私の大大大好きなお兄ちゃん
門と言われるそれは、異世界と繋がっているものだと、政府が、いや世界各国が報じた。
門は不定期に古今東西、世界各国の至る地域に偶発的に現れる。条件は不明。何故現れるようになったのかも不明。
現れた門の先ではモンスターと呼ばれる怪物が生息している。
モンスターに銃火器は通じるそうだが、どれも決定打には至らず。となると僕達人間はどう対抗すればいいのだろうか。核? 勿論世界がそれを許さない。ではどうするのか?
人々が注目する中、政府が出した防衛案は超能力を持った人々に任せるという、何とも摩訶不思議且つ度肝を抜かれるものだった。
――
「なあレン……相談なんだけどさ」
日が傾きかかった夕時。僕、秦谷レンは駅前にある大手ハンバーガーチェーン店にて、ポテトを口に運んでいたところ、友達に相談を持ち掛けられていた。
「いいけど、恋愛系は受け付けないよ。僕彼女いた事あんまりないし」
手に付着した塩を紙ナプキンで擦るように落としながら、ジュースのストローに唇を触れさせる。既にバーガーは食べ終えており、喋りながら適当に消化するだけの時間が側を流れる。
「恋愛じゃねえよ。俺の将来についてだ」
「将来?」
普段はおちゃらけている彼、中学からの友達である澤嘉田ヒビキはいつにも増して真剣な眼差しをしていた。見る事の少ない彼のそんな態度に、僕は身構えしてしまう。もしや、何か犯罪系をやらかしたとか? なんて馬鹿げた考えがぽつぽつと浮かんでくる。
「ほら、俺らって高卒で働いてるじゃん?」
「あんまり言うなよそれ……」
痛い所を突かれて、僕は表情を歪ませる。
「悪い悪い。んでさ、俺もレンも家の事で金が必要になるじゃん」
「まあ、たしかに」
「それで俺思ったんだよ!」
ヒビキは目を輝かせながら、顔をずいと近付けた。
「俺、開拓者目指すわ!」
「ブフッ――!? 開拓者だって!?」
ヒビキの発言に意表を突かれて、僕は口に運んでいたジュースを吹き出した。汚れたトレーを紙ナプキンで拭きながら、僕はヒビキの目を見つめた。その目は嘘は言っていないし、冗談を言っているようにも見えない。どうやら本当に開拓者を目指しているようだ。
開拓者を説明するに当たって、三年前、政府が異世界の扉について発表した際に提示した防衛案を振り返らなければならない。
超能力者に頼るという突拍子もない防衛案であったが、その超能力者達の総称が開拓者だ。
扉が現れた三十二年前を皮切りに、世界各国では不思議な力に目覚めた人間の数が急増した。火を操れる者、水を操れる者、人を癒やす力を持つ者などなど。
そうした超能力者……開拓者達が現れた門の中へ入り異世界を開拓、またモンスターと戦うのだ。
開拓者にはいくつかのランクがあり、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、マスター、そして一番上のオーバーロード。
今や一つの職業にまでなった開拓者。トップ層の年収は数十億は堅いと言われる世界。なれるものなら僕もなりたい。しかし開拓者になる為には超能力……世間一般では能力と言われるものの発現が絶対条件。その確率は数百万人に一人と言われている。
また能力は一人につき一つだけだそうだが、都市伝説では二つや三つもの能力を持っている人がいるとかいないとか。能力自体未だ解明されていない部分が多い。だからかそうした噂話が後を絶たないのだ。
ちなみに僕は無能力者。パンピーという訳だ。
「ーーって目指すって事はお前!」
「ああ、一週間前かな? 目覚めたんだよ」
自慢げに勿体振った風を装って言うヒビキ。目覚めたというのは話の流れからして能力にだろう。
少し声のボリュームを大きめにして話ているからか、内容が内容だからなのか、周りの客達からそれとなく視線が注がれる。申し訳なさから声のボリュームを下げて言う。
「凄いなヒビキ」
「だろだろ? もっと俺を称えてもいいぜ?」
ドヤ顔で鼻を高くしているヒビキ。称える気はあまりないが、純粋に尊敬の念を送りたい。友達として誇らしいことこの上ない。
「それで、どんな能力なの?」
「簡単に言えば相手の全てをコピーする能力……かな? まあ、コピーできる時間はめちゃめちゃ短いし、俺の身体能力の枠を超えると身体中がボロボロになるんだけど」
「デメリットは大きそうだけど、凄い強そうな能力じゃん」
「だろ? それでさ、こっからが相談の本編というか、俺が本当にレンに聞きたかったことなんだけど……」
ヒビキはそう少しの間を置いて、再度口を開いた。
「たしかレンの妹さんのユエさん、開拓者やってたよな? 俺が開拓者になる為の色々なアドバイスというか、話聞けないかなって」
手を合わせ、神様に願い事をするかのようにヒビキは僕に頭を下げて頼み込んできた。ヒビキは付け足して「こうしてメシ奢った訳だしまじで頼む」と。
なるほどなと、僕の中で合点がいった。こういう訳だからこそ、ヒビキはいきなり「メシ奢るから一緒に遊び行こうぜ」と連絡をよこしてきたのだ。
僕の妹、ユエはたしかに開拓者だ。と言ってもランクはシルバー。とても強い開拓者とは言えない。それでもまあ、長い付き合いの友達がこうも頭を下げて頼み込んでいるのだ。
「いいよヒビキ。そのかわり、妹に変なことすんじゃねえぞ」
「おう! まじでありがとうなレン!」
――
僕の家族、秦谷家は僕と妹の二人だけ。両親は僕たちが小さい頃に交通事故で亡くなったと、僕ら二人を育ててくれた祖母に聞いた。もっともその祖母も最近亡くなってしまったのだが。日本の首都がある地域の県境、そんな町にある小さなアパートが僕の家である。家賃は五万円。妹との折半だ。
秦谷家の収入源の大半を占めているのがユエの開拓者として収益だ。比率で言ったら僕四のユエ六ぐらい。全く兄として情けない話だ。妹を養うべきは兄である僕の筈なのに、逆に僕が養われていると言っても過言ではない。
ユエが能力に目覚めたのは今から四年前。政府が異世界の門について発表するよりも前の事だ。
「お兄ちゃん、なんか手から電気出るんだけど……」
この一言が始まり。以来、ユエは超能力として大活躍! なんてことはなく、いつも通りに生活していた。ユエ曰く「電気代浮くね!」らしい。
それから政府により開拓者という職業が生まれ、ユエは開拓者として日々異世界への門を潜り異世界を開拓、またモンスターの討伐を行なっている。モンスターから獲られる素材や異世界にある鉱石などを売って得た収益とユエの給料、あとは僕のバイト代で僕ら二人は暮らせている。
「お兄ちゃんただいまー。ひゃー今日もどっと疲れたよ」
晩御飯の準備をしていた際、玄関のドアが開き、飛ぶようにして姿を現したのは、明るい茶色の髪をしたまだ幼さが残る顔立ちのポニーテールの女性。妹のユエである。
ユエの顔や唯一の装備である灰色のチェストプレートは泥で汚れており、ユエが懸命に働いていたことを表していた。それに比べて兄貴は……ああ情けない。
「お疲れ様。もうすぐでご飯できるよ」
「やったー。私もうお腹ぺこぺこのぺこだよ」
「今日もありがとうな、ユエ」
「えへへ。お兄ちゃんに褒められちゃったー」
ユエはそう言うと、鼻歌混じりにスキップしながら部屋の奥へと姿を消した。
「本当にいつもありがとう。ユエ」
――
「そういえばユエ」
「なにお兄ちゃん?」
二人で晩御飯を食べながら、僕はユエに小さな紙袋を手渡す。
「何これ?」
訝しげに紙袋を見つめるユエに僕は言う。
「まあ、開けてみろって」
箸を置き、紙袋の中身を物色するユエ。中身の正体が分かったユエは歓喜の声を上げた。
「キャー! ヘアゴムじゃん! どうしたのお兄ちゃん!」
「最近、新しいのが欲しいって言ってだろ? だからプレゼント」
「めっちゃ嬉しい!」
僕がユエにプレゼントとしたのは、金色の小さなリボンが付いたヘアゴムだ。ユエははにかみながら、早速新しいヘアゴムで髪を結んだ。
「どう? 似合う!」
「そりゃあもう、めっっっちゃ似合う」
「えへへ……って喜びたいところだけど、お兄ちゃん、私になんか言いたいことがあるんじゃない? でなきゃ、何でもない日にプレゼントなんて買わないでしょ」
突如、頬を膨らましたユエに睨まれる。
「あっバレた?」
「そりゃあ分かるよ。兄妹だもん」
てな訳で僕はヒビキの件をユエに話す。
「ちょいと相談があるんだけど……」
「恋愛なら乗らないよ。兄の恋愛話ってなんか嫌だし」
「いや違うし。それに嫌とはなんだ嫌とは」
そう言えば僕も今のユエと似た反応をヒビキにしていたっけ。流石兄妹。なんて思いながら晩御飯のコロッケを口に運ぶ。
「それで相談って?」
「ヒビキがさ、開拓者を目指すらしくて、ユエに色々と聞きたいんだって」
「へえヒビキさんが……ていう事は能力に目覚めたんだね」
コロッケを口に運びながら、何かを考えている風なユエ。
「どうだ?」
「全然オッケー!」
ユエはコロッケを頬張りながら、親指を天井に向けて立てる。
「ありがとうユエ。ヒビキに代わって感謝を――」
「あっ、そうだお兄ちゃん! ビッグニュースがあるんだよ!」
ハッとした顔で声のトーンを上げるユエ。ビッグニュース? 一体なんのことだろうか。
「三日後にね、葛城ハクアさんの事務所主体で魔王城掃討作戦? っていうのがあるんだけど、私それに参加することになったの!」
「本当か!!」
ユエは目を輝かせて、自慢げに僕に話した。
ユエの言う葛城ハクアという人物は、日本に僅か七人しかいないとされるオーバーロード級の開拓者。白髪に金のメッシュの入った、今じゃメディアに引っ張りだこな高身長イケメンだ。
事務所というのは殆どの開拓者が所属するものだ。開拓者というのは立派な職業。門が現れたらそれ相応の依頼が来て仕事に向かう。無所属だとかなりの信頼か実力か、或いは何処にでも駆け付けるというガッツがないと依頼が来ない。
日本にある有名どころの事務所は八つ。オーバーロード級の七人がそれぞれ設立したものと、開拓者の免許発行などを行う開拓者協会のものがある。
ちなみにユエが所属するのはアパートの近くにある小さな事務所だ。
そんなユエが超絶有名人である葛城ハクアの事務所主体の作戦に参加するというのだ。
兄として喜ばしいことこの上ない。
「かなり大がかりの作戦らしいし、お給料も普段の倍出るから、終わったらまたあそこに行こうよお兄ちゃん」
「ああ、勿論だ」
ユエの言うあそこというのは、都心部にあるちょい高級なレストランのことだ。ビルの最上階にあるそのレストランは、祖母曰く父さんが母さんにプロポーズした場所だそうだ。
両親と住んでいた家はもうないし、幼かったから思い出の場所も少ない僕ら二人にとって、そのレストランは両親を感じられる数少ない場所なのだ。
だから特別な時とか、お金が貯まったら二人で行くようにしている。もっとも三年に一回とかそんなペースだけど。
ユエはそのレストランから見える景色が好きなようで、よく「また見たいなあ」と僕に語っている。
「……今更だけどさ」
「うん?」
「辛くないか? 開拓者の仕事……それに、僕は妹に頼ってばっかな情けない兄だし……」
僕がそう尋ねると、ユエは静かに箸をおいて僕の隣まで寄ってきた。
そしてかなりの強さで僕の頭を叩いた。
「イッ――」
「たしかに辛いし、兄は情けないっちゃ情けないけど、私が小さい頃なんて、おばちゃんやお兄ちゃんに頼ってばっかだったし……手からちょっと電気を出すだけで、とても強い能力ってわけじゃないけど、やっと恩返しできるようになったから開拓者は続ける。
それと、私が大大大好きなお兄ちゃんの悪口は止めてよね。お兄ちゃんでも許さないんだから!」
「ユエ……」
力強くそれだけ言うと、ユエは食べ終えた食器を持って台所の方へと移動した。
何故かは分からないが、その時のユエの背中はとても大きく見えた気がした。
妹が僕に対してどう思っているのかよく分かった。ユエの恩返しの気持ちは有り難いし、僕を想う気持ちも有り難い。けれど兄として、いつまでも恩返しを受け続ける訳にはいかない。
そろそろ僕も手に職をつけなければ。僕はそう強く思った。
――
「それじゃあ行ってくるねお兄ちゃん! 帰ったら絶景アンド高級料理!」
「頑張って来いよ! レストランの予約は済んでいるから楽しみに待っとけ」
「あったぼうよ! バイバーイ」
三日後、ユエは早朝に家を出た。何でも大がかりの作戦というのは朝から晩までらしい。開拓者というのは大変な職業だ。
ユエ曰く今回の作戦内容は、最近現れた門の先にかなり巨大なモンスターの住処があったらしく、それを潰すというものらしい。危なそうだが、ランクの低いユエはブロンズやシルバー相当の弱いモンスターの討伐や、モンスターの落とした素材や鉱石の回収をするのが役目だと言っていた。
弱いとはいえ相手はモンスター。心配は残るが、今回の作戦はオーバーロード級の葛城ハクアをはじめとする実力者揃い。
大丈夫だろう。そう僕は自分に言い聞かせた。
「さてと、僕も就活を頑張りますか」
ユエを見送り思考を切り替える。妹が危険な場に身を置かなくていいように、兄が頑張らないとだ。
――
夕方頃。玄関チャイムがなった。
「おっ、帰ってきたか。ユエおかえり――」
なんてドアを開けたら、目の前に立っていたのはユエじゃなかった。黒髪の、ユエより背が少し小さな女の子がハンカチに包まれた何かを抱え、俯きながら立っていた。そんな彼女に見覚えはない。
彼女の髪は乱れており、服には赤や茶色の汚れが目立っている。歳はユエと同じくらいだろうか。
そんな彼女をボーっと眺めていたら目が合った。目元は赤く腫れ上がり、涙を拭った跡のようなものが窺える。
「あの……レンさん……ですよね? ユエの………お兄さんの」
「ええ、ユエの兄のレンですけど。それでうちの妹はどこに? それにあなたは一体――」
「ごめんなさい!」
彼女は勢いよく頭を下げて、抱えていた何かを僕に手渡した。
「いきなり謝られても。それに君と僕って初対面――ッ!?」
手渡しの勢いが強かったからか、ハンカチが風で少し捲れ、中にある何かがその姿を覗かせた。
それを目にした僕は言葉を失った。これほど頭が真っ白になった経験をしたのは初めてじゃなかろうか。
赤い夕焼けに照らせられ、より生々しく、そして痛々しく僕の瞳に焼き付いたのは、先日僕がユエにプレゼントした、あのヘアゴムだった。
血で汚れた――
補足
この世界の成人は二十歳です。そして開拓者になれるのも二十歳からです。命懸けの仕事ですので、未成年は出来ません。




