異様であり禍々しく、暗闇であり混沌
自己紹介が済み、軽く今後の活動方針を摺合せてから、僕は事務所『地域保安隊』を後にした。
右手に持っているスマホの画面に目を遣ると、ラミンというメッセージアプリに『地域保安隊』のメッセージグループ。今後依頼が来た場合はケンさんから連絡が来る。万に一つも逃さないよう、グループの通知をオンにしてスマホの画面を消す。
これで事務所に所属できた。依頼が来れば異世界へ行けるが、『地域保安隊』に依頼が来るのは月に多くて三回とからしい。もっとも、そうポンポン門が出現するのも世間的にはあれなのだが。
青黒い角のモンスターを見つけ出すのには暫くかかりそうだな。時間が空くのなら、もっと能力についてや戦い方について深堀っていこうか。
先日の白雪レイとのやり取りで改めて思ったが、僕は自分の能力について知らない部分が多過ぎる。能力は自分の一部といっても過言ではない。何が出来て何が出来ないのか、自分の手札を理解していないとモンスターと相対する時に最適は出せない。グー相手にチョキや同じグーを出しては勝てない。
「鑑定……は僕の貯金叩いても難しいか。やっぱ色々と試すしかないか……」
道端に転がっていた木の棒をペンを回すかのように操りながら呟く。試すとしてもどうするか。あのステータス画面を再び確認するとしようか。ただ、そもそもあのステータス画面自体がよく分からないんだよな。
ネットで前例を調べてみるか、図書館にでも行って本で調べるか。うーん。どうしよう。
変わらず木の棒を操りながら空を見上げる。燃えるようなオレンジ色の夕空に少し肌寒い風がどこか風情を感じさせる。
先日特売で買った豚肉と野菜たちがあるから今日は豚汁でも作ろうか、なんて考えていた。そんなタイミングで見知った顔が前からやって来る。
カミラ……とその隣にいるのはカミラより二十センチほど背の高い、青いサングラスを掛けた顔立ちの良い男性。カミラの身長がぱっと見、百六十ほどだからかなりデカい。
軽く袖が捲くられている白のシャツと黒のジャケット、下は明るいデニムのカーゴパンツ。お洒落な人というのはまさに彼のような人を指すのだろう。「ああいう人がモテるんだな」ふと、そんなことを思いながら歩み続ける。
「あっ……」
僕と目が合いカミラが零す、と同時に自然と僕は立ち止まる。それはまたカミラも同様だった。突然道の真ん中で立ち止まったカミラに隣の男性が反応する。そして三度ほどカミラの目線の先を確認し、サングラスを少し下げてから口を開く。
「なになに、あの彼はカミラの知り合い?」
見た目に反してかなり中性的な声の主がカミラに問う。これはもしかするとまずいのでは?
隣の男性が仮にカミラの彼氏だとしたら、万が一だが修羅場になりかねない。彼女と知り合いっぽい自分の知らない男。彼氏目線からすると嫌だろう。
よし、知らない人のふりでもするか。カミラと関わったのは先日のアレきりだし、絡まれたとしてもその旨を伝えればなんとか……いけるか?
「いや……その……」
しどろもどろに答えるカミラに隣の男性は目を丸くし「あっ!」と声を上げて僕へと目線を移す。
絡まれることを警戒して少し構えた僕だったが、男性はさらに二度ほど僕とカミラを交互に見てから言う。
「もしかして、あの彼が例の子かい? 最近やたらとカミラがレン、レンって――」
「うわぁぁあ!」
男性が何かを言い掛けて、慌ただしくそれを妨害するカミラ。突然の出来事に周りの通行人の視線が注がれる。
「いいじゃないかカミラ。彼は私の妹分の恩人なんだろ? お礼ぐらい言わせてくれ」
男性は隣にいたカミラに言葉を掛けると僕の方へ歩み寄ってきた。修羅場……ではなさそうだ。
「君がレンくん……であってるかな?」
「はい……」
「よかった。兼ねてより君に会いたいと思っていてね。先日の能力試験の件。そのことについて感謝を伝えたかったんだ」
優しく微笑む男性によって目の前に差し出された手を一瞥する。
「あそこにいるカミラは私の大切な妹分でね。危ないところを助けてくれて有り難う」
「礼をされるほどでもないですよ。妹なら――まあ、とにかく礼なら大丈夫です」
差し出された手に応じて軽く握手をする。
「!?」
すると突然手を引っ張られる。反対の手が肩に回され男性の顔が近くなる。
「付かぬ事を伺うが、レンくんはカミラのことをどう思っているのかな?」
「えっ?」
耳打ちするように男性は囁く。
「ほら、付き合いたいとかそういうやつさ。カミラってば胸も尻もそこそこあるし、なんせ年齢は二十歳。掃除洗濯もできて得意料理はジャガイモの味噌汁とビーフシチュー。嫁にするにはかなりの優良物件だと――」
「姉さん!」
そんな男性は背後から現れたカミラに引き摺られて……って――
「――姉さん?」
「うん? ああ、私女の子ね。このナリだから勘違いされることが多いんだよね。アハハハハ」
僕の呟きに反応して未だカミラに後ろへ引き摺られている男性……ではなく女性は答えた。
「カミラもういいよ。自分で歩けるって。それに彼に自己紹介しないと」
「あいつに変なこと言うなよ……」
「勿論さ」
カミラの動きが止まり、女性はズボンについた汚れを払いながら立ち上がる。
「名乗り遅れたけど、私は鑑咲レオン。カミラと同じ、臥雲ガロウさんの事務所に所属している。ちなみに年齢は二十七。絶賛旦那募集中さ」
「そうですか……」
「まあさっきの話は置いといて、君に感謝しているのは本当だから、困ったことがあればいつでも事務所を訪ねてくれ」
にこりと笑う鑑咲レオンと名乗った女性。軽く返事をかえして「それじゃあ」と歩き出そうとした時だった。
「最後に――!?」
勘違いかもしれないが、鑑咲レオンの瞳の色が変わったかと思ったら、彼女の動きが一瞬固まる。
「まだなにか?」
「………」
僕が尋ねるも鑑咲レオンは硬直したまま。そんな様子を変に思ったのかカミラが問う。
「姉さん?」
「あっ……すまない。今日は君に会えてよかった……また何処かで」
「ええ。また」
そうしてカミラと鑑咲レオンの横を通り過ぎる。何はともあれ、なんとか事務所に所属できた一日は、偶然の再会もありはしたが、何事もなく幕を閉じた。
――
「姉さん……さっきからどうしたんだ? 顔が怖いぞ?」
姉のように慕っている鑑咲レオンと休日を堪能した白銀カミラは帰路に着く中で問う。日中は普段通りおちゃらけていた鑑咲レオンだったが今は違う。
眉間に皺がより、額には汗が滲んでいる。呼吸も少し荒く、何処か具合も悪そう。そんな様子になったのは、先程秦谷レンと言葉を交わしてからだと、白銀カミラは気付いていた。ただ理由は分からない。だからこその問い。
「…………」
無言。まるで白銀カミラと鑑咲レオンとで流れている時間が違うようだ。鑑咲レオンの時間だけが先程から止まっている。姉のそんな様子を心配そうに見つめる白銀カミラ。
「……あのさカミラ」
暫くして、鑑咲レオンが口を開く。白銀カミラは静かに耳を傾けた。
突然だが鑑咲レオンの能力は鑑定である。ただ一括りに鑑定と言っても、彼女の能力は大雑把かつ抽象的。
彼女の能力『鑑定』は人やモンスターのオーラを見ることが出来る。オーラというのはその生き物が纏う生命のエネルギーそのもの。また応用で見た人の能力も知ることが出来る。
例えば、鑑咲レオンが白銀カミラを能力を通して見たとしよう。すると鑑咲レオンの瞳に映るのは、白銀カミラの全身を駆け巡る稲妻のようなバチバチとしたオーラ。
話を戻すと、そんな能力を彼女は先程秦谷レンに使った。妹分の話に頻繁に出てくる男を軽く調べるつもりで。
結果、彼女の瞳に映った秦谷レンのオーラは人間ともモンスターとも言えないものだった。
過去に一度だけ、鑑咲レオンはマスター級のモンスターのオーラを見たことがある。マスターとは言えオーバーロード級に近いモンスターのオーラはとても黒々とした邪悪なものだったが、秦谷レンのはそれとは比にならなかった。
異様であり禍々しく、暗闇であり混沌とした、この世の黒を蠱毒で煮詰めても足りないような邪悪という言葉では形容出来ないオーラ。いや、オーラとも言えない。
呪いや怨念に近い負のなにかが秦谷レンの全身で渦を巻いていた。憎しみの悲鳴が聞こえてくるかのようなそれを見た鑑咲レオンは全身を震わせていた。
「……彼って本当に人間?」




