11 冷たい市場
新聞社の会議室。分厚い帳簿と刷り上がったばかりの新聞の束が机に積まれていた。
ヨハンは身を乗り出し、声を張り上げる。
「見てください! この線の力強さ、この詩との調和! E.A.Valeは時代を切り拓く才能です! 性別など関係ない!」
役員たちは冷めた顔で書類をめくり、静かに言葉を返した。
「作品の質は認めよう。……だが、女だと知れた途端に購読者が離れている。数字は正直だ」
「侯爵令嬢という身分も逆効果だ。婚約破棄された“傷物”と知れ渡った以上、社の看板にはできん」
ヨハンの顔が怒りで赤く染まる。
「芸術を……金勘定で殺すのか! 大衆は変わる、我々が変えなければ!」
「我々は商人だ、ヨハン。紙面は慈善事業ではない」
熱気と冷気がぶつかり合った会議室は、やがて後者に呑まれていった。
ヨハンの拳は震えていたが、役員たちはもう彼に背を向けていた。
◇◇◇
翌日、学園。
エレオノーラは教室で新聞を開いた。
そこに自分の挿絵はなかった。
周囲からヒソヒソと声がする。
「やっぱり外されたな」
「女の絵なんて続くわけがない」
「傷物の侯爵令嬢に需要なんかあるかよ」
令嬢たちは複雑な顔で遠巻きに見ていたが、誰も声を上げなかった。
エレオノーラは静かに新聞を畳むと、スケッチブックを抱きしめた。
「……評価されないのは、悲しい」
それでも唇にかすかな笑みを浮かべる。
「でも、描けるわ。描きたいから――描くだけ」
孤立の中でなお筆を取る彼女の姿に、まだ“使命感”はなかった。
ただ、自分の内にある衝動に従っているだけだった。