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拳と炎で、恋を掴み取れ!──精霊学園トーナメント編 本選

翌日、朝の陽光が校舎を黄金に染めるなか、リオ=バーンレッドは静かにトーナメント本選会場の控室へと足を運んでいた。拳を軽く握り、肩を回す。決戦前の緊張など、彼の顔には微塵もない。


「……リオくん」


ふいに呼び止められた声に振り向くと、廊下の影からひょっこりと姿を現したのは、地味な制服姿の少年――ユエ=クレストだった。


「おお、ユエ! 応援に来てくれたのか?」


ぱっと表情を明るくするリオに、ユエは視線を逸らしながら、そっけなく言い放つ。


「べ、別に応援とかじゃないよ……これは、単位に関わる特別観戦課題だから。僕には必要なんだ」


ツンと顔を背けるような仕草に、リオは大笑いした。


「ははっ、そっかそっか。でも来てくれたのは嬉しいぜ!」


「……本当に、君って、よくそんなに堂々としていられるね。相手、副会長のカイル=ゼルクレイなんだよ?」


ユエは思わず口をつぐんだ後、少し声を落として続ける。


「彼、言霊の精霊ウィゼリアと契約してる。……“言葉ひとつ”で相手を制するっていう、異能の使い手。過去の模擬戦では、何人も動けずに倒れてる。正面から行って勝てる相手じゃない……怖くないの?」


リオは一瞬だけ真剣な表情になったが、すぐに豪快な笑みを浮かべて言った。


「怖くないわけねぇよ。でも、それ以上に燃えるんだよ。強いやつと戦えるってのは、最高に胸が熱くなるだろ?」


その言葉に、ユエははっと息をのんだ。まるで、自分の心の曇りを一撃で吹き飛ばすような、そんな眩しさ。


「……ほんと、君ってバカみたいだ」


「おう、よく言われる!」


笑って拳を掲げたリオの背中を、ユエはただ、見つめ続けていた。

観客席は、すでに熱気に包まれていた。

特設会場となった第一競技場――そこには学園中から集まった生徒たちがひしめき合い、今か今かと試合開始を待ち望んでいる。

リオ=バーンレッドは、その喧騒を背に控室の扉を押し開き、ゆっくりと歩み出す。


「怖くないの? ……相手、副会長だよ?」


控室に向かう途中で出会ったユエ=クレストの言葉が、頭の中にふと蘇る。


怖くない――はずがなかった。あのとき講堂で受けた力、“言霊の主”ウィゼリアによる見えない重圧は、今思い返しても身が竦むほどだった。

だが、それと同時に、自分の中で沸き上がっていた感情もまた確かにあった。


(ワクワクする……!)


心の奥底でうずくような熱。全身を貫くような緊張。そして武者震い。

拳を握る。背筋を伸ばす。自然と口元に笑みが浮かぶ。


「今度は……こっちも全力でいくぜ、カイル=ゼルクレイ」


あのときは牽制の一撃――今度は正面からぶつかる。一対一の舞台で。

その瞬間、空気を切り裂くような明るい声が会場全体に響き渡る。


『お待たせしましたあああっ! 学園最強を決める頂上決戦――本選、第1試合の開幕ですっ!』


 司会台に立つのは、今日も元気いっぱいのトーナメントMC、リリィ=グリモア。


『まずは呼びましょう! 一年生にして規格外の拳を振るう、異端の格闘家っ! リオ=バーンレッド選手~~っ!』


喝采と歓声が飛び交うなか、リオは静かにステージへと歩を進める。

そしてその向かい――


『対するは生徒会副会長! 言葉を力に変える“詠唱の支配者”っ! カイル=ゼルクレイ選手~~っ!』


黒い制服の裾を翻し、冷ややかな視線をまといながら、カイルが舞台に上がる。両者が並び立った瞬間、場内の空気が一変する。

歓声が止み、静寂が支配する。

リオはただ、ニヤリと笑いながらカイルを見つめていた。


(さあ、やろうぜ。生徒会副会長――いや、“強敵”カイル=ゼルクレイ!)


『それでは――お二人とも、準備はよろしいですか?』


リリィ=グリモアの明るい声が静寂の会場に響く。

リオ=バーンレッドは拳を軽く握り、無言でうなずく。対するカイル=ゼルクレイもまた、冷ややかな視線を相手に投げながら小さく頷いた。


『よ~し! それでは! 《本選・第一試合》――開始ィィッ!!』


その瞬間、空気が弾けた。

リオが大地を蹴る! 疾風のごとき速度で駆け出し、拳を構えて突進!


『おっとおおお!? いきなり突っ込んだリオ選手! まるで獣のような猛進っ!』


対するカイルは微動だにせず、唇をわずかに動かす。


「――『縛鎖・ノワールグリフ』」


低く紡がれた言葉が宙に刻まれた瞬間、黒い鎖のような魔法陣が空間から浮かび上がる!

リオの周囲に絡みつく黒の鎖――しかしその瞬間、


「遅ェよッ!!」


リオが一喝。拳を振るい、魔法ごと鎖を叩き砕いた!


『なんとぉ!? 言霊による拘束を力技でぶち破ったぁあ!? まさかのゴリ押しぃ!?』


観客席がどよめく。カイルの眉が僅かに動いた。


「……やはり君は、力しか知らぬ蛮人だな」


「なら、お前は言葉に頼る臆病者かよ!」


激しくぶつかり合う視線。リオは距離を詰め、鋭い蹴りを繰り出す。だが、空間が歪み、カイルの姿がかき消えた。


「――『幻影転位』」

カイルはリオの背後に現れ、掌を前に出す。


「『衝裂・エクスレヴィア』」


 強大な言霊の衝撃波が、リオの背に炸裂した――!


『き、決まったかぁあ!? 強烈な言霊術が命中ッ!! リオ選手、吹き飛ばされる――っ!?』


が、土煙の中から、ゆらりと立ち上がる影がひとつ。


「おいおい……これで終わりと思ったかよ」


拳を鳴らし、笑みを浮かべながら、リオが煙の中から歩み出てくる。その額には汗がにじみ、拳には細かな傷。だがその目は、炎のように揺るがぬ闘志を宿していた。


『これはすごい! 一歩も譲らぬ接戦っ! これは予選とはまるで違う、本気のぶつかり合いですっ!』


二人の戦いはなおも続く。拮抗する力、ぶつかる信念、そして――勝つのは、拳か、言葉か。

拳と言葉がぶつかり合う激戦の中――徐々に、戦況が傾き始めた。

鋭い言霊の刃が、空間を裂き、幾重にも交錯する。その一つ一つが的確にリオの動きを封じ、わずかずつではあるが、確実にダメージを与えていく。


『おおっと!? ここにきてカイル選手の言霊術が冴えわたってきましたッ! 追撃! 追撃!! さらに重ねるように――「斬光・シェイドレイヴ」ッ!!』


黒光りする刃の奔流が宙を走り、リオの肩にかすめた。


「くっ……!」


避けきれず、肩口を裂かれる。赤い鮮血が空中に舞う。

だが、それでもリオは止まらない。拳を握りしめ、足を前に出す。


「まだだ……まだやれる!」


「愚かだな。自分が劣勢と気づかないのか」


カイルの目は冷たい。氷のように感情のないその瞳は、眼前の“反逆者”をただ駆逐する敵としか見ていない。


「お前のような力だけの男に、この舞台は不要だ。さっさと退場してもらおう」


「だったら……その力で、オレを倒してみろよッ!!」


傷を負いながらも、リオは突っ込む。拳一閃! だがまたもや、言霊が彼の動きを封じる。


「――『空縛・ラゼルバイン』」


虚空から無数の鎖が現れ、リオの腕と脚に絡みつく。


「これで終わりだ、バーンレッド」


「くっ……!」


『ああっと!? リオ選手、拘束されて動けません! これはピンチ! 完全にカイル選手の言霊術が試合を支配しているッ!!』


だがその瞬間、リオの拳が、小さく震えた。

全身から噴き出す熱気――


「終わりってのはな……お前がオレを倒してから言う言葉だろ」


リオの目が、燃え上がる。

拘束され、動きを止められたリオの目が、再び静かに燃え始める。


「イグニス……オレに力を貸せ。全開でいくぞ」


その言葉に、リオの背後から紅蓮の精霊が姿を現す。

猛るように、轟くように、紅き焔が空間を圧倒的な熱量で満たしていく。


《……了解した。バーンレッド。我が力、今ここに最大解放》


 ――〈霊装解放・灼閃〉。


リオの体を中心に、紅蓮の波動が爆発的に広がる。


『う、うおおおっとォォ!? これは!? これはもう講堂での比じゃありません!! 選手控室まで熱気が届いてますッ!? リオ選手のイグニスが、本気の力をッ!!!』


「なっ……!?」


カイルの顔が初めて揺れる。


《ウィゼリア》の言霊障壁を灼き破るほどの火力。虚空の鎖が熱に焼かれ、蒸発し、リオの身体が自由を取り戻す。


「今度は、こっちの番だ!」


リオの拳が、炎を纏って加速する。


「拳に……呪文も、術式も要らねぇ!」


「貴様ごときが……っ、調子に乗るなッ!」


「乗ってんだよ、最初からなァアアアアアア!!」


炎が咆哮を上げる。リオの拳が、迫る黒き言霊の壁を突き破り――

カイルの胸元へ、真正面から、拳が炸裂する。


『な、なななんとォォ!? ここで! 言霊障壁を貫いたァ!? リオ=バーンレッドの灼熱の拳が、副会長カイル=ゼルクレイを捉えたァアアアアア!!!』


観客が一斉に総立ちとなる。

カイルの身体が、熱風とともに舞い、背後の壁へと吹き飛ばされた。

――紅蓮の闘志が、氷の如き言霊を打ち破った瞬間だった。


煙の中から、ゆらりと立ち上がる人影。


「……お前は、何もわかっていない」


その声は、焦りも怒りもなかった。ただ静かに、冷え切った湖のように深く響く。

破れかけた制服の上から、黒銀の文様が浮かび上がる。副会長・カイル=ゼルクレイの額に刻まれるような光の紋章。そしてその背後に現れるのは、言霊の精霊――《ウィゼリア》。


《……制約、発動。》


カイルがゆっくりと手を掲げ、言葉を紡ぐ。


「我、言の主に誓い、己が力を縛りとす。――力の発現、三語以内とする」


その言葉に、観客がざわめく。


『い、今……自らに、制約を!? どういうことなんでしょうか!?』


「そして、バーンレッド・リオ。お前にも制約を与える」


言葉が、法則となって空間に刻まれる。


「お前は――《跳ぶことを禁ず》」


その瞬間、リオの足に黒い鎖が絡みついたように、空気が重くなる。


「なっ……!? 体が、地面に……!」


《言霊の制約ゲンシル・コード》――それは相手の動作や能力にルールを課す副会長カイル=ゼルクレイの真骨頂。


「言霊とはすなわち、世界の法則を上書きする術。お前のような脳筋とは、そもそも土俵が違う」


制約により、わずか三語でしか魔法を詠唱できないというリスクを背負ったカイル。しかし、それと引き換えに得た言霊の絶対性は、次元を超えた支配力を与える。


「くそっ……!」


足が封じられ、間合いを詰められないリオ。拳の爆発力は高いが、跳躍を奪われれば、機動力を大きく損なう。


「――“鎖縛、穿”」


たった三語。それだけで、無数の黒鎖が地面から飛び出し、リオを縫いとめる。


「ぐっ……!」


《イグニス》の火で鎖を焼こうとするも、火力が届く前に再び制約が飛ぶ。


「“発火、遅延”――《1.5秒》」


「なに……っ!」


通常の反射よりわずかに遅い。その微細な差が、勝負を決定づける。


『ま、また制約!? リオ選手のイグニスの炎が遅れて発動している!? なんと……まさかここまでコントロールされてしまうとは!?』


リオが苦しげに歯を食いしばる。


「くっそ……ふざけんな……ッ!」


「ふざけてなどいない。これは“秩序”だ。お前のような、力だけを信じる者にこそ、理解させてやらねばならない。――精霊と契約するということの、本当の意味をな」


燃え上がる闘気は、静かに、確実に――霧散していった。

リオの体はすでに限界だった。跳躍を封じられ、詠唱に遅延を課され、あらゆる攻撃は無力化される。

炎が届く前に、言葉ひとつで消される。

拳を振り上げれば、腕を縛る鎖が現れる。


「……くそっ……なんで……!」


膝をつくリオ。額からは血が滴り、服は焦げ、動くたびに身体中から悲鳴が上がる。


「もう立つ力もないか。――やはり、君には荷が重すぎたようだね」


副会長・カイル=ゼルクレイは微塵も乱れていない。制服の襟を直しながら、冷ややかな瞳で見下ろしている。


「君のような者が、最強の精霊イグニスと契約している……それ自体が、学園の恥辱と言ってもいい」


《ウィゼリア》が虚空に浮かび、淡く輝く。


《――制約、更新。発動条件:行動意思の発露。対象:リオ・バーンレッド。内容:移動、封止。》


その瞬間、リオの体はまるで見えない鎖で縫いとめられたように、完全に動きを止められた。


「な……体が……!」


『ああっと!? リオ選手、完全に動きを封じられました! 副会長カイル=ゼルクレイの《言霊制約》、もはや戦意すら奪う域に……!』


『こ、これはもう勝負ありでしょう……!? 第一試合、カイル選手の勝利は、間違いない……!?』


観客席がざわめき、拍手が漏れ始める。

「やっぱ副会長すげえよ」

「あれが言霊の力かよ……」

「あいつ、講堂で運が良かっただけだったんだな」

リオの炎はすでに沈黙し、身体は膝をついたまま動かない。

まるで敗北を受け入れるかのように、項垂れ――


 ――否。


「……ははっ……」


震える声が、床に伏せたリオの口から漏れた。


「……なにがおかしい?」


「いや……お前……強えな、ほんと……」


その笑みは――あくまで、戦う者のものだった。




観客席の最前列。静かに拳を握りしめていた少年がいた。

ユエ=クレスト。

彼の瞳は、無様に膝をついたリオの姿を映していた。


(……やっぱりダメなのか。副会長が相手じゃ……)


圧倒的な制約の力。動けず、崩れ落ちるリオ。誰が見ても勝負は決まったと思っていた。

周囲のざわめきに、自然と心が引きずられそうになる。弱い自分がまた顔を出す。


(仕方ないよ……あれじゃ、誰だって勝てない……)


――だけど。

胸の奥から、リオの声が浮かび上がる。


『自信は、つかみ取るもんだろ?』


『――だったら、ちゃんと見てろ。俺がどう戦うか』


そのとき、自分に向けられた笑顔。

自信満々で、真っ直ぐで――でも、それはただの強がりなんかじゃなかった。


(本当は、ずっと憧れてたんだ……あんなふうに、まっすぐに、戦える人に……)


拳を、握りしめる。

俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。


そして――


「リオーーッ!!」


全身を使って、声を叫んだ。


「負けるなよ!! ……俺、あんたみたいになりたいんだ!! だから、立てよッ!! お願いだぁッ!!」


その叫びは、場内に響き渡った。

一瞬、ざわめきが止まる。

誰もがその声の主を振り返り、驚きに目を見張った。

――だが、それを聞いたリオは。

ゆっくりと顔を上げ、ニヤリと笑った。




ユエの叫びが届いたその瞬間。

倒れていたリオ=バーンレッドの瞳に、再び炎が灯る。

その双眸は真っ直ぐに前を見据え、渦巻く熱とともに闘志が爆発する。


「……そうだよな、ユエ」


ギリ、と歯を食いしばり、リオは制約の鎖に縛られた身体を力ずくで動かそうとする。

動かぬ腕を――震える膝を――それでもなお、立ち上がろうとするその姿に、会場はざわめいた。


「馬鹿な……っ!」


カイル=ゼルクレイは驚愕に目を見開く。


「動けるはずがないッ! お前は、俺の《制約詠唱》で身体の自由を封じられているんだ……! それを無理に動かせば……最悪、命に関わる……!」


だが、リオは笑った。

血の滲む唇で、歯を見せて。


「――あんたこそ、わかってないな」


言葉と共に、イグニスの炎が再び燃え上がる。命の灯火すら焦がすような、その猛き焔。


「言霊で縛られようが……足が動かなくなろうが……」


「人の心までは、縛れやしないんだよ!」


ゴオオォォ――ッ!

炎が、リオの全身を包み込むように立ち昇る。魂を燃やすように、心の底から立ち上がる咆哮。

それはまさしく――“制約”を、気迫でねじ伏せる者の姿。


「俺の心は、まだ折れちゃいねぇッ!!」


「このままでは終わらせん……!」


カイル=ゼルクレイの瞳は鋭く光る。言霊の呪縛を駆使し、身体の自由を奪う制約でリオを追い詰めてきたが、その予想外の反撃に動揺を隠せない。


「お前の心の炎か……それでも、俺が止める!」


カイルは精霊《言霊の主ウィゼリア》の力を最大限に解き放つ。言葉の刃が空間を裂き、鋭くリオを狙う。

だが、リオは傷だらけの身体を押し上げ、拳に全てを込めて叫ぶ。


「俺は、負けねぇ――!」


イグニスの炎が拳に宿り、焼けつくような熱が空気を震わせる。言霊の呪縛すら焼き尽くす火力。

激突。拳と刃の激しいぶつかり合いが轟音を立てて会場に響き渡る。


「お前の力もすごいが……俺の拳は、もっと熱い!」


リオの一撃がカイルの防御を砕き、一瞬の隙を作り出す。


「くっ……だがまだ終わらん!」


カイルは最後の言霊の詠唱を放つ。

その刹那、リオは拳を強く握り締め、叫ぶ。


「俺は、俺の信じた道を突き進む! この拳で掴む未来だ!」


二人の激闘は、もはや互いの体力と精神の限界を超えていた。汗と血が混じり合い、呼吸は荒く、身体は震える。


「……まだ、終わらせねぇ……!」



リオは限界を押し切り、最後の力を振り絞って拳を振り上げる。イグニスの炎が拳を包み込み、焼き尽くすような熱量で相手に迫る。

一方、カイルも冷静に言霊を詠唱し、最後の制約を発動させようとする。だが、目には疲労と焦りがにじんでいた。


「お前の信念……恐ろしいな……」


カイルは息を切らしながらも、心の奥底でリオの強さを認めていた。


「俺の拳は、俺の信念そのものだ!」


リオは叫びながら渾身の一撃をカイルに叩き込む。言霊の制約をもろともせず、その拳は鋭く、深く突き刺さった。

カイルはそのまま崩れ落ち、重い息を吐いた。静寂が会場を包み込む。

そして、揺れながらも、確かに立っていたのはリオ=バーンレッドだった。

歓声とどよめきが巻き起こる中、リオは深く息を吸い込み、静かに言った。


「勝負は、まだ始まったばかりだ……俺は、この拳で前に進み続ける」


その言葉には、炎のような強い決意が宿っていた。


「──勝者!! リオ=バーンレッドゥーーッッ!!!」


高らかに響き渡るリリィ=グリモアのコールが、熱狂の嵐となって会場中を包み込む。

観客たちは総立ちとなり、拍手と歓声、そしてどよめきが天井を突き抜けるように響いた。

ひときわ眩しく照らされた舞台、その中央に、炎のように揺れながらも立ち続ける男――リオの姿があった。

彼の勝利を見届けると同時に、担架が運び込まれ、倒れた副会長カイル=ゼルクレイが静かに搬送されていく。

ウィゼリアの残留音が微かに空間に漂い、戦いの余韻を残していた。


「カイル選手、無念のリタイア! ですがその信念と技、観客の心にしっかり刻まれました~!

さぁ! 一試合目からこの熱量、いったいどうなっちゃうのこのトーナメント!!」


リリィが弾ける笑顔でマイクを振る。

ふらつきながらも、リオはゆっくりと歩き出し、会場を後にする。

イグニスの炎は既に消えていたが、その背中には確かな余熱と、勝者の誇りが宿っていた。


「……やっぱり、すごいなぁ……」


ユエ=クレストが小さく呟きながら、リオの背中を見つめる。その目には、もう以前の卑屈な影はなかった。


そして──


「お待たせいたしました~~~っ☆

トーナメント本選・第2試合っ! 今度の対戦も見逃せませんよぉっ♪」


司会のリリィ=グリモアが明るくステージ中央から叫ぶと、再び観客たちの熱狂が講堂を揺らす。


「さぁ登場するのはこのお二人っ!まずは~~~っ!我らが〈生徒会〉のアイドル広報☆星のきらめきを背に、音を操る魔音の精霊と共に舞い踊る、煌めきのシンフォニアーーっ!ミア=シェリル=フォン・ステラミューズ選手ぉぉおっ!!」


「やっほ~☆ 今日もキラッとがんばっちゃうよ♪みんな最後まで見ててねっ♡」


ミアは愛らしくウィンクしながら手を振り、スポットライトを全身に浴びて登場。

その肩には、音の精霊メロウ・ヴィヴィがリズムに合わせて光を瞬かせている。


「まさに学園の歌姫っ! そして情報と笑顔の発信官っ!生徒会広報としても活躍中の才色兼備っ☆」


観客からは、応援のペンライトや横断幕が振られ、まるでライブ会場のような熱気が溢れる。


「対するはーーっ!!冷静沈着、才気煥発!孤高の優等生にして氷精の主!!その瞳が捉えた相手を逃すことはない……!レイナ=シュトルツ選手っ!!」


「……さっさと終わらせるわ。無駄に時間は使いたくないから」


冷ややかな視線を向けながら登場するレイナ。

その後ろには、霜の紋章を刻む氷の精霊《シルフィア=フロストルーン》が静かに佇む。

足元には既に冷気が広がり、空気が凍るような張りつめた緊張感が生まれる。


「おっとぉ~!?これはまた対照的なふたりがぶつかる展開っ☆華やかさと冷厳さ、光と氷の激突ですぅ~っ!」


「選手、構えッ!」


ミアは軽やかにポーズを決め、レイナは構えすら最小限にとどめて静かに睨む。


「試合……開始ッッ!!」


音と氷の交錯。

ステージ上に鳴り響くのは、シンフォニーか、それとも凍てつく静寂か――



控室の扉が軋む音を立てて開いた。静かに入ってきたのは、目元に少し陰を落とした少年、ユエ=クレストだった。どこかおどおどとした足取りで、包帯を巻いたリオに視線を向ける。


「……その、リオ……だ、大丈夫……?」


「おっ、ユエ! 来てくれたのか!」


ソファに座っていたリオ=バーンレッドが、片手を軽く上げて笑った。額には汗、腕には包帯、だがその表情はどこまでも晴れやかだった。


「へへっ、見てただろ? 俺のバトル。どうよ、なかなか燃えたろ?」


「う、うん……すごかった……っていうか……バカみたいだったよ。あんなボロボロになるまで……」


ユエは俯き、ぎこちなく言葉を紡ぐ。もともと暗く引っ込み思案な性格の彼は、感情を口にすることが苦手だ。それでも――今は何か、いつもと違う熱を秘めていた。


「で、やっぱり心配になって、応援に来てくれたってわけだな? いやー嬉しいね、モテて困るなぁ俺!」


「ち、違うっ……僕は、単位のために……その、結果報告も兼ねて来ただけで……」


しどろもどろになりながら、ユエは目を逸らす。だが、その頬にはほんのりと朱が差していた。


「そっか。でも――来てくれてありがとな。お前が叫んでくれたから、オレ立てたんだ。……マジで感謝してる」


「……!」


リオの言葉に、ユエはわずかに目を見開いた。あの瞬間――自分の叫びが届いていたのだと、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「僕……ずっと怖かった。人前に出るのも、誰かに何かを言うのも。でも……リオを見てて、少しだけ思ったんだ。僕も……変わりたいって」


「そっか……」


「だから、君はちゃんと医務室に行って。次の試合も……僕、ちゃんと見届けたいから」


ユエの瞳に、はっきりとした意志の光が宿っていた。それはリオが望んだ“変わろうとする勇気”そのものだった。


「……へへっ。お前、カッコよくなってきたな。惚れそ――」


「や、やめてよもう……っ! 僕、男だってば!」


恥ずかしそうにそっぽを向くユエに、リオは明るく笑いながら頭を掻いた。

暗がりにいた少年は、ほんの少しだけ光の方へ歩き出していた。



「みんな〜! 盛り上がってる〜!?」


ミア=シェリル=フォン・ステラミューズがマイクロッドを掲げ、アイドルさながらにステージに声を響かせた。音の精霊メロウ・ヴィヴィの魔力が放たれ、ステージに音圧の波が走る。


「《サウンド・バースト・ドライブ》!」


炸裂する音の衝撃波。空気がうねり、観客席にまで余韻が響く。幻の歓声、幻のコール、それは《幻音ファントムノート》によって生まれた錯覚。


「……まさかこれは、幻音……ッ!」


レイナ=シュトルツが冷たい視線でミアを睨む。氷の精霊《シルフィア=フロストルーン》が冷気を送り、足元に霜が広がる。


「あなたの華やかさには、もう慣れたわ」


「そんなこと言って〜、楽しんでるでしょ? レイナちゃん!」


ミアが一歩踏み込み、音の波に乗るようにステージを滑走する。高速の波動ステップ。レイナはすかさず氷の結晶を展開し、冷気を噴き上げる。


「《クレスト・グレイシア》」


冷気が音を鈍らせ、ミアの動きがわずかに遅れる。レイナの指先から細氷が放たれ、ミアのドレスの肩をかすめる。


「ふふっ、ヒヤッとした〜!」


「調子に乗らないことね」


レイナの冷たい声が響くと同時に、空に無数の氷の針が現れる。


「《アイスレイン・ノクターン》」


氷雨が降り注ぎ、ミアは即座に音の壁を展開する。


「ヴィヴィ、重奏防壁! 《ハーモニック・ブロック》!」


音の層が氷の矢を弾き返す。音と氷の衝突が、ステージをきらめかせる。


「さあ、こっからが本番よ〜っ!」


空間の支配力では、今のところミアが優勢だった。

音による圧力と幻惑――まさにコンサートのような演出で観客を魅了しながら、戦況も自分のペースに引き込んでいた。


「ふふっ、レイナちゃん、無表情でも本当はノってるんじゃない? ねえねえ?」


「……うるさい」


レイナの足元から氷が立ち上がる。先ほどより濃密な冷気が、ステージの気温をさらに下げていく。


「まだ、終わりじゃない。……《フロストルーン・ディレイ》」


その瞬間、ミアの動きが一瞬だけ鈍った。


「っ……!? 身体が……遅れてる……!」


それはレイナの精霊《シルフィア=フロストルーン》が持つ能力――触れた空間の“時”を凍らせることで、対象の行動に“遅延”を与える呪氷。


「感情任せのパフォーマンスなんて、意味ない……」


淡々と放たれる氷の刃が、今度はミアの衣装の肩をかすめる。観客席からも小さなどよめきが起きる。

徐々にミアの音圧は弱まりつつあった。

まるでドームライブのクライマックス。

音が、光が、氷が、戦場を舞台に変える。


「こ、これはすごいぃ〜! なんというエンターテインメントバトルッ! 会場が一体になってるぅー!!」


司会のリリィ=グリモアが、絶叫するようにマイクを握りしめる。


「この空気……嫌いじゃない」


レイナが、静かに呟いた。

足元には氷のライン、空気を鈍らせる冷気の波。

それでもミアの音は響き続けていた。


「リズムが……狂う。でも……合わせられる」


《フロストルーン・ディレイ》により、ミアの動きは微妙にズレている。

だがそれでもミアは、ずれたリズムの中に新たな拍を刻み出す。


「レイナちゃん、気づいてる? あなた、もう……音に乗ってるよ♪」


「は……?」


知らぬ間に、レイナの足取りが音に同調していた。

氷の攻撃が、ミアのビートに合わせるように放たれる。


「うそ……なんで……」


「それが、あたしの《ステージ》。相手の心を、観客の気持ちを、みーんな巻き込んで……」


「――ショーにするのが、あたしの戦いなんだよっ!」


爆発する音圧、空を舞う氷のきらめき。

幻想的なライブバトルに、観客席は熱狂の渦と化す。


「レイナちゃん、もっと笑って! こっちのほうが、あなたらしいんじゃない?」


「……誰が、笑うものかっ……!」


そう言いながらも、レイナの頬には、わずかに楽しげな色が浮かんでいた。

ふたりの少女の全力の《ショー》が、今、会場の全てを飲み込んでいく。


「はぁっ、はぁっ……なにこれ……体が……重い……っ」


レイナの呼吸が乱れる。額には汗。

手足の動きも鈍くなり、氷の霧が散っていく。


「気づいた? レイナちゃん」


ミアの口元には、軽やかな笑み。

その笑みは、まるで舞台を支配するトップアイドルのそれ。


「あなた、いつの間にか――あたしのテンポで踊ってたのよ?」


「なっ……!?」


「あなたの氷のタイミング、全部……ステージに合わせてきてたでしょ?

でもね、それが逆に、あなた自身のリズムを削ってたの」


「くっ……バカな……そんな……私が……踊らされてたなんて……!」


頭では理解できても、体はすでに限界を訴えていた。

膝がわずかに震える。


「氷の力は確かに強かった。でも、それだけじゃ……」


ミアがステップを踏むたび、音が弾け、観客が沸く。

その全てが、レイナの気力をさらに削る。


「……本当に……厄介な女……」


「ふふっ、よく言われるの♪」


観客席からは惜しみない歓声と拍手。

まるで、レイナの敗北すら一つの演出として祝福するように。


「まだ……まだ終わってない……!」


「じゃあ、続きを踊ろうか――あなたがステージを降りるまでね」


レイナの視界が揺れる。

それでも、彼女の瞳は最後まで負けを認めていなかった。


「もっと盛り上がっていこう! ミア・ビート、クライマックスよ!」


ミアが舞う。

爆発する音圧、揺さぶる幻音。

観客席からは歓声が轟き、空気が震える。


「っ……はぁ……ついて……いけるか、こんなの……!」


レイナは必死に食らいついていた。

だが、その目は、ただの防戦一方ではない鋭さを帯びている。


「でも……おかしいな……」


ミアが、わずかに眉をひそめた。


「なんだろう……さっきから、足が重い……?」


たしかに、音の波は出ている。幻音も制御できている。

けれど体がついてこない――反応が、ほんの少し遅れている。


「そんな顔……どうしたのよ」


レイナが、息を切らしながらもニヤリと笑う。


「まさか気づいてない? ずっと足元、うっすら冷えてたでしょ……」


「……え?」


「フロストルーン・グレイズ。接地してるだけで、わずかに体力を奪っていく……

ずっとあんたが飛び跳ねてたから、効率よく全身にまわってくれたわ」


「……!」


ミアの動きが止まる。

客席から「えっ……?」という声が漏れる。


「乗せられてたのは、私だけじゃなかったってことよ……!」


レイナが氷の剣を振り上げる。

その一歩は、これまでよりも鋭く、力強かった。


「うそ……あたしが……リズムを支配してたのに……!」


「ふん……戦いってのは、テンポだけじゃないのよ――“熱量”で決まるの」


観客の視線が、再び舞台中央に集中する。

ショーのような攻防に揺れたバランスが、ついに反転し始めていた。


「さあ――ラストステージよ!」


レイナが氷剣を構え、銀色の髪が宙に舞う。

その瞳には、氷のように冷たく、それでも確かに燃える決意が宿っていた。


「最後まで立っていたほうが、このショーの勝者……それだけよ!」


「ふふ……いいじゃない」


ミアもまた、衣装の裾を翻しながら立ち上がる。

その目に宿るのは、生徒会広報としての誇り――

そして、世界に届く歌を夢見る、ひとりの“アイドル”の意地。


「――あたしはミア=シェリル=フォン・ステラミューズ。この舞台、最高のフィナーレにしてみせるわ!」


《メロウ・ヴィヴィ》の音の粒が、ミアのまわりに浮かび上がる。

《シルフィア=フロストルーン》の氷華が、レイナの背に咲き誇る。

音と氷――二つの精霊が主の意志に呼応し、激しくも美しく共鳴する。


「いくわよ、シルフィア……!」


「お願い、ヴィヴィ……!」


そして――ぶつかり合う。

氷の衝撃波と、音の波動が交差する。

白銀の閃光と虹色の残響が舞台上に咲き乱れ、まるで夢のような幻想空間が広がった。


会場が、息を飲んだ。


誰もがその光景に言葉を失い、ただその瞬間に見入った。

響き渡るのは、氷のきしむ音と、かすかな旋律。

そして――すべてが静寂に包まれる。


やがて、音が消え、光が収まったその舞台の中心に――静かに、立っていたのはレイナ=シュトルツだった。小さく肩で息をしながら、それでもまっすぐ前を見据えている。


「……ステージの勝者、レイナ=シュトルツッッ!!」


司会のリリィ=グリモアが、熱狂とともにコールを叫ぶ。

観客席は割れるような拍手と歓声に包まれた。


その裏で、ミアが微笑みながら崩れ落ちる。

精霊メロウ・ヴィヴィがそっと主の肩を支え、音もなく消えていった。


「ふふ……最高の、ステージだったわよ……レイナ……」


レイナは黙って、その言葉に微かにうなずいた。

戦いを終えた二人の間に、確かに残ったもの――

それは誇りと、讃え合う魂の“余韻”だった。

二試合連続で繰り広げられた、魂を削るような白熱のバトル――

その興奮は、まだ冷めることなく、いや、それどころかますます膨れ上がっていた。


「すっごぉおおおいっ!!!」

司会席から、リリィ=グリモアの甲高い声が響き渡る。


「第一試合は死闘ッ! 第二試合はショーッ! これが学園最強のステージよぉおお!!」


観客席は歓声と拍手、どよめきに包まれ、まるで爆発寸前の火山のような熱気に包まれていた。


「さぁあああてっ! 二試合続けて全力の激突だったわけだけど……! みんな、もうお腹いっぱい~とか言ってるヒマ、ないわよっ!!」


ステージ中央に立つ司会、リリィ=グリモアが指を鳴らすような仕草で叫ぶ。


「続いては、第3試合ッ!! これはこれで見逃せない知略戦かも!?」


観客がざわめき、期待に満ちた視線がステージへと注がれる。


「まずは一人目、生徒会の知性派! その筆が導くは勝利のシナリオッ!」


「文字の力で戦場を操る、書記――レン=アルクライト!!」


淡々とした足取りで現れたのは、漆黒の外套を羽織った青年。

整った顔立ちと知的な眼差し、腰の魔導ペンと契約精霊インクルードが揺れている。


「そして対するは……えーっと……たしか……」


リリィが台本をめくる。


「……たぶん《ユアン=クローディア》くん……だった……はず!? とにかく、がんばってぇ!!」


ステージの反対側から、やや緊張した様子で現れる銀髪の少年。派手さはなく、どこか影の薄い雰囲気。

だが、その目には一瞬だけ強い意志が宿っていた。


「では――両者、スタンバイッ!!」


試合開始のゴングが、今、鳴り響く。


医務室での簡単な治療を終え、ふらふらとした足取りのまま、自販機のある中庭へと歩いていくリオ。激しい戦いの余韻がまだ体に残っている。


「……喉、乾いたな」


カシャン、と小銭を入れ、ボタンを押した瞬間──。


「……あら?」


向こうから同じように自販機に向かって歩いてきた少女と、目が合った。


「お前……」


見覚えのある、鋭い目と銀色の髪。講堂での、氷のような冷たいまなざしが脳裏をよぎる。


「お前も……このトーナメントに参加してたのか?」


レイナ=シュトルツは、ピタリと足を止めて彼を睨み返す。


「……は? さっきの試合、見てないわけ?」


「見てないな。俺は、どんな相手だろうが真っ向勝負するだけだから。誰が勝とうが興味ない」


その言葉に、レイナの眉がピクリと動く。


「──ふぅん。なら、次の試合で嫌ってほど刻み込んであげるわ。私の強さをね」


レイナは髪をかき上げるようにして、堂々と名乗る。


「レイナ=シュトルツ。氷の精霊《シルフィア=フロストルーン》の契約者よ。覚えておきなさい、バカ」


ツン、と鼻を鳴らし、レイナは彼の隣の自販機のボタンを乱暴に押した。


カシャン。


「……あ、冷たいの取られた」


「知らない。あんたの分なんて、最初から考えてないし」


リオは苦笑を浮かべながら、ぬるめのスポーツドリンクを手にした。


「じゃあ、楽しみにしてるぜ。次の試合──お前の本気ってやつを」




「さあ皆さま、第3試合のダイジェストをお届けしましょう!レン=アルクライト選手とユアン=クローディア選手の戦いです!」


「開始早々からレン選手のペース!契約精霊インクルードによる魔導書の魔法が次々と具現化し、ユアン選手を追い詰めます!」


「ユアン選手も必死に反撃を試みますが、レン選手の巧みな記述魔法にはなかなか対応できません!」


「レン選手は冷静に魔導書に呪文を書き足し、攻撃と防御のバランスを完璧に取りながら試合を進めています!」


「そのまま圧倒的な優勢を保ち、ユアン選手をついに追い詰めて……勝利を掴みました!」


「見事な勝利!レン選手、さすが生徒会の書記、実力の片鱗を存分に見せつけましたね!」


「そして、続いての第4試合は……会長と会計の対決です!盛り上がってまいりました、皆さま準備はよろしいですか!?」


「リリィ=グリモアがお送りしました!次の試合もお楽しみに!」


「さあ皆さん、お待たせしましたぁぁぁッ!!」


司会の高らかなコールに、会場の熱気は再び跳ね上がる。ざわめき、歓声、期待――そのすべてが、これから登場するふたりに向かっていた。


「いよいよ登場ッ! 学園最強にして、生徒会長! ゼロの精霊と契約せし静謐なる支配者ッ!」


「――シエラ=アルフィネ!!」


純白の制服を纏い、整えられた白銀の髪を揺らして、少女が静かに現れる。その佇まいは、一歩進むごとに場の空気を凍らせ、言葉無き威圧を放っていた。


「そして対するは――!」


「名門エルツフェイン家が誇る天才にして、生徒会会計! 万象を操る才気煥発の令嬢ッ!」


「――ディア=クローデリア=ヴァン・エルツフェイン!!」


華麗なドレスと錬金装飾に彩られたディアが軽やかに登場する。金色の髪を揺らし、観客の視線を集めるその姿には、生まれながらの気品と余裕があった。


「ふふ、今日も随分とお堅いご登場じゃなくて?」


「ショーをしに来たわけじゃない。私はただ、正しくあるべき戦いを示すだけだ」


「変わらないわね、昔から。つまらないくらい真面目で、真っ直ぐ」


「それがお前には退屈でも、私はそれを信じてきた。幼馴染だからこそ――手加減はしない」


「……ふふ、そう。だからこそ、あなたには本気で叩きつけて差し上げる」


観客は息を呑む。才色兼備で知られるディアだが、その彼女が唯一“自分以上”と認めた存在――それが、シエラ=アルフィネだった。


「この場に立つ限り、私は生徒会長として、そして一人の戦士として全力を尽くす」


「ならば私も、才ある者としての誇りにかけて応えましょう」


「……見せてみろ、エルツフェインの力を」


「そちらこそ。崩れても泣かないでくださってよ?」


「第4試合、いよいよ開幕ですッ!!」


ゼロの精霊ノルデンと、錬金の精霊エリクシア。静と動、無と創造――対照的な二つの力が、いま激突の時を迎える。

試合開始の合図と共に、ディアは指を軽く鳴らした。


「いらっしゃいな――私の“作品”たち」


その瞬間、会場中に魔力の奔流が走る。空間が歪み、金属の破裂音とともに、幾百もの兵器や装置が次々と錬成されていく。大鎌、砲塔、飛翔刃、捕縛鎖――形も属性も異なる異形の兵器が舞い、すべてがシエラただ一人を狙って収束していく。


「これが、“モノで勝つ”ということですわ。貴女に相応しい、退屈しのぎの演出ですの」


観客からもどよめきが漏れる。まさに圧倒的。質量で押し潰すかのような錬成物の連打は、まるで軍勢そのもの。


だが――


「……終わりだ」


シエラが一歩、前に出た。目を伏せたまま、静かに右手を掲げる。


「ノルデン」


無音。無風。そして“無力”。


直後、ディアが放ったすべての錬成物が、音もなく霧散した。まるでこの世に存在したこと自体が間違いだったかのように、その場から“消えて”いく。


「な、何……?」


「私の力は“ゼロ”を司る。“存在の無力化”。貴女が何を錬成しようと、私の前ではすべて無に帰すだけだ」


「ふふ……相変わらず理不尽な力ですこと」


ディアは笑ってみせたが、その額にはわずかな汗が滲む。彼女の“モノ”は、作られるたびに即座に打ち消され、ただ魔力だけが無為に消費されていく。


「貴女は変わらない……そういうところ、本当に嫌い。でも――」


「少しだけ、羨ましくなるわよ」


この戦いはただの力の衝突ではない。価値観と誇りのぶつかり合い。持たざる者の威厳と、すべてを持ちながらも退屈に苛まれる者の意地が、真正面からぶつかり始めていた。


「ええ、わかっておりますわ。貴女の前では、どれほどの物量も意味をなさない――それは初めから理解していること」


ディアは優雅に扇を開き、ゆるりと口元を隠す。その瞳の奥に宿るのは、冷たい計算と、ほんのわずかな愉悦。


「ですから……今度は、“見えないもの”で参りますわ」


彼女は足元の空気に指先で触れるようにしながら、静かに詠唱を始めた。


「『構成要素、変換。酸素三七、窒素比重一五、可燃揮発混合気体――』」


観客は気づかない。ただの沈黙、ただの静寂がそこにあると錯覚する。しかし確かにそこには、爆発的な“空気の錬成”が進行していた。空間全体を覆う、目に見えぬ爆薬の海。


「そして、火種は――これで充分」


ディアの指先から走る、わずかなスパーク。


バンッッッ!!!


地鳴りと共に、広範囲にわたる轟音と衝撃が会場を揺るがす。爆風が渦を巻き、ステージを白炎が覆い尽くす。


「……さあ、今度はどうなさいました? シエラ=アルフィネ」


だが――その炎は、次の瞬間、“消えた”。


風が止まり、空気が澄む。まるで爆発などなかったかのように。会場全体が、幻を見ていたかのように、静まり返る。


そして、そこに“立ったまま”いるのは、ただひとり。


「……無駄だ」


シエラがゆっくりと顔を上げ、ディアを見据える。足元には、火も、熱も、破片すら存在していない。


「お前の錬成がどれだけ巧妙でも、“形”があろうがなかろうが、概念があろうがなかろうが――私が“それを無力”と認識した瞬間、全ては存在しない」


「っ……!」


「私の精霊は《ノルデン》。ゼロの名を冠するもの。存在の前提すらも否定する……それが、この力だ」


ディアは息を呑む。瞳を伏せる。その唇から、抑えきれない笑みが漏れた。


「……ええ、やはり退屈しないわ、貴女との戦いだけは」


二人の間に、再び緊張が走る。才と才、力と力。生徒会最強と才色兼備の異才が繰り広げる戦いは、なおも続く――。


――爆炎が掻き消えた静寂の中で、ディアは静かに目を伏せる。


(……やっぱり、無理ですのね。貴女には)


その時ふと、記憶の奥底に眠っていた“あの日”がよみがえる。

あれは、まだディアが幼かった頃。


「……つまらないですわ」


本を閉じ、ため息をひとつ。庭の錬成試験で拍手喝采を浴びても、社交界で注目の的になっても、いつだって心は冷めていた。

美貌。財産。名門の家系。誰もが称賛する“万能の才女”。

けれど――自分と同じ目線に立つ者はいなかった。

何をやっても“当然”と思われる世界。勝っても喜びはない。称えられても響かない。灰色の景色だけが、ただ広がっていた。


(どうせ、皆わたくしの名を見ているだけ。わたくしという人間など、誰も見てなどいないのですわ)


そんなある日、初めて“負けた”。

それは生徒会の選抜試験だった。誰もが期待し、称え、当然のように彼女がトップで終わると思っていた戦い。その場に現れたのが――


「シエラ=アルフィネ。あなたがこの学園の“会長”」


異様な静けさを纏い、ただ静かに立つその少女は、まるで“特別”という言葉を具現化したような存在だった。戦いは、一瞬だった。

どれだけ練られた戦術も、洗練された錬金術も、“無”に帰された。言葉すら出ないまま敗北を知った。初めて味わう劣等感。悔しさ。眩しさ。

その瞬間、彼女の灰色だった世界に――色が差した。


(あの時からですわ。わたくしが、“追う側”になったのは)


敗北感は悔しさに変わり、悔しさは憧れに変わり、そして今――ここに立っている。


(だからこそ、負けるわけにはいかない。貴女に、もう一度“追いつく”ために)


ディアは顔を上げる。燃えるような瞳で、会長――シエラ=アルフィネを見据えた。


「わたくし、まだ降りませんわよ? 会長」


その口調は、いつもの余裕を含んだお嬢様口調のまま、しかし瞳には熱が宿っていた。

シエラもまた、静かに――けれどどこか嬉しそうに、ディアを見返した。


「……いい目になったな。来い、ディア。私を退屈させるなよ」




目の前の爆炎が、また音もなく“無”へと還っていく。

それを見ても、シエラは何一つ表情を変えなかった。


けれどその瞳は――どこか遠くを見ていた。


(……やっぱり、変わらないな。この力は)


思い出すのは、学園に来る前――いや、もっと昔。


まだ幼い頃から自分の内に在った、"ゼロ"の力。

何もかもを“打ち消す”それは、ただの能力なんかじゃなかった。


触れれば燃える火は消え、打ち込まれた刃も弾け飛び、放たれた魔法も沈黙する

――力そのものを否定する、否応なく拒絶する、“無”の存在。


「……人じゃない」


何度も、そう言われた。

怖がられ、避けられ、疎まれた。


けれど、それは当然だと思った。

だって、自分でも……この力が、恐ろしかったから。


(全部……ゼロにしてしまえばいいって、そう思ってた)


恐怖も、希望も、感情も、絆も。

いっそ全部を、無に還してしまえば――何も怖くないと、そう思い込んでいた。


そんな自分の前に、彼女が現れた。


――ディア=クローデリア=ヴァン・エルツフェイン。


「またわたくしが負けましたわね、会長。……でも、次は、どうかしら?」


どれだけ差を見せつけられても、諦めず、くじけず、ただまっすぐに追ってきた少女。


届かないと知っていても、それでも手を伸ばし続けた彼女の存在が――


(……嬉しかった)


何より、誰よりも。


誰もが距離を置いたこの力に。

誰もが目を逸らしたこの存在に。


正面から向き合おうとしてくれた。


(あの時、初めて思った。……この力を、受け止めてくれる人がいるのなら――)


ほんの少しだけ、この世界に居場所があるのかもしれないと。


目の前のディアは、今でもあの時と同じように、己のすべてでぶつかってくる。

何度倒れても、何度否定されても、それでも前を向いて立ち上がる。


だからシエラは、静かに目を細めた。


「……感謝してるよ、ディア。お前がいたから、私は会長として立っていられる」


それは、誰にも届かない、彼女の中のほんの小さな本音だった。


もう、すべてをゼロにしようとは思わない。

それを教えてくれたのが、他でもない――ディアだったのだから。


「……やっぱり、届かないのかしらね」


焼け焦げた大地。砕けた錬成物。

すべてが――“無”に帰されていた。


ディアは静かに息をつく。

その美しき姿に、もう余裕の笑みはない。


けれど――彼女の瞳には、かつてないほどの光が宿っていた。

ディアは手を掲げる。

その周囲に無数の魔法陣が現れ、次々に錬成が展開されていく。


だが、それは単なる“物質”ではない。


「わたくしは、今ここに――“世界の理”を錬成しますわ」


それは、禁忌の領域だった。

精霊の力を超え、“人”として踏み込んではならない神域。

だが――それでもなお。


「あなたに、シエラ=アルフィネ。届くために……!」


錬成陣は幾重にも重なり、空間そのものを歪ませる。

魔力ではない。物質でもない。

ことわり

彼女は、この世界に存在しないはずの新たな「概念」を作り出そうとしていた。

それは、ゼロすら打ち消せない“新しい始まり”――

概念を超える、理そのものの再定義。


「ゼロに還すというなら、わたくしはそれを上書きする――!」


爆発的な魔力が会場を揺らす。

観客は息を呑み、審判すらも手を止めた。

その覚悟と決意に、誰もが――目を奪われた。

空間が歪み、時間すら軋んだような感覚。

その中心に、ディアがいた。


「これが……“新たな理”ですの」


その言葉と共に、空気が震える。

直後、精緻に錬成された数十、数百の魔道兵器・飛翔体・魔獣型召喚体が一斉に射出される。

轟音。爆裂。斬撃。収束魔力の奔流。

戦場は一瞬で混沌の極地と化した。

――そして、その中心にいたシエラは、動かなかった。

いや、動けなかった。


「……っ、ノルデン……?」


呼びかけに応じる気配はない。

常に傍にあったあの“無の気配”が、完全に霧散している。

ゼロの精霊ノルデン。存在を“無”に還す力。

これまでのどんな戦いでも、シエラに触れた瞬間、あらゆる攻撃は“存在ごと”消し飛んだ。

だが――


「……消せない……?」


彼女の瞳が揺れる。

目前に迫る数々の錬成物。

これまでなら、何もしなくても消えていたものが、今もそこにある。


(私の……力が、無効化された……?)


ディアが、少しだけ唇を噛みながらも毅然と叫ぶ。


「これはあなたへの答えですわ、シエラ。あなたの力だけには、絶対に届かないと――思っていましたの。けれど、それでも、わたくしは……あなたに並びたいと思った!」


空を埋め尽くす錬成兵器が、一斉に襲いかかる。

その瞬間――


「……ふっ」


シエラは笑った。


「――なら、力がなければ、避けるまでだ」


その身が、雷光のように動いた。

剣閃のような軌道で突進する槍型兵器を身を捻って回避し、

足元から現れた石槌を跳躍でかわし、

頭上から迫る火炎の柱を地を滑ってすり抜けた。

まるで、未来を見ているかのような回避。


「うそ……っ、力はもう、使えないはず……!」


「――“避けること”に、ノルデンの力など要らぬ」


シエラの声が、今までよりも澄み渡っていた。


「お前が本気で追いつこうとするなら……私も、応えねばならん。

 力を封じた程度で止まる私だと思ったか?」


爆発が起きる寸前に跳び、

魔力の風圧を受けて空中で体勢を反転し、

なおも迫る弾丸の雨を紙一重でかいくぐる。


空中で跳躍したシエラの背に、火花が散る。


「――ぐっ……!」


肩をかすめた魔力弾が、制服を裂いた。

直後、足元に現れた金属の魔獣が鋭利な爪を突き上げる。

ギリギリで回避するも、脚に薄く切り傷が走った。


(……避けきれない、か)


動揺は見せない。

けれど、わかっていた。

“ゼロ”を封じられた今、完璧な防御も、絶対の無効もない。


「はぁ、はぁ……さすがですわ、シエラ。まだ動けるなんて……」


遠くのディアが、息を切らせている。

けれど、その姿は――どこか“霞がかって”いた。


(……やはり)


気づいていた。ディアの身に起きている“異変”に。

理の上書き。

この世界の法則を書き換えることは、“存在”という定義さえ塗り替える。

それは、人の身で触れてはならぬ、精霊の領域。


「……もう、時間がないのですの……早く、終わらせないと……っ!」


ディアの焦りが、次の攻撃に表れる。

錬成される数が増え、破壊の密度が高まり、精度も速度も上がっていく。

けれどその分、ディアの輪郭はますます薄れていく。


(まるで……風のように……)


「これで終わりですわああああああ!!」


魔力が地を揺るがす。空が黒く染まるほどの大爆撃が、すべてを飲み込もうと迫る――

けれど。その中心に立つシエラは、ただ静かに目を閉じた。


「……お前は、私を追いかけた。どれほどの差があろうとも、決してあきらめずに。それが、どれほど嬉しかったことか……」


「な、何を言って――」


「……だから。今度は私が、お前を救う番だ」


彼女の瞳が、静かに、そして確かに開かれる。

黒く染まった大地の中央。

静まり返る戦場に、一人立つ少女の姿があった。


――シエラ=アルフィネ。


その掌には、今なお《ゼロ》の力が宿っている。

すべてを打ち消し、すべてを無に還した、世界にとっての終焉の力。

しかし、そこにあったのは“滅び”ではなかった。


「ゼロの真の力……それはただ消し去るものではない」


消したものを、“返す”力。

無にした概念、抹消した物理、否定した理。

それらすべては、ゼロによって“保たれた”に過ぎない。

消滅ではない、一時的な静止。


「……私は、返す。お前の生み出したすべてを。命を削ってまで、この世界に刻もうとした“理”すらも」


彼女の指先から、光が放たれる。

ゼロの中心から、波紋のように広がっていくその光は、

世界に刻まれた“改竄された理”を――ひとつ、またひとつと、元に戻していく。


――時間の流れ。

――空気の組成。

――大地の重力。

――存在の定義。


そのすべてが、静かに、“本来あるべきもの”へと収束していく。

やがて、ディアの身体にも、変化が訪れた。

その輪郭が戻り、色が戻り、存在が確かに“世界に根ざして”いく。


「……ぁ……っ……私……」


ディアが目を開ける。その瞳に映るのは、右手を差し伸べるシエラの姿。


「シエラ……あなたは、やっぱり……」


「私は、お前がいてくれたから今ここにいる。だから……もう、無理をするな。そんな顔は、お前らしくない」


ディアは震える手で、その手を取った。

初めて、真正面から――肩を並べるように。


「……ええ、わかってますわ。あなたに、こんな顔は似合いませんものね。だって、私は……“最強の才女”で、あなたは……“絶対のゼロ”なんですから」


二人の手が、強く結ばれる。

“ゼロ”の力が、すべてを返し、そして“絆”を新たに刻んだ瞬間だった。


静寂の中に響く、一つの足音。

そして、マイクを握る司会者が、涙でぐしょぐしょの顔をあらわにしながらリング中央へと歩み出る。


「ぐっ……うっ……は、はぁ……はぁ……!」


その姿に、会場の誰もが固唾を飲んで見守る。

絶叫とともに、マイクが震える。


「せ、戦闘不能によってぇ……勝者ッ!! 勝者はああああああ!!」


「生徒会長ッ!! シエラ=アルフィネ!!!!!」


その瞬間――会場が爆発した。

地鳴りのような歓声。

嵐のような拍手。

立ち上がり、叫び、涙を拭う生徒たち。

あまりの興奮に一部生徒は席の上に立ち、空になった水筒を振り回している者までいた。


「シエラーー!!」

「ディアーーー!!」

「最高の戦いをありがとうーー!!」

「なんでこんな泣けるんだよおおお!!」


中には、感極まって肩を抱き合い、泣き崩れる生徒の姿も。

そして――司会もまた、嗚咽をこらえきれず、マイク越しにむせび泣きながら言葉を紡ぐ。


「う、うぅ……! こんなに……こんなに美しい戦いが……あるかあああああ!!!魂と魂がぶつかり合い、信念が交錯し、そして結ばれたこの絆……! 誰が涙せずにいられるのかあああ!!」


両腕で涙をぬぐいながら、叫ぶように言い放つ。


「ありがとう……ありがとう、お二人とも……ッ!!あなたたちが……我らの、誇りです!!!」


舞い上がる歓声、惜しみない拍手。

歓喜と感動に包まれたその瞬間、生徒会長と会計――ふたりの少女の戦いは、伝説となった。


誰もがまだ立ち上がったまま、興奮に息を弾ませ、

涙を拭い、語り合い、拍手の余韻が静かにホール全体を包んでいた。

その熱気の中、司会者がもう一度リングに姿を現す。


目元は赤く腫れ、その顔には、確かな感動の痕跡が残されていた。


「……はぁ、はぁ……それでは……」


震える声でマイクを握り、ゆっくりと深呼吸。


「感動の第四試合を終え……いよいよ、学園最強を決める戦いも大詰めへと差し掛かります!」


少し間をあけ、観客席へ視線を投げる。


「ここで、準決勝に進出する――四人の猛者を、発表いたしますッ!!」


照明が一斉に落ち、中央にスポットが灯る。


「第一試合勝者――灼熱の拳がうなる、リオ=バーンレッド!!」

「第二試合勝者――氷の精霊と共に戦う、レイナ=シュトルツ!!」

「第三試合勝者――静かなる筆にして知略の書記、レン=アルクライト!!」

「そして第四試合勝者――ゼロの力をもって全てを凌駕した、生徒会長、シエラ=アルフィネ!!」」


再び、割れんばかりの拍手と歓声。

だがそれは先ほどの爆発とは異なる、

どこか敬意と期待に満ちた、熱く、重みのある拍手だった。

司会は、再び胸元に手を当て、ぐっとこらえながら言葉を締めくくる。


「準決勝は……明日――この場にて!さらなる熱戦と魂のぶつかり合いを、どうぞお見逃しなく!!」


深く一礼し、会場の照明がゆっくりと戻る。


かくして、

――熱狂と涙に包まれた一日が、静かに幕を下ろすのだった。













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