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13 描きたいから描いてる
放課後の中庭。春の風に桜に似た花びらが舞い散っていた。
エレオノーラはベンチに腰かけ、スケッチブックを広げていた。
ペン先が紙を滑り、木々や鳥たちの姿が次々と描き留められていく。
ふと影が落ちる。見上げると、景綱が立っていた。
赤い瞳がスケッチブックをじっと見つめている。
「……また、描いている」
「ええ」
エレオノーラは軽やかに答え、鉛筆を止めなかった。
「なぜ、描く?」
短い問いかけに、エレオノーラはペンを置き、空を仰ぐ。
柔らかい光を浴びながら、子どものように微笑んだ。
「だって……描きたいから。
評価されなくたって、誰に笑われたって、描けるから。
それだけで、十分なの」
あまりにも無邪気で、あまりにも真っ直ぐな答え。
まだ社会や時代の重さを知らない幼さがそこにあった。
けれど景綱は、そんな彼女から目を離せなかった。
風に白髪が揺れ、赤い瞳がわずかに緩む。
「……眩しい」
小さく洩れた言葉は、彼女には届かなかった。
ただ、黙々とまた線を重ねる音だけが、二人の間に静かに流れていた。