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8/14

優しさ

私は昨日のことを少し悔やんでいる。素面なのに酔っ払ったときみたいに、攻めスイッチが入ってしまった。

ああ、恥ずかしいぃ。

でもいつまで経っても恥ずかしがっているわけにはいかない。

私はペットにとっての至高を提供する店の経営者。そんな至高の店で赤面のまま店番なんかすれば、自分で自分の店を汚すことになってしまう。でも体が火照って赤面は治らない。

私はとりあえずマスクをして顔を隠した。

少しはまぎれるだろう。


11時くらいになったころ。ある少年がやってきた。


「ねぇねぇ。お姉さん」


少年は私をじっと見つめてキョトンとしている。


「ん?どうしたんだい?少年」

「お姉さんはなんでそんなに顔が赤いの」

「へ?まだ私顔赤い?」


私はいまだに治らない赤面に驚いた。


「お姉さんお熱あるの?」

「だ、大丈夫だよ。心配するな少年。お熱とかないからな」


私は優しく声をかけるが、それでも少年は心配そうにこちらを見続ける。


「お姉さんいつもここで頑張ってるから、休まないと今みたいに体調が悪くなっちゃうよ」


お姉さんいつもここで頑張ってるから?私は少年の言葉にじんときた。


「お姉さん!これあげるよ!」


少年が手に持っていたのは冷却シートのようなものであった。


「これをおでこに貼ると熱が下がるんだよ」


私は少年の優しさに触れ、ほぼ半泣き状態であった。てかもう泣いてた。


「お姉さん泣いてるの?大丈夫?」


また心配そうにこちらを見つめてくる。


「大丈夫だよ。少年。そのおでこに貼るやつちょうだい?」

「うん!はいどーぞ!」

「ありがとう」


私は少年の手に握られた冷却シートをおでこに貼った。


「少年。君が手で握ってたから、あったかくなっちゃってるよ」


私は少し面白くなってきて、つい笑ってしまった。


「え!ごめんなさい。冷たくないと意味がないよね」


少年はがっかりした様子だった。


「いいんだ少年。気にしなくていいんだよ。私は君の優しさで十分元気になれたから」


私は笑顔で返答した。


「ほんと!よかった!」


少年はまた笑顔を取り戻した。

澄み切った瞳で私を見つめ、そしてくしゃっと笑う少年。私は少年の純粋な笑顔に心が洗われた。


「ばいばい!お姉さん!また来るね!」


少年はそう言って、片手をあげるニコライ式挨拶で走り去っていった。


* * * *


にしても今日は暇だな。

というか今この時間が暇だ。

全然人が来ない。

いつもだったら人が来るのに。

ここまで人が来ないのは初めてだ。

私がレジでぼーっとしながら人が来ないことを嘆いていたら、店の扉が急に開いた。

急な来客にビクッとした。


「いらっしゃいまs」

「あんたがシオリね?」


私の言葉を遮って、とんでもない鬼の形相で私の名前を言い放ってきた。

私は突然の来客、さっきまでぼーっとしてたこと、なぜか知られている名前。色々な要因が重なって思考が停止した。


「えっと。あのぉ。すみません。どちら様でしょうか?」


これ以上キレられたらたまったもんじゃないので、なるべく刺激しないように丁寧な言葉遣いを心がける。


「アタシはここの国王の妻。つまり王妃。さらにサーシャの母なのです」


さ、サーシャの母!?


「な、なぜこのようなペットショップに?」

「アタシの息子がお世話になってるそうね。息子の頭をなでなでしたり、タメ口で話したり、あんたずいぶん偉そうね?」


王妃の圧がとんでもない。


「アタシの息子とあなたとじゃ、そもそも身分が違う。あんたはもっと身の程を知った方がいいわ。小娘がしゃしゃってんじゃないわよ!」

「私がタメ口で喋るのは、あなたの息子、サーシャに命令されたからです。頭をなでなでしたのも、ほぼサーシャの命令です」

「はぁ。そんなわけないじゃない。意味がわかってないようだから、もう一回言うわね?あんたとアタシの息子、サーシャとは身分が違うの。身分が低すぎて、教育すら受けられないのかしらね?かわいそうに。あっ。だから敬語を知らないのね。それだったら納得だわ〜。とにかく早くこの店を閉めなさい。街の景観を損なうわ」


私は腹の底が沸々と煮えたぎる。そのせいか、全身の血管の位置がわかるような気がした。


「お言葉ですが、あなたのような方は王妃には相応しくありません。人を見下すようなあなたが人の上に立ってはいけないと思います。『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり』この言葉よく覚えてください。あなたのような、身分を気にするような人間は、今後何が起こるかわかりませんからね?私は人を愛します。身分関係なく。あなたとは真反対ですね」


と言い返したいところであったが、相手をこの国の王妃。こんなことを言ってしまったら、間違いなく秒で首チョンパだ。


「は、はい。この街に合う店になるように善処します」


私は反論するわけでも、楯突くわけでもなく、この人の話を全て飲み込んだ。

相手が話が通じないタイプなのであれば、一旦腰を低くしなさい、というおばあちゃんの入れ知恵を活用することにした。

死ぬよかましだろう。

すると私の腰の低さに満足したのか、鼻をふっと鳴らし、嫌らしい性格の悪い笑みを浮かべて、店から出ていった。

性格が捻じ曲がったおばさんのせいで、少年の優しさに触れたばかりの心が、怒りと悲しみでズタボロになった。


* * * *


王妃を名乗るくそばば...じゃなくて、サーシャの母を名乗る不審者が、店を出てから数十分すると、なぜかお客さんが増えたのだ。

すると片手に唐揚げ《ムシャ》を抱えた、ニコライさんが商品を見ることもなく、まっすぐレジの方へやってきた。


「シオリさん。大丈夫だったかい?」

「何がですか?」

「いや、あの王妃に絡まれてたじゃん」


なんと王妃の来店について心配してきたのだ。


「なんか王妃が来るといけないことがあるんですか?」

「シオリさん。あの人と話したでしょ?会話からわかる通り、あの人はものすごく性格が終わってるの。ホームレスを見つけたら蹴飛ばすし、汚れた野良猫も蹴飛ばすし、平民たちに罵詈雑言を浴びせるしで、とにかくとんでもなくやばいやつなんだ。だからみんなあの人を避けるんだ」

「あ!だから今日あんなに人いなかったんですね」

「みんな不快な気持ちになりたくないからね。だから避けるんだよ」


嫌われ者の王妃ってことか。


「ちなみにサーシャの母ってのは本当なんですか?」

「そりゃそうさ。王妃だもの」


だったらなぜあいつから、サーシャのような聖人が生まれたのだ?謎は深まるばかりである。


私はこのおばさんから、サーシャが生まれた謎を解明しようと頭を巡らせていた時、ニコライさんが何かを思い出したか、手のひらに拳を当てて、ある質問をしてきた。


「お店のことについて、何か言われなかった?」

「え、この街に合わないから店を畳んだほうがいい、みたいなことを言われました」


すると私の話を聞いたニコライさんは、急に渋い顔になった。


「ちょっとそれはまずいね」

「ど、どう言うことですか?」

「言いづらいんだけど、あの王妃、目をつけた店を権力で潰していくの」

「マジですか?」

「もしかしたらこの店もなくなるかもしれない。私はなんとか食い止めたいですが、一国民なので私だけの力ではどうにもならないです。誰かもっと影響力のある人に頼むしかないですね。例えばサーバルキャットを抱えてやってくる、あの常連さんとかね」


ニコライさんの言っている、サーベルキャットを抱えた常連さんは、おそらくサーシャのことだ。


「何かあったら、いつでもシオリさんの味方になります。いつでも私を頼って大丈夫です。すぐ駆けつけます」

「ありがとうございます」


ニコライさんはそう言って、いつもの挨拶をして店を出ていった。この店を残したいと味方をしてくれる人が、私の目の前にいる。いつでも頼っていいと言ってくれる頼もしい人がいる。私はニコライさんの優しさに心を救われた。


私の店は絶対に守るんだ。

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