第八話
赤バッチと借りた青バッチ。
あの少女との約束には事足りる。
だが、自分自身の為、あと2つバッチを稼がなくてはならない。
残り少ない時間の中で。
その焦りは冷静な判断を狂わせる。
「……まずいっ!」
そもそもにどうしてこんなに出会わない?
試験会場は確かに広い。時間いっぱい駆けても全体は回り切れないほどに。
だとしても、背後からの不意打ちを避けやすい。バッチを守りやすい。
いざ戦いが始まっても横槍を入れられにくい。
そう考えれば自ずと受験者の散る場所は森に限られる。
受験者数と、赤バッチ所持者が均等にいると仮定するならば、森で出会う人数が少なすぎる。
なぜ。なぜ。なぜ!
隼人の思考は同じところをぐるぐると回り続けていた。
「みつけた!!」
「ごふぅ!」
大声とともに隼人にタックルをかましてきたのは。
「柚季……もうちょっと優しくできなかったか?」
「えへへ。ごめんごめん」
先ほど別れた柚季、その人であった。
そして、その胸には。
「……って、柚季、お前!」
赤と青のバッチがそれぞれ煌めいていた。
「そー。ちょうどよくね。おっきい人倒してすぐにね、忍者? みたいな格好の人が急に襲い掛かって来てさ。まぁあんまり手ごたえ無くて一撃で吹っ飛ばしちゃったんだけど。たまたま青バッチでさぁ。ラッキーって感じ」
そうか。漁夫か。と。
隼人の思案通り。中には疲労した受験者を狙う漁夫の利を狙う者も少なからずいる。
特にその流派が隠密に特化しているのであればなおさらに。
「真正面からぶつかるだけが武術じゃないってことね……」
武の一側面を新たに感じ。思考が一旦リセットされた隼人の脳裏に。
「――あ。そうか。そうだよな……」
一つ、新たな希望の糸が浮かんできた。
今までの、迎え撃つ、目の前の敵と戦うための武しか知らなかった時には浮かんでこすらしなかった。
武術家のありかたが。
「……荒野だ。確かエリアの北の方。スタート地点の近くに荒野エリアがあったよな!?」
「え……うん? あった……っけ?」
「そこだ――多分時間いっぱい戦い抜く羽目になるな」
森を走り回り、戦い、体力は底をつきかけている。
でも。
「――やるしかない!」
こんなところで負けていられないのだから。
「よっしゃ! やったろ―じゃん!」
地図一つ思い出せず、さっきまではてなを浮かべていた柚季。
それがどうだ、隼人がブツブツ漏らしていた言葉を聞き、今はやる気に満ちた笑顔を浮かべている。
まるで戦いを楽しみに見据えるように。
「……え? お前はバッチ2種類持ってるから戦う必要ないだろ?」
「え? 戦っちゃダメなの?」
「え、いや、禁止はされてないはずだけど……もう、合格基準満たしてるじゃん」
と混乱する隼人に。
「だいじょーぶだいじょーぶ。バッチは隼人にあげるからさ!」
あっけらかんと言い放った。
そうか。お前はそういう奴だよな。と、隼人は彼女の戦闘好きを改めて噛み締める。
だが、人では多い方に越したことは無い。
隼人の作戦がハマれば、おそらくそこは。
「戦場になるぞ」
「サイッコーじゃん!」
拳を掌に打ち付けるその顔は、今にも舌なめずりでもしそうなほどに。
「はは。じゃあ行くぞ!」
蕩けた表情を隠す気もなく。
柚季は隼人ともに。
――2人が試験エリア内、荒野エリアにたどり着くのに5分と掛からなかった。
そこには隼人の予想通り。
「うわー。いっぱいいるねー」
正確な位置こそ分からないが、数多の呼吸音、衣擦れの音、体重移動による軋み音など、人の気配が充満していた。
それだけでなく。
「あっちにもな」
隼人が指さす荒野エリアには。
堂々と胡坐をかき座る者。
岩にもたれ掛かり辺りを警戒する者。
仁王立ちで辺りににらみを利かせる者。
など、森に隠れる気配よりは少数の人数がいた。
「ねーねーなんであの人たちあんな目立つところにいるの? なんで戦わないの? ほら、あの2人なんて場所も近いし、赤と青のバッチつけてるよ?」
柚季の疑問ももっともであろう。だが。
「簡単だよ。荒野の方が守りやすいからな」
「え?」
「だってそうだろ? 森みたいに気配隠して奇襲なんてできないんだから」
「……確かに!」
森と荒野の違い。それはまさしく、姿を隠せるか否か。
言い換えれば、相手を見つけやすいかどうかというところにある。
そう考えれば、自分のバッチを守るにこれほど適した立地もなかなか無いだろう。
バッチを奪われることは極力避けたいこのルールにおいて、奪うだけでなく、自分のバッチを守ることもまた一つの重要な戦略と言える。
「だからこそ、というべきか、なんというかな……まぁ戦えないんだよ。この一帯の人たちはな」
「戦えない? だって、確かに奇襲はされにくいけど、戦いは出来るじゃん!」
「まぁ落ち着いて考えてみろよ。例えばあの青バッチが近くのあの赤バッチに襲い掛かるとするだろ?」
「うんうん」
「で、赤バッチが応戦する」
「うんうん」
「で、決着がつく瞬間。もしくはついた直後。場合によっては拮抗している時も、かな? もしお前がバッチを一つしか持っていない状態として、森で息をひそめていたらどうする?」
「え? そんなのどっちにしろチャンスじゃ――あ……」
隼人の問いに答えようとして、柚季自身もその回答にたどり着いた。
「そう。戦い始めてしまったら最後。疲れたところ、目の前の相手に集中しているところ、あらゆるタイミングで横から狙われ放題だ。たとえ1回返り討ちにしようが周りの奴らは次から次にやってくるだろうな。まぁそいつらはそいつらで狙われるだろうし……この一帯は大乱戦確定だろうな」
そうなればバッチを守りながら乱戦から抜け出すなど至難の業。
乱戦の中央になるであろう、初めに戦いを始めた者たちは特に。
故に誰も動かない。
戦いが始まればそれに乗じて隙をつく。
皆が似たことを考えているせいで。
「ってことはさ……もしかして……!」
柚季の気付きに隼人がうなずく。
「俺がこの均衡を破ってやる! バッチを奪ってゴールまでたどり着いてやるよ」
と。覚悟を決め、荒野に足を踏み入れる。
瞬間。
ギロリ。と数多の視線が隼人と柚季を捉える。
見えているだけじゃない。森の中からも感じる、まとわりつく様な数多の視線が。
2人を見定める。その一挙手一投足を。
隙は見せない。
ただ襲われるだけでは敗北必死。なのだから。
「柚季。移動中に行ったこと覚えてるよな?」
「もちろん。まっかせてよ」
たどり着いたのは、荒野のほぼ中央。
赤バッチと青バッチ。それぞれを付けた受験者2名が陣取るその間。
柚季と隼人は背中合わせに。そのまま互いが決めた相手との距離を詰める。
無論。相手もただ近づかれる訳もなく。
自分に近づく外敵を排除しようと構えを取る。
それでも、自分からは仕掛けない。あくまで様子を見るといった形で。
「「――そのバッチ! もらい受ける!」」
そのタイミングは同時だった。
隼人と柚季は力強く地面を蹴り。攻勢にでた。