第四話
隼人と柚季。
宗一郎との進路相談から2日後。
2人は宗一郎の指示のもと、某県某所に存在するある場所を訪れていた。
「うわー……大きいねぇー」
柚季が見上げるほどに巨大な門。
奥に城でも立っているのかと思うほどに重厚な。
「まじかよ……予想以上かも……」
尋常ならざる雰囲気を醸し出す場所に、隼人は若干呑まれ気味になっていた。
「よし! じゃあ行こっか」
不安を浮かべる隼人とは裏腹に、柚季は少し楽しそうにして、門の中に足を踏み入れる。
「待てよ! 置いていくなって!」
続き、隼人も。
『神技錬磨武術学園』
そう書かれた門の中へと。
入ってすぐ、目の前の建物に入る。
仰々しい和風な門とは違い、至って近代的な、コンクリートの建物へ。
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますか?」
受付らしきカウンターから、奥にそう声を掛けると。
「あぁ、失礼しました。どういったご用件で?」
と、奥から人が現れる。
「入学希望です」
「入学……? 受付は1ヶ月以上前に終わってますが?」
その言葉に2人は固まった。
そもそも、通えと言われたのが2日前。にも関わらず、受付が1ヶ月前とはどういうことかと。
「うっそ……あ、でも待って下さい!」
そう言って、隼人は封筒を差し出した。
出発前、宗一郎に「向こうに着いたらこれを渡せ。そしたら分かるようになっとるから」と渡されたものだ。
入学の書類か何がだと思っていたのだが。
事務員らしき人は不思議そうに受け取り、封筒の中身を取り出し、読み始めた。
すると、不思議そうな顔から青ざめたような、焦っているような、なんとも言えない顔へと徐々に変化していった。
「……わ、分かりました! 編入試験を認めます、ただ……」
「良かった……ん? 編入試験?」
「試験なんて私たち聞いてないよ……?」
「そうは言われましても、試験無しには入学が認められません。この紹介状で受験は可能ですので頑張って下さい……で、ですね……試験はあと1時間後に始まりますので、急いで会場に向かって下さい。場所はこちらです」
そう言われ、事務員から地図を受け取る。
「では、ご武運を」
「……あと」「1時間で試験……」
2人は顔を見合わせ。
「「急げ!!」」
同時に走り出した。
地図を見れば、どうやら会場は学園内らしい。
ただ、どう見てもかなり距離がある。
2人は一心不乱に走り続けた。
その甲斐あり、会場には20分前に到着。
上がる息を整え、時計を確認し、少し安堵した。
「間に合ったー。でも、じいちゃんも試験あるなら先に言っておいてよ! 私勉強してないよ!!」
「でも改めて考えたら義務教育の機関じゃないから試験は当たり前の気もするが……そんな話じゃないよなぁ……」
頼むから大事なことはもっと早くに伝えてくれ。
隼人は強く、宗一郎に対しそう念を飛ばした。
「まぁいい。柚季、全力で頑張ろう」
「まっかせて! あんな事言われて、あんな話聞いたら寧ろ通いたくなっちゃったしね! 頑張るぞー」
「ああ。最強への第一歩だ!」
決意を込め、2人は試験会場内へ。
仕切りも、机も、椅子もない大きな部屋。
一番奥にはステージが設置されて、そこはまさしく。
「……体育館?」
普通と違うところがあるとするならば、集まった面々の気。
普通の学生が集まるとわいわい、がやがやと、静かにやかましい音が響いているものだが。
「……静か……だねぇ」
普通に声を出すのもはばかられ、柚季がそっと耳打ちした。
そしてもちろん、ただ静かなわけではない。
熱気、闘気、殺気。
身体の奥底から微かにずつ漏れ出したそれらが、信じられない密度で渦巻いていた。
「なるほどね、武術学校の名前は伊達じゃないってか?」
目に入る一人一人。只者でないことが一目で分かる。
立ち方。気の押し込め方。目付き。
ここにいる皆、武術家なのだと否応にも。
そんな中。
「あっぶなー。よかったよかった。ギリギリセーフ」
大声で体育館に入ってきた者がいた。
この場所に来たこと、手に持つ剥き出しの薙刀から、間違いなく武術家だろう。だが。
腰まで伸ばした長いウルフカット。全体にかかった軽いウェーブが光を弾く。そんな美しい髪。
細い腰。長い手足。全体的にスレンダーな体付きで到底武術家には思えない。
顔の美しさも相まって、武術家と言われるより、モデルと言われた方がよっぽど信じられる。
そんな、女性だった。
これほどまでに美しいのであれば、さぞ待ちゆく人々の眼を奪っているのだろう。
そう、街中ならば。
ギロリ。今この場、彼女を捉える眼は一様にそんな効果音が似合うものだった。
無論、彼女もすぐにその数多の眼が自分に向いていることに気が付く。
「ん? あはははは、ごめんねー試験前の集中してるときに。私のことは気にしないでー」
と。そのまま入り口付近に腰を下ろし、座ってしまった。
「なんて胆力してんだ……あいつ」
「受験者かな? 髪キレー。どこのシャンプー使ってるんだろ……」
お前もか。そう言いたげに、隼人は小さく息を吐いた。
「あーあー。テステス……ごほんっ! 皆の物! 聞こえているだろうか!」
体育館に設置されたスピーカーから、そんな声が聞こえる。
マイクに向かいしゃべっているのはステージに立つ老人。
明らかにでかい。2メートルはあろうかという身長に、これでもかと乗せた筋力。そんな体付きだ。
何より、ただ立ってしゃべっているだけにも拘らず、感じる気の圧。
見なくても分かる――達人だと。
「定刻の為! これより『神技錬磨武術学園』高等部編入試験を始める! ワシは学園長、仙極巖左衛門! 試験官長を務める故、よろしく頼む! では早速試験について説明しよう」
その声が終わるとともに、ステージに設置されていた巨大なスクリーンに地図が映し出された。
「現在スクリーンに映っている地図のうち。赤枠に囲まれた場所が一次試験の会場じゃ! スタート地点は今いるこの場所!」
スクリーン右上。建物のマークがピカピカと光る。もちろん赤枠の中。
赤枠の中は8割が森、残りはかろうじて草原や岩場といったところか。地図から読み取れるのはそれくらいだった。
「合格条件は二つ! 一つは試験終了時刻の夕方5時までにこの場所にいること! そしてもう一つは、赤いバッチと青いバッチを1組以上所持していることとする!」
「赤いバッチ? 青いバッチ? どゆこと?」
混乱する柚季。とは違い、隼人は冷静だった。
「青いバッチならそこら中にあるじゃねぇか……」
隼人の目線の先。それを見て柚季も初めて気が付いた。
「ホントだ……皆、胸に青いバッチつけてるね……でも私たち貰って無くない?」
その疑問はもっともだ。あたりにいる者、皆が皆、青いバッチを胸に輝かせている。つまり、受験者は青いバッチを配られた、ということ。
何故隼人と柚季には配られていないのか。
その疑問は直ぐに解消された。
「尚! ここには事情により、青バッチが配布されていないもの達もいる! 公平性を期すためこのことを伝えておく!」
それを聞き、隼人は自分たちの置かれた境遇を察した。
試験期日ギリギリ、無理やり受験資格を得たからか、はたまた全く別の理由があるのか。
どちらかは分からないが、少なくとも自分たちには正規ルートで受験する者たちよりも厳しい条件が付されたのだと。
「また、当たり前ではあるが、試験に当たり武の使用を許可する! 己の磨いた技を存分に振るってくれ」
その声とともに、受験者たちの空気が変わった。
警戒から臨戦態勢へと。
「それでは――試験開始ぃぃっ!!」
一斉に皆が体育館を飛び出す中。
柚季と隼人を含め、10人ほどがその場に残っていた。
「ねーねー隼人! 私たちも早く行かなきゃ!」
「大丈夫だ。落ち着け、どうせ時間は4時間近くある。そんなことよりも考えなきゃいけないことがあるんだよ……」
ルールを聞いてすぐ、隼人の頭に最悪の展開がチラついた。
隼人が解決策を思案している最中。
「そこのお兄さん。良かったらそのバッチ、私にくれないかな?」
「は? 何を仰るか! 合格にはバッチ2種が必須! 渡せるわけなかろう!」
体育館の入口付近で行われる、そんな会話が聞こえてきた。
「あー、さっきの人だ」
会話しているのは、ギリギリで試験会場に入ってきた例の女性。
その相手は、頭を丸めた拳法家、と言った様相の少年。
そして、少年の胸にはきらりと光る青バッチが。
「嫌だなー分かってるって。だから頂戴って言ってるんじゃん」
ケタケタと笑いながら、女性はバッチを掠め取ろうとする。
「触るな! と言うよりお主受験者であろう! 自分のバッチはどうしたのだ!」
「説明聞いてなかった? 私はバッチ貰えてない組なんだよねー参った参った」
「だから掠め取ろうと? 武術家の風上にも置けぬな!」
「じゃあ私と戦ってくれる? バッチを賭けてさ」
そう言って、彼女は持っていた薙刀を相手に突き付ける。
「ふん! やるわけなかろう! バッチも持たない貴公との戦いなど無駄ではないか」
そう。これが隼人の想定していた最悪の展開そのもの。
青バッチが受験生に配られたという事は、赤バッチも誰か別のグループに配られたと考えるのが自然。
それらを巡って争うわけだ。
なら、バッチを持っていない者はどうなるか?
簡単な話、誰も戦ってくれない。
自分だけリスクを抱えた戦いなど好き好んで受ける人間など居ないのだから。
つまり、戦うことすらできず、一個のバッチを手に入れることも出来ない。これが考えうる最悪の展開。
「だよねー。でも戦うのも面倒だからくれないかなって」
「ふん! 馬鹿め! 戦いにも参加できないまま指を咥えて見ているが良い!」
「ふーん。でもさ、試験中って割には油断しすぎじゃない?」
再び笑う彼女の手には、青バッチが。
「……いつ取った?」
少なくとも、隼人の目では気がつけなかった。
「薙刀突き出した時だよ。刃先で今日にピュンって」
どうやら柚季には見えていたらしい。
過程を聞き、隼人はその技量に唾を飲む。
「返さぬか!!」
取られた事に気が付いた少年が、強く一歩を踏み出す。
床が揺れるほどの震脚から放たれた右拳が彼女の顔目掛け襲いかかる。
だが。
「――がっ……はっ……」
白目を向き、泡を吹いて倒れたのは少年の方だった。
「本当は盗んで逃げることもできたんだけどねー。盗まれた、よりも戦った末に奪われた。の方が納得いくでしょ?」
と。意識の無い少年に語りかける。
「さて、次は赤バッチ探しに行きますかー。めんどくさいけど……」
ケラケラと軽く笑い、彼女は青バッチを胸に付け、悠々と体育館を後にした。
「……えっぐー」
結果を見て、柚季がそう呟いた。
「あんな技初めて見たな……」
突進してくる相手に対し、薙刀をつっかえ棒の様にして迎え打つ。
結果だけ見れば、相手は地面に固定された棒に突っ込んで自爆しただけ。
自分の力を一切使わない。凄まじく省エネな攻撃だった。
だが、技の出だしが早過ぎれば相手に躱される。遅ければ技として成立せず、自分がやられる。
完璧な間を操る、超高レベルの技術だった。
「あんなのがゴロゴロ居るのか……」
クーゲンフィリアとの戦いの後、宗一郎に言われた言葉を思い出す。
『未知の技、不可思議な技、強き者。貴様らは知らなさすぎる……学んできなさい――世界を』
その意味を目の当たりにした隼人は、無意識に笑っていた。