10 熱き記者ヨハン
その日、新聞社の記者が作品を受け取りに来るため、エレオノーラは初めて景綱を侯爵家に招いた。彼の言葉を添えた作品も渡すため、是非にと呼んだのだ。
広々とした玄関ホールに立つ彼は、どこか落ち着かない様子で赤い瞳を彷徨わせている。
ぱたぱたと軽やかな足音が階段を駆け下りてきた。セレアとカミラだった。
二人はぱっと笑顔になり、駆け寄ろうとして――はっと思い出したように立ち止まる。
揃ってスカートの裾を摘み、優雅にカーテシーをした。
「リリエンタール侯爵家、次女セレアにございます」
「三女カミラにございます。景綱様、ようこそ」
景綱も少し緊張した面持ちで、深々と会釈を返す。
だが次の瞬間、双子は抑えていた興奮を爆発させた。
「まぁ! 本当に白い髪! しかも思ったより背がお高い!」
「赤い瞳がルビーみたいに光ってますわ!」
「お姉様と並んだら、まるで絵画そのもの!」
「これはもう絶対に恋に落ちてますわ!」
畳みかける言葉に、景綱は赤い瞳を瞬かせるばかり。
エレオノーラは顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「あなたたち! お部屋に戻ってなさい!」
「えぇー!」
「せっかく景綱様にご挨拶できたのに!」
「戻りなさい!」
不満げに階段を上がっていく双子は、振り返りざまに手を振った。
「景綱様、どうかお姉様をよろしくお願いいたします!」
景綱は思わず小さく笑い、「……賑やか。けど、温かい」と呟いた。
その一言に、エレオノーラの胸がほんのり温かくなる。
◇◇◇
応接間。
机の上には、エレオノーラの描いた新しい挿絵と――小さく添えられた文字「春を待つ心」。
あの夕暮れ、景綱が異国の言葉で口ずさんだ詩だった。
扉が開き、勢いよく入ってきたのは新聞社の記者ヨハン。
眼鏡をかけた青年の瞳がぎらぎらと光る。
「来ました! E.A.Vale!」
机に置かれた絵を目にした瞬間、ヨハンは食い入るように覗き込み、叫ぶように言った。
「……なんだ、この線は! 躍動している! 絵が息をしているじゃないか!」
ページをめくりながら声を張り上げる。
「そしてこれは……詩まで添えられているだと? 絵と文字の融合! 芸術と文学の共鳴だ! これぞ新時代の表現だ!」
熱狂的な称賛に、エレオノーラの頬は赤く染まった。景綱の言葉が褒められている――そう思うと、胸が誇らしくなる。
「Vale! 君は描き続けろ! 筆を止めるな! これは時代の光だ!」
ヨハンが身を乗り出した瞬間、横で黙って見ていた景綱の赤い瞳が細められる。
拳が膝の上でぎゅっと握られていた。
エレオノーラがヨハンに笑顔を向けるたび、胸の奥がざわつく。
――なぜ、そんなに嬉しそうなのだ。
――なぜ、あの男は君をそんな目で見る。
やがてヨハンは「次号に必ず載せる!」と息巻いて去っていった。
静寂の戻った応接間で、景綱はぽつりと呟く。
「……あの男。君を、見すぎる」
その声音に、エレオノーラは思わず顔を真っ赤にした。
ヨハンの称賛よりもずっと、胸を打つ一言だった。




