コンプレックス・プライド
あの騒動があってから数日、サーシャが私の店に来ることはなかった。
「ベラぁ...。どうしよぉ...。」
私は朝イチで店に来たベラをとっ捕まえて、話を聞いてもらった。
「なるほどね。急に半べそかきながら私をとっ捕まえてきたのはそういうことだったのね」
「もぅ...。私どうしよぉ...」
「そんなに心配しなくていいのよ。あなたにはサーシャという最強の味方がいるからね」
私はベラの励ましの言葉を聞いて安心しかけたが、最悪の事態が頭をよぎった。
それは
サーシャがマザコンだった場合。
その場合だと、私は明らかに詰む。
「いやいや、そんなわけないわよ」
急にベラが話し始めた。私の頭の中でも見えているのか?
「流石に見えないわよ」
だ、だよね。
「話を戻すけど、そこは心配する必要ないと思うわ。だってあんなに国民から厄介者扱いされてる王妃を、国民のスターであるサーシャが味方するわけないじゃない」
「う〜ん。そうだといいんだけどなぁ」
「まあ、大丈夫よ。この店が潰れることはそうないわ。私が守るもの」
やはりベラは頼もしかった。
「ごめんね。変な話に付き合わせちゃって」
「全然いいってことよ!なんかあったら、私とっ捕まえちゃって」
「ありがとうぅぅ...」
「また泣くんじゃないよ」
ずっと泣いてる私にベラは呆れた様子であった。
* * * * *
ベラが帰ろうとした時、また客足が減った。なんか嫌な予感がする。
「ベラ。これってもしかしてさ」
「うん。そのもしかしてかもね。私ちょっと外見てくる」
「ごめん。ありがと」
ベラが小走りで扉から外の様子を見て、すぐに引き返してきた。
「やばい」
「ど、どうヤバいの?」
「王妃がサーシャを引きずりながら、鬼の形相でこっちに来る」
いやどう言う状況!?
ベラの報告から数秒。外から女の人特有の甲高い騒がしい声と、それを落ち着かせようとする男性の声が聞こえてきた。
これってもしかして、目的地私の店じゃない?
私がビクビクしてるのも束の間、力強く扉が開かれた。そこにはベラの言った通り、鬼の形相をした王妃と、襟元を持たれて引きずられたサーシャの姿があった。
「おい!小娘!今日でこの店潰すわよ」
はぁ?
何言ってんだ。頭に血ィ上りすぎて、顔真っ赤っかじゃねぇか。
「ちょ、ちょっとどういうことですか」
ベラは王妃の理不尽な発言に黙ってはいられなかった。
「黙れ!チビ!お前は関係ねぇ!」
ベラは殴り掛かりたい気持ちをグッと堪えた。
「この店早く畳めと言っただろう!なぜ閉店しない!しかも接客が終わってんだよ。何私の息子の頭よしよししてんのよ!ぶちのめしてやろうか!」
おうおう。更年期か?
私は今、ブチギレている理由が掴めたかもしれない。おそらく、普段息子にヨシヨシさせてもらえない母の嫉妬とみた。
「もしかして、羨ましいんですか?」
「はぁ?」
「あなたよりも身分の低いペットショップ店長が、息子の頭をヨシヨシしていることに対して、嫉妬してるんですか?」
「調子に乗るんじゃねぇよ、クソガキ!こちとら嫉妬でとち狂ってるわけじゃねぇんだよ!」
とち狂ってる自覚はあるのね。
「お前みたいな野鄙な人間が、このこと話していいわけないのよ!自分の身分わかってます?いい加減にしろよ!ぎゃぉぉん!!」
流石にうるさすぎて耳を塞いだ。
「ねぇ。お母さん恥ずかしいよ。もうやめてよ」
ようやくここで引きずられたサーシャが口を開いた。
「あなたの為を思ってやっているのよ。もしあなたがこんなクソ野郎に取られたら最悪だわ。貴方もそう思わない?」
サージャの言葉を聞いて改心するかと思いきや、同情を求めやがった。
サーシャは呆れていた。
「そうだな」
サーシャは話にならないと思ったのか、王妃に賛同してしまった。最悪の想定が、今、的中してしまった。
「ほらぁ。うちの息子もそう言ってるじゃない。やっぱり私の子d...」
「最悪だよ。自分の親がこんなクレーマーだったとはな!」
サーシャは王妃の話を遮って声を荒げた。なんともう無理だと諦めていた形勢が、逆転しつつあるのだ。
「ど、どうしたの息子ちゃん」
動揺を隠しきれない王妃。
「俺がどうしようったって自由だろうが!俺が楽しみにしてるひと時を、勝手に奪ってんじゃねぇ!この店は俺にとって大切な店なんだ!それをこの街には合わないだの、サッサっと潰れろだの言ってんじゃねぇ!さっきシオリに向かって野鄙って言ったよなぁ。お前の言葉遣いの方がよっぽと野鄙だ!」
わぁっと言葉を吐き出していくサーシャ。私はこんな姿を初めてみた。おそらく王妃も初めてみたであろう。目が点であった。
「あ、あんた誰に口聞いてんの!」
「国民を大事にしない王妃に対してだ!この国に人がいることを当たり前だと思うな!そういう傲慢な態度は母であろうと気に食わん!国民が働いてくれるから、僕らは食べていけるんだ!僕らは国民に還元しなきゃいけない立場であることを忘れちゃならん!働いてない奴が、頑張って働く人に向かって店を畳めと言うのは、あまりにもおかしいだろう!今すぐ訂正して、シオリに頭を下げるんだ!」
「なんでそんなことしなきゃいけないのよ!ぎゃぉぉん!!」
プライドが高く、そんなことは絶対にしたくないと言う意思が伝わってくる。
「そんな変なプライド、今すぐ捨てろ!」
「嫌だわ!私出て行く!!あと数日で取り壊す!覚悟しなさい!」
顔を真っ赤にし、捨て台詞を吐きながら、王妃は帰っていった。外で喚き散らかす姿は、到底この国の王妃とは思えない姿であった。
「ごめんなさい。母のせいでシオリさんや、ベラさんに不快な思いをさせてしまいました」
サーシャは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「いやいや、サーシャは悪くないよ!頭、上げて!」
「どうお詫びしたら良いものか」
「お詫びなんていいよ。気持ちだけで十分だよ」
私がどれだけ言葉をかけても、サーシャは俯いたままだった。
「ちょっと質問なんだけど、家でもあんな感じなんですか?」
ここまで黙れと言われて話せなかったベラが、ようやく口を開いた。
「はい。いつも何か自分に不都合があると、すぐにあのように吠えるんです。ぎゃぉぉん!って。なので父は僕と2人きりになると、『なんであんな人と結婚してしまったんだろう』と嘆いていました。相当ストレスが溜まっているんだと思います」
こんなのが家で毎日のように続いたら、私も耐えられないなと思った。
「僕はいつでもみんなの味方だから。お店が権限で潰されようとも、僕がなんとかする」
サーシャは私の目をまっすぐ見つめた。決意が瞳の奥にあった。
「ありがとうございます。ほんとに頼もしすぎて涙出てきた」
「えっ、泣かないで。じゃあまた来るね」
そう言ってサーシャも店を出ていった。
「にしても不思議よね。なんであんな誠実な王子の母が、あんなモンスターなのかしら」
ベラは不思議そうにしていた。それは私も同感である。
「明らかにあのモンスター、国民を下に見てるわよね。誰のおかげで生活できてると思ってるんだ」
ベラが言ったように、今日の王妃の話の節々から、変なプライドが感じられた。こいつらとは根本的に身分が違う。とでも言いたそうだった。変なプライドが、あそこまで人を狂わせるなんて。
* * * * *
今日も店を早めに閉めて、私は図書館へ向かった。
図書館に向かうのには理由がある。それはあの人の人となりを調べるためだ。
図書館につき次第、私はとにかくこの国の王妃について、文献を読み漁った。文献によって書かれていることはさまざまであった。しかし、情報はバラバラでも衝撃的な事実だけが全ての文献に載っていた。
『王妃、プロホイ・アバカロフはエイヨーグの隣にある田舎町、チュドラの酪農家の子として生まれた』
そう。あれだけ国民を下に見ていたが、なんと自分もただの一般家庭で生まれていたのだ。
なぜ王と結婚できたのかは謎だが、結婚して身分が少し高くなった時に天狗になって、自分は元庶民であったが今は違うと言って、威張り始めてしまったようだ。
自分の生まれた場所がコンプレックスだったからこそ、威張りたくなってしまったんだろうなと思った。
いいことを知った。
これを使えば、少し復讐ができそうだな。