14 両親
リリエンタール邸の夜。
書斎に灯されたランプの下で、エレオノーラの父アウレリウスは書類から顔を上げ、窓辺に立つ妻の横顔を見つめていた。
オクタヴィアは月明かりを背に、腕を組んで言う。
「……わたくしが“E.A.Valeは娘です”と公にしたことを、まだお怒りかしら?」
アウレリウスは深く息を吐き、椅子に背を預けた。
「怒ってはいない。ただ……溺愛している娘を世間にさらしたくはなかった。
囲って、守り通せるなら、それが一番安全じゃないか」
静かな言葉に、オクタヴィアは小さく笑った。
「でも、それでは娘の羽を折ることになるわ。
時代は変わっていくの。初の女性画家として、エレオノーラには確立された地位を与えてあげたい。
……そう思うのは、母親の欲?」
アウレリウスはしばし沈黙し、それからゆっくりと立ち上がり、妻の肩を抱いた。
「君がそう決めたのなら、私は支えるよ。それが私の役目だ」
オクタヴィアは彼の胸に顔を預け、ふっと微笑んだ。
「……相変わらず、甘い人ね。だからわたくし、あなたを好きになったのだわ」
その声音は、少女のように無邪気だった。
月光の中、二人は静かに寄り添った。