表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/38

5 少しずつ近づく距離

 美術準備室。美術史の本や有名作品のレプリカが並ぶが、道具や材料は少ない。教師たちの好意で、ここはほとんどエレオノーラ専用の作業場となっており、机の上には彼女の私物の道具が整然と置かれていた。


 せっせと手を動かしていると、廊下から男子生徒たちの声が聞こえてくる。


「見ろよ、あの不気味な色」

「ニンジャなんじゃないかってさ。異国の暗殺者だってよ」

「暗殺者ぁ? じゃあ俺たち夜中に殺されてるかもな!」

「馬鹿言え、あんなの猿だ、猿」


 下品な笑い声が響く。


 不気味な色? 異国? 不思議に思ったエレオノーラは、彼らの声が遠ざかってからそっと扉を開け、廊下を覗いた。


 そこに――白髪の少年とその付き人の歩く姿があった。


「あ……」


 エレオノーラと視線が合うと、少年はぺこりと頭を下げる。付き人もそれに倣った。


「先日は、失礼した」


「あの……わたしはエレオノーラ・アルハイタム・フォン・リリエンタールと申します」


 少年の凛々しい眉がわずかに動く。


「リリエンタール……侯爵様? あ……私は景綱・オートモ・フォルステン。リリエンタール侯爵様には会った。とても良い人、でした」


 そのとき見せた優しい笑みに、エレオノーラは雷に打たれたような衝撃を受ける。


「か……可愛すぎる」


 堪えきれず、その場にうずくまってしまった。


「お前……大丈夫か?」


 景綱が少し腰を曲げ、手を差し伸べる。先日エミリアに「異性に安易に触れるな」と叱られたことが頭をよぎるが、「エスコートは良し」とも言われた気がする。意を決して、その手を取った。


 彼の手は大きくて温かく、思ったよりも力強く引き上げられる。


「顔、赤いが……大丈夫か?」


 顔が赤いと指摘され、さらに真っ赤になる。それでも気合を入れて口を開いた。


「明日、お昼を……一緒に中庭で食べませんか? 王太子とエミリアも一緒ですが、ご紹介させていただければ……!」


「え?」


 景綱は付き人と何やら異国の言葉で相談を始める。意味はわからなかったが、嫌な響きではない。やがて大きく頷き、きちんと向き直った。


「招待を、受けます。明日、昼食時、中庭に伺う、します」


 深々と頭を下げ、少年は去っていく。その背中を、エレオノーラは見えなくなるまで追い続けた。


◇◇◇


 帰宅後、テラスでぼんやりお茶を飲んでいると、セレナとカミラが音もなく立った。


「お姉様」

「なぁに?」

「わたくし、カミラと」

「セレナは、お姉様を全面的に応援いたします」


「あら、ありがとう。ふふ」エレオノーラは笑った。双子は本当に可愛い。


「それでお姉様――挙式はいつにするご予定でしょうか?」

「私たちも、準備に励みたいと思います」


 手にしたカップがカチャンと落ちた。


「な! な! な!」


「ご希望なら、私たちエレナお姉様の下僕が」

「景綱様とやらの身上を調べて差し上げます」


「あなたたちは下僕じゃなくて妹でしょう!? もう部屋に戻りなさい!」


「えー」

「あんまりです、お姉様」


 わいわいと去っていく双子。その様子を遠くから眺めていた両親は、ひそかに会話を交わしていた。


「……もうお調べになったんでしょう?」

「当たり前だ」


 娘たちが知らぬところで、親の目はすでに景綱の素性に届いていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ