表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武技繚乱  作者: 弐號
3/9

第三話

 4人での話が終わり数十分。隼人と柚季の組手から見れば3時間30分後。

 2人は再び道着に袖を通し、道場に立っていた。

 先ほどと違うのは、目の前に立ちはだかるのは同レベルの好敵手ではなく。

 明らかに目上の強敵ということ。

「さて、準備は良いか?」

「あぁ。俺はいつでも」

「私もー!」

 組手が終わってすぐと言える。ダメージも完全に回復するはずもない、短期間での連戦。

 それでも、柚季は目の前の強敵に心を躍らせ。

 隼人は、先ほどの宗一郎の言葉を反芻し、逃げずに。

 それぞれの思いで強敵と向かい合う。

「あー。クーゲンフィリア。手は抜くなよ?」

「もちろんですよ。武術家として、全力で2人の実力を測ります」

「うむ。それじゃお前ら、どっちからやる?」

 その問いに食い気味に手を上げ、主張したのは。

「はい! はい! 私がやる!」

 柚季であった。

「よし分かった。では隼人は下がっとれ」

 言われるがまま、隼人は道場の壁際に。

 クーゲンフィリアと柚季は何も言われることなくとも、互いに道場の中心で向かい合う。

「こうして組手をするのは1年ぶりくらいかな? 楽しみだね」

「本気で来てね。クーちゃん! つまんない戦いは嫌だからさ!」

 宗一郎は2人の傍で互いに目をやり。

「では――構えぃ!」

 道場が揺れるほどの気合を放つ。

 その声に合わせ2人がそれぞれ、得意な構えを取る。

 柚季は大きな一撃を狙う、空手の手刀構えに似た構え。

 対し、クーゲンフィリアは、相手の攻撃を全て無力化し、隙を見出す、合気道に近い構えで迎え撃つ。

「――っっ始めぃっ!!」

 柚季の性格は分かりやすい。

 組み手になれば尚のこと。

 相手の出方を待つ。そんなことは絶対にしない。

 攻めて攻めて、攻め切って勝つ。

 それが柚季のやり方だ。

「せぇいっ!」

 構えからも想像つく通り。今回も、先に動いたのは柚季。

 一足で間合いを詰め、その勢いに腰の回転を乗せる。

 足で、腰で加速された拳は唸りをあげながら対象に向かって真っ直ぐに放たれる。

 その威力は正に一撃必殺。当たれば無事では済まない。

 そう。当たれば。

 クーゲンフィリアは拳に対し、半歩引き、余裕を持って捌き落とす。

「あっ!?」

 柚季の身体は前のめりに。

 更に、意図しない急な体勢変化に、一瞬身体が硬直する。

 それを見逃さず、肘を起点に手刀をもって地面に向かって切り落とす。

「うわっ!」

 結果。左腕一本で、柚季は地面に叩きつけられた。

 かろうじて受け身が間に合うも、完全にダメージをゼロにはできない。

「いててて……って、やば!」

 追撃の蹴りをぎりぎりで避け、再び構えを取る。

「ほら、もっと集中して」

 先ほどと打って変わり、クーゲンフィリアが距離を詰める。

「これならどうだ!」

 柚季が選んだのは前蹴り。

 技の起こりが少なく、詰めてくる相手から見れば非常に躱しにくい有効一手。

「うん。いいね」

 そう言いつつ、クーゲンフィリアは足さばきのみで躱して見せる。

 そして、蹴り足を膝裏から掬い上げる様に押し上げ。そのまま相手を身体ごとひっくり返す。

「せいっ!」

 柚季もただではやられまいと、投げられる勢いを利用し相手を蹴り上げようとする。

「おっと……危ない危ない」

 だが、踵が少し腕に掠った程度で、ぎりぎり躱されてしまった。

「かっは――っ」

 蹴りだしたことで受け身が間に合わず、背中から叩き落され、呼吸が詰まる。

 それでも柚季はすぐに立ち上がり、構える間もなくクーゲンフィリアとの距離を潰す。

――が、打たない。

 当てがあったわけではない。考えてたどり着いたわけでもない。

 2回投げられたことで、本能が打撃を拒否していただけ。

 が、それが功を奏した。

 クーゲンフィリアの知る柚季は完全なストライカー。故に、打撃の起こりにのみ意識を絞っていた。

 まだ来ない。

 まだ。

 まだ。

 まだ――あっ……

 狙いすぎたが為、気が付けば相手は己の懐の中に。

「しまっ――」

 ここまで近づいてしまえば技の起こりも、捌きも関係ない。

「――しっ!」

 小さな気合。

 最小限の動き。

 ゼロ距離で打ち出されるそれは。

“寸勁”

 無防備な相手の腹部に深々と突き刺さる――はずだったもの。

「今のは本当に危なかったわ……」

「おいおい……嘘だろ、あれ躱せるのかよ……」

 傍から見ていた隼人ですら、あれは完全に決まると確信していた。

 それほどまでに完璧に虚を突いた一撃だった。

「……じゃ、終わらせるわよ」

 ここにきて初めて、クーゲンフィリアが自ら攻めに転じる。

 左拳。

 右膝。

 右手刀。

 左下突き。

 右鉤突き。

 下段蹴り。

 まだまだ繰り出される当身の数々。どれも必殺の威力は無い物の、技の繋ぎがほとんどなく、速度で柚季を防戦一方に押し込んでいく。

 初めはかろうじて捌きの形をとれていたが、徐々に捌き切れなくなり、腕で、肩で、脛で、当身を受ける形になっていく。

「やっば……」

 何とかガードを続けるも、このまま耐えるだけでは勝ち目など無い。

 どうにか突破口が欲しいところに。

「ここだっ!」

 一瞬見えた、猛攻の切れ間。

 それを柚季は見逃さなかった。

「……なんてね。その隙が罠だとは考えなかったのかな?」

 否。隙を見せつけられていた。

 罠だと気付くことができないほど自然に。

 それに飛びついたが一閃。

 柚季の鳩尾に深々と突き刺さる右の膝蹴り。

 美しすぎるカウンターの前に、柚季はそのまま崩れ落ちた。

「勝者! クーゲンフィリア!」

「さ、次は隼人だね。1年の成長を私に見せて頂戴」

 蓋を開けてみれば結果は圧勝。

 息一つ切らさず、次の対戦相手へと目を向ける。

「……っし!」

 気合とともに立ち上がり、道場の中央へ。

「そんなにのんびりしていていいの?」

「え?」

 歩いて道場の中央に向かっていた最中。

 クーゲンフィリアがいきなりすぐ横に。

 そして。

「ごふぅ!」

 わき腹に凄まじい衝撃を受け、吹っ飛ばされた。

「相手を前にして、油断しすぎじゃないかな?」

 それでも、せき込みながら立ち上がる。

「始めの合図はまだだったんだけどな……」

「武術家の戦いに始まりの合図なんてあると思ってるの?」

 一足でクーゲンフィリアが距離を詰め、拳を突き出す。

 柚季が初手に使ったものと同じ、全身の力と体重を一点に集中させる、一撃必殺の拳を。

 この拳を真正面から受けることが不可能であることは十分に知っている。

 かといって、クーゲンフィリアが行ったように捌くのは技量的に不可能。

 ならば。

「ちぃっ!」

 出来るのはただ躱すだけ。

 武術的駆け引きも、技術もない。

 ただ横に、大きく飛び込むように。

「さぁ、まだまだいくよ!」

 左手で相手の右袖を引き、意識を逸らし、右手で当身。

 右足で相手の左足を踏み、顔が下に向き始めるのに合わせ顔面にアッパー。

 隠し持っていた小石を顔めがけて弾き、ひるんだところに回し蹴り。

「なに? こんなもん?」

 一切の抵抗もできぬまま、隼人は再び地面に投げ出される。

 慈悲か、狙いあってか、その心中は分からぬが、クーゲンフィリアは追撃しない。

 隼人が立ち上がるのをただ、見守る。

「くっそ……やられっぱなしで終われるかよ……」

 一方的に攻撃を受け続け、ようやく、隼人が構えを取る。

「はは! この期に及んでまだ”見”を貫くの?」

 隼人が取った構えは、攻めと受けの中間。よく言えばバランスのいい。悪く言えばどっちつかず。

 殆ど実戦では使われることの無い。初めて相まみえる相手の出方を見る時に用いる、最も消極的な構え。

「これが一番しっくりくるんだよ」

「そ。じゃあ、そのまま構えと心中しなさい」

 中途半端な受けも、中途半端な攻めも。真正面からブチ抜く。

 そんな意思を感じる後ろ回し蹴り。

 捌く、躱す、受ける、相殺する。

 咄嗟に浮かんだこれらの選択肢。

 しかし。

 捌こうと触れれば弾かれ、死。

 躱そうとしても速度的に間に合わず、死。

 受けようとすればガードごと吹っ飛ばされて、死。

 相殺しようとしたら力負けして、死。

 だからこそ。

「ちぇい!!」

 ずらして受けて相殺する。

 これが隼人の答えだった。

「うっそ……耐えた……の……?」

 終わった。

 クーゲンフィリアはそう確信していた。

 この蹴りはとても隼人クラスで耐えられるものではない、それが事実だったから。

「まぁな……」

 隼人がやったことは、口にすれば簡単なこと。

 選択肢一つづ選ぼうとするから死ぬ。

 なら、全部選んでしまえばいい。

 攻撃の軌道をかすかに捌き、身体を威力の低い方へ躱す。

 この2つで自分に当たる攻撃の威力を少しでも弱め、それを左腕で受け、右の拳で迎え撃つ。

 どれか一つでもタイミングを間違えていたら。どうなっていたか想像に難くない。

「そこまで!! 勝者! クーゲンフィリア!」

「え、師匠!? 隼人はまだ立ってるよ!?」

 急に宣言された自分の勝利。

 まだ相手は立っているにも関わらず。

「あぁそうじゃな。じゃが――」

 宗一郎は隼人に近づき。

 コツン。と拳を肩にぶつける。

 攻撃ではない。ただ軽く、ドアをノックするよりも優しく、ぶつけただけ。

 たったそれだけで、隼人が崩れ落ちた。

「立っているだけじゃ。意識はもうない」

「それでも、良く受け切ったわ、あの攻撃を」

「して、クーゲンフィリア。どうじゃ? 2人は」

 宗一郎の問いに、彼女は肩をすくめる。

「確かに、一年前と比べたら技のキレは増してます。が、それだけですね。始める前、師匠に言われた通りのスタイルで戦いましたが、攻防を見ていただいた通りです。それに柚季ちゃんは……」

 言いかけたその言葉を宗一郎が咎める。

「分かっておる。それに関してはワシの責任じゃ」

「でもまぁ、これで2人も納得して入学してくれるんじゃないですか?」

「まぁそうじゃなぁ。今回の戦いの意図、己に足りんもの。それらに気が付けるかどうか、かのぅ」

 未来を思案しながら、宗一郎は窓から覗く青空を、静かに眺めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ