僕と吹雪の女王
僕が開拓者検定試験を受けてから早一週間。中止となった能力試験の再試験を行ったのが一昨日。試験は一人ひとり行われ、内容は試験官に見られながら出てくる仮想敵を只管に倒すというものだったが――いやそんなことはもういい。
重要なのは結果。
「いよいよか」
つい先程日課のランニングから戻って来たのだが、アパートの宅配ボックスを覗くと開拓者協会から僕宛てに重要書類在中と記された封筒が入っていた。
ついにこの時が来たようだ。今すぐにでも開けたいが、まずはシャワーを浴びて汗を流し、鏡の前で軽くシャドウの練習。一日のルーティンをあらかた済まして、椅子に座り封筒を手に取る。封筒の端を破り、中に入っている書類を取り出す。
「結果は……合格」
一枚目の書類に書かれていた合格の二文字に安堵し胸を撫で下ろす。取り敢えずは第一の目標達成。もっとも開拓者になることは通過点。ここを突破できなければ復讐なんて夢のまた夢だ。
「ランクはシルバーか」
ユエと同じだな、なんて思いながら他の書類に目を通す。合格者に向けた免許発行の案内や開拓者の心得、事務所一覧なんかがある。まあ開拓者の心得と事務所一覧は置いといて、まずは免許発行だろう。合格してもこれがないと開拓者とは認められない。
タイミングがいいことに今日はバイトがない。忘れない内にやっておきたいし、昼飯を食べたら開拓者協会のビルに行くとしよう。
「ユエ、僕も開拓者になったよ」
天国で見守ってくれているであろうユエに報告する。これで復讐のライセンスは獲た。あとは青黒い角のモンスターを見つけ出すだけだ。
必ず復讐は遂げる。
――
「合格者の方はこちらにお並び下さい!」
昼過ぎ。開拓者協会のビルへ入ってすぐ、そんな声が耳に入る。合格者こっちと書かれたプラカードを掲げる女性の側には、受付に並ぶ十人ほどの待機列が出来ていた。カミラは……いないようだ。
それにしても千人ぐらいいた中でのこの人数。もっともまだ免許発行に来ていない者やすでに終えた者もいるだろう。それを踏まえると、ひょっとしたら百人ぐらい受かっているのかもしれない。
ふとそんな事を考えながら、僕は待機列の最後尾へと並んだ。
列には筋骨隆々な男性もいれば、細身の男性もいるし、女性もいる。ぱっと見小学生みたいな女性もいる。この人たちは皆試験を合格した人たち。なんか皆強そう。
「お次の方、こちらにどうぞ」
回転率がいいのか、かなりのペースで列が進んで行く。この感じだと、僕の番もあっという間だろう。免許発行が終われば、帰りにスーパーでも寄って食材を買って帰ろ――
「!?」
突如、背中に突き刺さる凍てつくような視線。誰かに見られている。いや監視されている。何か……ヴァラタスのような奴が僕の背後にいる。
ワンテンポ遅れて視線に反応し振り返ると、ビルの自動ドアが開き、モデルのような体型をした黒髪の女性が開拓者協会のビルへと踏み込んだ。
「あっ、白雪さん。お疲れ様です」
「キャー見て白雪レイさんよ」
「相変わらず美人だよな」
辺りの職員やビルへ訪れている人たちが口々に言う。白雪レイという名を僕は知っている。日本に七人しかいないオーバーロード級の一人。たしか異名は『吹雪の女王』。
さっきの視線は白雪レイのものか? いやだとしたら何故白雪レイは僕に――
「お次の方どうぞ……あれ? もしもーし次の方ー」
はっとして前へ向くと、すでに僕の番になっていた。急いで受付へ向かう。
「合格証をお願いします」
受付にいる女性の職員に諸々の書類を手渡す。
「ええっと、秦谷レン様ですね。合格おめでとうございます。それではこちらの書類に記入とこちらにサインを」
言われた通りに手続きを進める。
「はい。確認しました。それではこれから免許発行に伴い写真撮影を行いますので、係の者の案内に従って下さい」
「分かりました」
そうして僕は案内に従い、係の人の所へ足を動かす。途中、入り口の方を一瞥するが、白雪レイの姿はなかった。先程の視線は僕の勘違いだったのだろう。そもそも僕、白雪レイと関わりないし。なんか有名人に目線貰ったって勘違いしている一般人で嫌だな。行き過ぎた勘違いに少し嫌悪しながら、僕は写真撮影へと向かった。
――
「へえ〜これが開拓者免許か」
写真撮影の後、三十分ほどで出来上がったそれを見つめる。免許に載っているボサボサとした黒髪の目つきの悪い青年が僕だ。もっと笑顔を作れば良かったか? まあ過ぎた事はもういい。
取り敢えず僕は正式に開拓者となった。これで門の先、異世界に行ける。もう試験の為の準備だとか、試験だとかは考えなくていい。
「簡単に見つかると嬉しいが……」
僕はズボンの尻ポケットから財布を取り出してそこに開拓者免許をしまう。
今日の目的はこれにて達成。あとはスーパーで買い物して家に帰るだけ。
「えっとたしか、今日特売のスーパーは――」
なんて、開拓者協会のビルを後にしようとした時だ。
「秦谷レンさん――」
突然名前を呼ばれ僕は振り返る。そこにはスラリとした白のパンツに、茶色の無地のTシャツに合わせ深い紺色のデニムシャツを羽織ったモデルのような体型の女性が佇んでいた。
一目見て綺麗に手入れされていると分かる肩まで伸びた黒髪がふわりと靡く。
『吹雪の女王』の異名に相応しい、見るものを凍り付かす青い瞳と目が合う。
オーバーロード級が一人。白雪レイに僕は呼び止められた。
「――少しお話いいですか?」
――
「どうぞ座って下さい」
白雪レイに案内され、開拓者協会ビル内の会議室へと通される。ここまでの道のり、終始刺さる視線が痛かった。超絶有名人の白雪レイの後に続く謎の男。そんな奴がいれば、僕でもチラ見ぐらいはするだろう。
「座らないのですか?」
「いえ、座らせていただきます(?)」
パンピーには有名人との接し方なんて分からない。変な感じになった敬語なんて気にせず、僕は促されるままに白雪レイと机を挟んで向かい合う形で席につく。なんか面接というか面談みたいというか……とにかく落ち着かない。一体僕は何故呼ばれて、何故白雪レイと一対一で向かい合っているのか。
色々な可能性が脳内に湧く中、白雪レイは言う。
「単刀直入に尋ねます。貴方、能力を偽っている、もしくは複数持っていますよね?」
実に単刀直入に白雪レイは僕に尋ねた。
「ええっと……」
まさかの問いに僕は中途半端なリアクションをとる。どう答えたものか。まず能力を偽っているのかどうか。勿論そんなことはない。というか僕と彼女は初対面なのに、何故彼女は僕の能力について尋ねるのか。気になる点ではあるし皆目見当もつかないが、白雪レイなりに何かあるのだろう。
そして次に能力を複数持っているのかどうか。それはイエスだ。素直に答えるべきか隠すべきか。まあ隠す理由もメリットもない。普通に答えるか。
「どこで僕の能力について知ったのかは分かりませんが、僕は能力を偽っていません。ただ、能力を複数持っているのかと問われたら……自分でもまだよく分かりませんが……そうです」
僕の答えに白雪レイは大きなリアクションこそしないものの、「まさか」という表情を浮かべていた。「訊いたのは貴女でしょ」という言葉が喉元に引っ掛かるが、半信半疑だったのだろう。もしくはマジな答えが返ってくると思っていなかったのか。
「私から訊いたのになんですが、それはその……本当なんですか?」
「ええ。貴女に嘘をつく理由なんてないですよ」
とは言ったものの、僕自身、自分能力についてあまりよく分かっていない。一応『無限・物体操作』と、使ったことはないが『無限・分裂付与』を能力だと思ってはいるが、生き返ったりするし、筋力やスピードも他の人と比べたらちょっとびっくりするぐらいには高い。また『浮遊』や『再生』といったスキル? なんてものあるし何がなんだか。もしかしたら、これら全てを合わせて一つの能力なのかもしれない。だとしたら盛り盛り過ぎる。
僕が色々と考え込む中、白雪レイは興味深そうに僕を見ていた。
「何度も訊くようで申し訳ないのですが、本当に能力を複数持っているのですね?」
「ええ。なんならここで見せましょうか?」
とは言ったが『無限・分裂付与』ってどうやって使うのだろうか。なんて考えていると白雪レイは言う。
「……とても気にはなりますが、さすがの私もこうして初めて対面する相手の個人情報に、そこまでズケズケと訊くことは出来ません」
白雪レイは少し間をあけて話を続ける。彼女の真剣な眼差しと僕の視線が搗ち合う。
「ですから秦谷レンさん。もしよろしければですが、私の事務所に所属しませんか? 貴方が望むのであれば、それ相応のポストは用意します」
彼女は単刀直入に言う。まさか白雪レイ直々にオファーされるとは考えてもみなかった。たしかに能力の複数持ちは都市伝説レベルの話。それを自身の下に置けるとなると、事務所の戦力アップ、もしくは話題の確保には持って来いだろう。ただ能力を複数持っているとはいえ、僕は今日開拓者になったばかりのシルバー級のペーペー。
勿論、悪い話ではないのも事実。僕の目標である青黒い角のモンスターへの復讐。これを達成する為には、魔王城掃討作戦での詳細を確実に握っているであろう葛城ハクアに接触するのが一番だと考えていた。だから僕は開拓者になったら葛城ハクアの事務所に所属しようと思っていたのだが……。
白雪レイの言う相応のポストがどれほどまでありなのか。そして僕は彼女の期待に応えれるのかどうか。
「……とても嬉しい誘いではありますが、すみません。お断りさせていただきます。元々入りたい事務所があるので」
僕の答えに彼女は少しガッカリしたように肩をおろす。一瞬彼女目線が机へと下がるが、即座に彼女は切り替える。
「そうですか……残念です。本気のお誘いだったのですが、そういう事情なら仕方ないですね」
「分かっていただけると有り難いです」
「私の方こそ、お時間いただき有り難う御座いました」
互いに礼をしあい顔を上げる。チラリとスマホで時間を確認すると時刻は午後三時を少し回ったあたり。あれ? スーパーの特売って何時までだっけ?
「どうかしたんですか?」
そんな僕の様子を見て白雪レイが言う。
「帰りにスーパーの特売に寄ろうと……」
「あら。でしたら、もうお開きにしましょう」
白雪レイはそう言うと立ち上がった。僕も釣られて立ち上がり、会議室の入り口の方へと移動する。
「今日は有り難う御座いました。これからは同じ開拓者同士、よろしくお願いします」
僕は再度礼をしてその場を後にし、今度こそスーパーへと向かった。
――
「はあ、振られちゃった」
秦谷レンが姿を消した会議室から、そんな声が聞こえてくる。声の主である白雪レイは一度立ち上がった椅子へと再び座り、上半身の力を机へともたれ掛かかることで抜く。
「私が知る限り、三人目の複数能力持ち……欲しかったなあ」
静かに溢す白雪レイ。彼女の瞳には悔しさが滲んでいた。
日本にいる七人のオーバーロード級。それぞれが事務所を抱えているが、総合的な戦力や人員という部分に視点を当てると白雪レイの事務所『氷の城』は一番下。
理由としては、オーバーロード級の開拓者として白雪レイが一番新参者なのだ。故に事務所を立てたのも一番最後。出来たてホヤホヤの事務所ということもあり戦力、人員ともにドベな彼女にとって、秦谷レンという極めて稀な存在は必ず確保したかった。
先日の能力試験で彼を見てから、白雪レイは目を付けていた。さらに能力試験で起こったゲートブレイク。報告にあった黒い角のモンスターと五英衆という言葉。オーバーロード級の彼女には聞き覚えがあった。
同じオーバーロード級の葛城ハクアが大敗を喫した魔王城掃討作戦にも、同じモンスターがいたことを彼女は知っていた。
白雪レイが受けた協会側からの報告によると、そんなモンスターを追い払ったのが彼女が目を付けていた秦谷レン。他の人は彼ではなく、別の受験者である白銀カミラやモンスターが気まぐれに撤退しただけなのでは、と誰も彼の言葉を信じていなかったが、白雪レイは少しだけ違った。勿論、疑いはしたが、もしかしたら、なんて期待があったのだ。
だからこその直々のオファー。そして、それが叶わなかったからこその悔しさ。
「他の人は彼に気付いていないだろうし……はあ、悔しい」
白雪レイの言う他の人とは、同じくオーバーロード級の六人のことだ。彼女は想像する。複数の能力を持つ秦谷レンのことを彼らが知った時のリアクションを。
もっとも能力というのは個人情報。白雪レイは他の誰かにバラそうとは微塵も考えてはいない。
「仕方ない。切り替えていかなきゃ」
白雪レイは上半身を起こすと小さくガッツポーズをする。
「でもやっぱり悔しいー!」
いくらオーバーロード級。いくら『吹雪の女王』とは言え、彼女も人間。気持ちを切り替えるには、まだ少しかかりそうだった。
補足
オーバーロード級の全員には、五英衆及び青黒い角のモンスターの情報は知らされています。




