追われる身
私たちはとにかく行動しなければならない。
でもどうやって...。
何にも考えず私たちはとりあえず外に出た。
アスターニーの家は一応住宅街なので、見通しが悪い。なので曲がる時は細心の注意を払って曲がらなければならない。
すると、目の前に見晴らしの悪いT字路が現れた。
「おい、俺は角から警察が来とらんか確認するで、シオリは後ろを見てくれ」
「わかった」
我々の完璧なチームワークで私は警察なんか怖くないと思った。
「あの〜すいません。何してるんですか?」
声をかけてきたのは警察だった。
我々、目が点である。
T字路。私たちが来た方向からだと、まっすぐ進むか、曲がるか、の2つの選択肢がある。
私が確認していたのは、私たちが歩いてきた道。
アスターニーが確認していたのは曲がる道。
誰もまっすぐ行く道を見ていなかったのである。そして警察が来たのは誰も確認していない、まっすぐ進む道だった。
『盲点』
「ってお前アスターニーじゃねぇか!?お前に関しては被害者じゃねぇか!?」
さらに負の連鎖は続く。アスターニーがバレてしまったのである。ついでに私も。
「おい逃げるぞ!」
アスターニーは私の手を掴んで、猛スピードで走っていく。
「おい待て!」
警察は走って追いかけてくる。しかし我々は猫。人間状態でも、なぜか少し普通の人より、足が速いのである。
曲がれる道は全て曲がってなんとか路地へ入ることに成功。そこで猫に変身して、ようやく警察官をまくことに成功した。
「人状態で...歩くのは...危ない...かもね」
アスターニーは息を切らしながら、猫になった方が良いことを提案してきた。私もそれに賛同した。
我々はとりあえず猫になって行動することにした。
警察に追われないから猫になっているのだが、猫になって外を歩くというのもかなりのリスクが伴う。
特に私。
私は少しでもジャンプしたらすぐに人間に戻る。なんでジャンプが元に戻るトリガーなんだよ。まあ正確にいうと、4本の足全てが空中に浮いていればなんだけどね。ジャンプしても足が一本、地面についていれば、人間に戻ることはないのである。
しかし猫人であるアスターニーは自分の意思で、姿を自由に変えられるらしい。
猫人の謎は深まっていくばかりだった。
「少しでもジャンプしたらだめやからな」
「心配しないで。ジャンプなんかそう滅多にしないよ」
「やったらいいんやけどね」
という話をしていた瞬間に、横からカナブンが飛んできた。
「ひゃっ!」
私は驚いて思わず飛んでしまった。
——ボフッ——
「人間に戻っちゃった」
人間に戻った私を見て、アスターニーは肩をすくめるのであった。
* * * * *
外はやはり危険に満ちている。
びっくりしてしまうポイントが何箇所かあるし、そのポイント毎、驚いてしまう。
さらに、人から見たら私たちは野良猫なはずなのに、やたら触りに来る。急に触られるため、そこでも踊らして人間に戻りそうになる。
外を歩くのはやっぱりリスクを伴う。
「ていうか、私たちどこに向かってるの?さっきどこにいるのって聞いたら、知らんって答えたよね?」
「駅や」
「駅?」
「知らんとは言ったけど、よく考えたら当てがあったんやおね」
「当て?」
「そう。ブランガンって本当の姿はナンパ師なんや。まあ、俺よりはナンパ下手なんやけど、そいつもそこそこな腕前なんやおね」
「ブランガンもナンパ師なのかよ」
「そうなんよ。で、そいつは神出鬼没なんやが、大体出没する箇所が決まっとるんや」
それって神出鬼没っていうのか?
アスターニーは特定の場所を、指を折って説明した。
「一つ目がエイヨーグ東部、最大の駅、ウスト駅のロビー。この駅はエイヨーグ東部のほとんどの人が利用している。ここが一番、人が集まる場所や。ブランガンが訪れる確率が一番高いんやけど、広いから見つけるのは至難の業や。二つ目はエイヨーグ東部最大の祭り、ヴォストーク祭。この祭りは毎年やってて、今年は奇しくも明日の予定や。やけど、ブランガンがこの祭りに来るのは数年に一回。現れる確率が一番低いやろう。三つ目が東部の人にとって待ち合わせ場所になっている、通称ネコ像前。ここは、若い世代を中心によく待ち合わせ場所として利用されている。ここはナンパスポットとしても人気があるんやが、ブランガンの目撃情報は多からず少なからず。そこまで期待しないほうがいい。とにかくこの三つが確率が高い場所や」
「この三つか...。張り込み捜査できたらいいけど、今2人しかいないしなぁ」
「張り込み捜査かぁ。あ、そうだ!俺の友達にネヒターっていう、すげぇ男性みたいな警察がいるんやけど、そいつに頼んでみたらええかも」
「それは女の人ってこと?」
「そう。俺が男やと思って話しかけたら女やったんやて」
「流石、伝説のナンパ師ね。男の人にも声をかけられるのね」
しかし、その友達は我々の敵、警察である。
「あんた、警察に追われてるのに、警察に助けを求めるの?」
「あ、確かに。なんも考えてなかったわ」
私をアホ認定するくせに、お前もアホなんかい。
「まあ、俺の友達やし、大丈夫やろ」
「そうだといいんやけどね」
私たちは駅に向かうことをやめ、男性のような警察官の家へ向かった。
アスターニーが住む地域は、山が近く、民家よりも畑が多いため、結構な田舎である。しかし、中心部より田舎と言われる東部でも、栄えている地域はそれなりに人が多く、建物が多く立ち並んでいた。同じ頭部とはいえ、かなりの違いである。
「ここだ」
アスターニーが指を差したのは、ごく普通の5階建のマンションだった。
私たちは猫なので、オートロックを通過できない。塀を飛び越えたいが、結構な高さだ。流石は警官の家。セキュリティがしっかりしていて、一筋縄では行かなさそうである。
「アスターニーならこの難所、どう乗り越える?」
「俺は猫人歴20年や。塀には必ず登れる場所があることを知ってるんやお。この高い塀もどっかに抜け道があるはずや」
そう言ってアスターニーは、マンションの周りを観察し始めた。私はそこについていく。
「ここ、のぼれそうじゃないか?」
狭い路地に謎に置かれたゴミ箱を指差す。
アスターニー曰く、このゴミ箱の上に登り、さらにゴミ箱の上に置かれた段ボールに飛び乗り、そこから塀の一番上に飛び移る、とのこと。
「アスターニーはいけるかもだけど、私は飛んだ瞬間に人間に戻っちゃうの。それじゃ無理だわ」
またしても
『盲点』
「大丈夫。不可能なんてもんはない。ジャンプして、人間に戻った瞬間に指パッチンすりゃぁ、猫状態で着地できると思うぜ」
いやいや、私そんな器用じゃないんですけど?
「そんな不満げな顔すんなよ。そんなこともできんのかいな?」
私は燃えた。
アスターニーの挑発に私は燃えたのだ。
登ったらアスターニーに猫パンチをお見舞いするんだ。
塀登り作戦、開始。
アスターニーは慣れた感じで、軽やかに塀の上まで登った。
私だってやってやる。
私はまずジャンプする。
ボフッ
ってなるはずがならない。
「え?」
人間に戻らない?
私は焦った。もしかして、人間に戻ることができないのか?
私は登ったゴミ箱を一旦降りて、もう一度ジャンプしてみた。
——ボフッ——
戻った。
ますます謎は深まるばかり。
「あっそれ教えてなかったですね」
「ひゃっ」
「うぉっ」
私の脳内に直接、聞き覚えのある声が聞こえてきた。あまりの不意打ちに驚く私。驚いた私に驚くアスターニーと脳内に直接喋ってきた主。負の連鎖である。
「すいません。急に話しかけてしまって。ご無沙汰しています。仏です」
「仏かよ!急に声かけてこないでください」
声の主はまさかの仏であった。久々に私の世界を観察していたら、私が困っているのを目撃したらしく、本当は声をかけてはいけないというルールがあるらしいのだが、思わず声をかけてしまったらしい。
「おい。仏ってなんだよ。急にひゃって声出すなよ」
アスターニーは転生者ではないので、もちろん仏の声が聞こえない。なのでアスターニーは、急に私がおかしくなってしまったと勘違いしている。
「話を戻しますね。伝え忘れてたことについてなんですが、ジャンプした時に人に戻る意思があると、人に戻るんです。人に戻る意思がなく、ただジャンプするだけだと、人間に戻ることはありません。そうしないと不便ですので」
「だったら人に戻る条件がジャンプじゃなければ済む話じゃないですか?」
「あまり、正論を言わないでください。サーシャをこの世界から消して無かった存在にしますよ?」
「それだけはどうかご勘弁を」
「理解が早くて助かるよ。じゃ、そういうことなんで、さよなら」
悪魔だ。あれは仏ではない。
「おい、シオリ!なんやったんや!」
「ああ、ごめんアスターニー。仏に話しかけらたんだ」
「何言っとるんや?仏は話さへんぞ?」
「そうだと思うならそれでいいよ」
しかし、仏から良いことを知った。
人間に戻る意思がなければ、ジャンプしても戻ることはない。ってことは、外を出歩いてもリスクはないということになる。
そうなら話は簡単。
私はパパッと塀に登った。
「全然難所やないやん」
「私もそう思う」
あとは楽だ。外についている、ベランダや樋、室外機なんかをつたって登れば良いだけだ。
結局、難所と思われたマンションの4階への道は案外、簡単に終わってしまった。
私たちはアスターニーの友人、ネヒターの部屋のベランダまで来ることができた。
「じゃあここで人になろう。やけどベランダは人目がつきやすいから、慎重にならなあかんよ」
先にアスターニーが人間に戻る。ボフッという音も立てず静かだ。流石は猫人歴20年だ。
続いて私も人に戻る。私は慎重に飛んだ。
——ボフッ——
「おい。その音、どうにかならんのか?」
「残念ながらどうにもなりません。文句なら仏に言ってくれ」
アスターニーはしゃがんだまま、ベランダの窓をノックした。
するとカーテンの隙間からひょこっと目を出してきた。まつ毛が長くて、二重で、綺麗な涙袋を持ったタレ目。
私は美しすぎる目に呆気にとられていた。
すると顔全体がひょこっと出てきた。少し不機嫌そうである。
窓が開くと彼女は開口一番、アスターニーに苦言を呈した。
「その入り方なんとかならないの?」
「いや、今回は警察に追われてる身なんでね」
「少しは連絡してくれよ。で、その横の女性は誰?どうやってきたの?」
どこからきたの?アスターニーは自分が猫人であることをネヒターに明かしているのだろうか?もし、明かしていなかった場合、私とアスターニーが連行されるかもしれない。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
「あ、いえ、大丈夫です。私はエイヨーグの中心部でペットショップやってるシオリといいます」
「で、どうやってきたの?」
「頑張ってきました」
「あ、いや、そういうことじゃなくて、君も猫になれるのかどうかを聞いているんだよ?」
「あ、猫になれます」
「じゃあ、猫人なんだね?」
「ちょっと違うけど、大体合ってます」
「ふーん。ちょっと不思議だね」
私よりも不思議なのはあなたな気がする。
「ああ、名乗ってなかった。僕はネヒター。一人称と見た目のせいで、よく男性と間違えられる女の子だよ」
ネヒターは中性的な顔と声をしている。女性とは思えないような、イケメンである。
「あ、さっき警察に追われてる身って言ってたけど、もう終われる身じゃなくなったよ。僕がなんとかしてあげたんだから、感謝してよね」
「なんとかしたって、どうやって?」
「それは中に入ってからにしよう。ベランダで話すと少し寒いでしょう?」
私は中に入ろうとしたが、一つ嫌な予感がした。ここは警察の家。我々は一応容疑者。もしかしたら裏切られる可能性がある。
「大丈夫。裏切ったりしないよ。安心して」
私はイケメンに誘われ、若干の不安もあるが、中に入ることにした。




