所『常來天撃流』に所属している。
「そうだウリ坊、ちょっと来い」
「だから……はあ、それにちょっと来いじゃなくてですね、いい加減支部の隊長達が――あああ!」
何かを言い掛けている娑伽羅ウイを脇に抱えて剣天聖は踵を返した。彼らが向かう先。そこの壁には第三剣道場と書かれていた。
――
「ほら、あのあんちゃん、どっかで見たことあるようなないような……ウリ坊知らねえか?」
第三剣道場の入り口から顔を覗かせている剣天聖と娑伽羅ウイ。二人の目線の先には木刀を浮かし、縦横無尽に動かしている一人の男性、秦谷レンの姿がある。
「ウリじゃなくてウイですて。そんで、えーっとですね、彼はたしか白雪レイに直々にスカウトされたとかで話題になっていた人です。名前までは知りません」
「あっ! あの氷の姉ちゃんのあれか」
剣天聖は「思い出した!」と言わんばかりに声を上げる。
「強いのか?」
「分かりませんけど、あの白雪レイにスカウトされるちゅうことは、それなりに強いんやないですか?」
「なるほど」
剣天聖が一瞬不敵な笑みを浮かべたのを娑伽羅ウイは見逃さなかった。何か面倒なことになると、娑伽羅ウイは確信する。実際、その確信は正しかった。
「よっしゃウリ坊。あのあんちゃんと一本やり合ってこい」
「はあ? 何を言うてるんですか師匠。そんな時間ありませんて」
「いいからいいから。どうせ面白くもない会議だろ? そんなもんハルトの奴に任せればいい」
「良くないですて! あんた自分の立ち場分かって――あああ!」
未だ喋っている最中の娑伽羅ウイを剣天聖は片手で持ち上げ秦谷レンの方へと投げる。投げ飛ばされた娑伽羅ウイは受け身を取って立ち上がる。
「まったく……相変わらず乱暴な人や」
人が投げ飛ばされるという不思議な状況に秦谷レンは木刀の動きを止め、娑伽羅ウイの方へ顔を動かす。
「ええっと」
困惑する秦谷レンに娑伽羅ウイは言う。
「いきなりですんません。自分はあそこにいる剣天聖師匠のとこの娑伽羅ウイ言います。よかったらその、一試合ええですか?」
――
いきなり人が投げ飛ばされたと思ったら、勝負を挑まれた。こんな状況、多分そうそうないだろう。というか「そうそうあってたまるか」と思う。
娑伽羅ウイと名乗った少年? は奥へ歩いて行き木刀を手に取る。一体何が目的なのかは分からないが、オーバーロード級である剣天聖が何かを企んでいると考えていいのだろう。現に入り口からこちらを見ている。
断るか……あっ、でも剣天聖の前である程度実力を見せることが出来たら、葛城ハクアの魔王城掃討作戦の時のように、剣天聖の事務所から協同という名目で仕事が来るかもしれない。
そうなれば異世界へ行ける頻度が増える。次またいつうちの事務所に依頼が来るか分からないからな。大手とのパイプはあるに越したことはない。
「分かりました。ルールはありますか?」
「ですって。師匠」
木刀を手にした彼は入り口の方へ声を掛ける。それに呼応し剣天聖はこちらへやって来た。
「ルールは単純、面を取った方が勝ちの一本先取。防具を着ける場合ならともかく、着けねえなら面に当てずに寸止め。審判は俺が務める」
「僕は防具なしでええです」
娑伽羅ウイは言う。僕も防具はなしでいいか。剣道は中学の時授業でやったきりで、付け方なんて覚えていない。
「僕もそれで」
「よし。それじゃあ――」
「そうだ。一ついいですか?」
「なんだ?」
僕は剣天聖と娑伽羅ウイに尋ねる。
「能力の使用はありですか?」
すると剣天聖は娑伽羅ウイに目線を送る。まるで「お前の好きにしろ」とでも言いたげに。
「そうですね。ありでいきましょう」
「分かりました」
取り敢えず気になることは訊き終えた。僕は娑伽羅ウイと向かい合い、浮かしている木刀を構える。娑伽羅ウイも木刀を構えた。その姿は先程素振りをしていた剣天聖の姿にどこか似ている。
「じゃあ、始め!」
――
正直な話、娑伽羅ウイは目の前の男、秦谷レンを舐めていた。話題にはなっているが剣の腕は自分の方が上だろうと。
娑伽羅ウイは剣を握り十七年。腕にはかなりの自信があった。能力の使用をありにしたのも、秦谷レンにハンデを与えるため。秦谷レンの能力は知らないが、それぐらいで丁度いいだろうと娑伽羅ウイは思っていた。
ただそんな慢心が命取りとなる。
剣天聖の掛け声を合図に娑伽羅ウイは動く。秦谷レンの具体的な能力は分からないが、木刀を浮かしているところを見るに物を操れる能力かもしれない、と娑伽羅ウイは分析する。
秦谷レン本人は佇んでいるだけで動こうとはしない。近接戦闘が苦手なタイプだろうかと娑伽羅ウイは判断し、「なら」と秦谷レンの間合いに入ろうとする。
そしてそこで娑伽羅ウイは気が付いた。秦谷レンの側を浮いていた木刀が消えていることに。
「――!?」
ではその木刀は何処へ行ったのか。答えは娑伽羅ウイの眼前だった。娑伽羅ウイの眼前で今にも振り下ろされんとした木刀は、天井の光りと被り娑伽羅ウイの顔面に影を作る。
「まじか――」
そう呟く頃には秦谷レンの木刀が振り下ろされる。娑伽羅ウイは足を止めず、身体を捻ることでそれを躱す。空を切った木刀を一瞥し秦谷レンへと視線を戻すが、今度は秦谷レンが姿を消していた。
予想していなかった出来事に娑伽羅ウイは一瞬身体を硬直させる。一体何処へ消えたのか。右へ左へと瞬時に確認するが、秦谷レンの姿はない。まさか上か? と眼球を上へ動かそうとした刹那、腹部から伝わる突き刺すような殺気に娑伽羅ウイは反応する。
目線を下へ落とすと、腰を低くし、木刀を構えた秦谷レンが娑伽羅ウイに肉薄していた。
秦谷レンが左から右へと横薙ぎを放つ。それを後方へ飛ぶことで娑伽羅ウイは躱した。秦谷レンから距離を取り娑伽羅ウイは言う。
「貴方、中々やりますね。正直、僕は貴方のことを舐めてました。が、すんませんでした。流石、白雪レイにスカウトされるだけはあるなと。ただ……」
「?」
「師匠も見てる前なんで、負けるつもりはありません。なので、全力でいかしてもらいます」
娑伽羅ウイはゆっくりと、それでいた流れるような動作で再度構えた。その黒い瞳で秦谷レンを見据えて。
「『常來天撃流』の実力。よう見とって下さい」




