35 そばにいる
少し時を遡り、断罪のために大人達が奔走する王宮とは別の一角。
パーティー会場に設けられた客間で、エレオノーラは簡素なワンピースに着替えさせられていた。医師の診察では大きな怪我はなかったが、念のため一晩はここで休むように言い渡されたのだ。
ベッドの上で上半身を起こしていると、傍らに腰掛けた景綱がその手を両手で包み、自分の額に押し当てた。
彼はいまだに白銀のタキシード姿。肩口には切り裂かれた布の跡が残り、戦いの痕が生々しく刻まれていた。
「……無事で良かった」
低い声が震えている。
「ありがとう」
エレオノーラは微笑む。
「せっかくの卒業パーティーだったのに気分よく終われないなんて……。アルベルトは忙しくなるでしょうし、エミリアも侯国に嫁いでしまうわ。これまでみたいに気軽に会えなくなるのに……」
「寂しい?」
「少しね。でも……あなたがいれば、いいわ」
景綱はそっと彼女の髪をすき、赤い瞳を伏せた。
「……私は父や師範には遠く及ばない。剣を振るったのも、必死で……。
守れて本当に良かった……」
「寂しいのね」
「寂しくなどない」
「本当に?」
「武士は痩せ我慢するものだ」
「我慢してるってことは寂しいんでしょう?」
一瞬黙り込んでから、景綱は苦笑する。
「……参った。君には敵わないな」
握られていた手が汗ばんでいるのに気づき、エレオノーラは恥ずかしくなった。しかし、視線を上げれば、いつもそばにいてくれた赤い瞳がある。
「そばにいてね」
「そばにいる」
「ずっとそばにいてね」
「ずっと、そばにいる」
「死ぬまでよ」
「死ぬまで」
「わたしを置いて死なないでね」
「……善処する」
エレオノーラは眉を歪ませて、頬を膨らませた。
「……可愛いな、エレナは」
「……あなたの方が可愛くて、格好良くて、素敵よ」
思わず吹き出したエレオノーラの笑顔に、景綱の赤い瞳が緩んだ。
「かわいいとは初めて言われたな」
「いつもかわいいと思っているわ」
わざとらしく景綱は目を見開く。
「私は格好つけてたはずなのに」
「格好つけてたの?」
「私は、エレナから見て格好よくは見えなかったか?」
「……格好いいわ」
「良かった」
その瞬間、彼は強く手を握りしめた。
「……命をかけて、君を一人にはしない」
空色の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……エレナは泣き虫だな」
景綱は彼女を胸に抱き寄せ、子どもをあやすように背を撫でた。
温もりに包まれて、エレオノーラは静かに目を閉じる。
扉近くで久蔵たち護衛が涙を拭い、控えていた使用人たちはそっと頷き合った。
――これから先、幾つの困難が待とうとも、この二人なら乗り越えていけるだろう。そんな予感がした。




