第一話
はじめまして。
作品を開いていただきありがとうございます。
楽しんでいただけたら幸いです。
誰もいない静かな密室。午前7時。
冷たい床が足を冷やす中。
齢15の男女2人が向かい合い立っていた。
一方――少年は険しい顔をして。
一方――少女は赤らんだ顔で。
「なぁ、柚季。本当にやるのか?」
「もう我慢できないんだもん。じいちゃんも朝早く出掛けて家に誰もいないしさ。ね、隼人。早く……ヤろ?」
つい昨日の事。この場で柚季が見知らぬ男と致していたのは隼人も知っている。
にも関わらず、このザマということはあの男がよっぽど下手だったか、恐ろしく早く果ててしまったか。
もっと発散させておいてくれ。改めて目の前で蕩けた顔を見せる柚季を見て、そう言いたそうに溜め息をついた。
だが、柚季がこうなってしまった以上、他に道は無い。
それを一番よく知る隼人は、気合いを入れ直し、柚季に向かい合う。
「じゃ、始めるか」
その言葉と同時。
先に動いたのは柚季だった。
長いこと待たされた犬が目の前の餌へ駆けていくように。
そこに一切の躊躇いなどない。
あまりに躊躇いのない行動に隼人は出遅れ、なされるがままに押し倒されてしまった。
「こんなにあっさり押し倒されるなんて珍しいね……あっ、もしかして今日は攻められたい日なのかな?」
「んなわけねぇだろ!」
普段の柚季なら、いきなり相手を押し倒すなどあり得ない。
それを知っていたからこそのミスであった。
馬乗りになった柚季を振り落とそうと必死に身体を動かすも、手を押さえつけられ、体重もしっかりのせられ、あっさりと全く抵抗できない形にもっていかれてしまう。
「いいじゃん。たまには私に身を任せてよ」
柚季はその豊満な胸を、細い腰を、くまなく隼人の身体へピッタリと重ね、耳元でそう呟く。
何とか抜け出そうともがいていた隼人動きが、電撃に撃たれたかのような刺激に硬直した。
「ゔっ……!」
「あっは……可愛い声あげちゃってぇ」
右手を相手の身体に這わせ、歪む相手の顔を見下ろすその顔は恍惚に染まっていた。
だが、それがまずかった。
自分の手によって、それも指一本で。ちょっと敏感な急所を攻めれば相手が成す術もなく悶える。そんな光景を目の当たりにし、込みあがってきた快感。
その快楽に身震いした一瞬の隙を、隼人は見逃さなかった。
柚季の身体が少し跳ねたのに合わせ、身体を潜り込ませるようにしてお互いの位置を入れ替える。
つまり、先ほどとは異なり、柚季の上に隼人がのしかかっている状態。
「よくもさっきは好き放題やってくれたなぁ」
怒気を含んだ言葉の圧。額に浮かぶピクつく怒り。
そして、圧倒的に不利な自分の位置。
本来、これだけの条件がそろえば不安や後悔の一つでも滲みそうなものであるが。
「やだ。私これから何されちゃうんだろ……」
口から出るのはとろんとした、不安など一切含まない不安の言葉。
目つきも、その言葉も、全てがとろけ切っていた。
「本来こんな攻め方は好きじゃないんだけどな」
口ではそう言いつつも、隼人は慣れた動きで柚季の身体を攻め立てる。
足を絡め、腕を回し、指先を器用に使いながら。
「……っ! あっ……そこは……っ!!」
身体に走る刺激に堪らず身を捩るも、完全に拘束され、逃げ場など無い。
抵抗しようと伸ばした腕も、指と指を絡められ、取り押さえられてしまった。
二人の攻防はさらに激しくなり、互いの身体を貪るように攻め、その刺激に顔をゆがめる。それを何度も繰り返した。
時間が経つにつれ、互いに口数は減り、荒い呼吸音と肉のぶつかる音だけが響き渡っていく。
そして。
「……へへっ。はぁはぁはぁ……捕まえたっ。そろそろ限界でしょ? ね……イこ?」
耳元でそう呟くも、隼人から返事は返ってこない。というより、返せない。
二の腕をさるぐつわの様に口に押し入れられ、隼人の口は機能を完全に失っていたから。
抱きかかえるように後ろから取り押さえ、柚季の右腕が隼人を攻め立てる。
敏感で弱いところを、その長くしなやかな指先で。
「――!!」
あまりの刺激に声にならない声でうめくが、もうどうしようもなく。
「んふっ……イっちゃったね」
腕をほどくと、隼人は力なく床に滑り落ちた。対し、柚季は。
「あっは……っ。やっぱり、隼人とヤるのがサイコーにキモチーな」
崩れ落ちて動けなくなっている隼人を見下ろし、またその顔を恍惚にゆがめていた。
「やっほー! そろそろ終わった?」
激しかった二人のぶつかり合いが終わってすぐ、乱入者が。
腰まである、長い、それでいて手入れのしっかり行き届いた、艶やかな桃色の髪をポニーテールにまとめた女性の。
「あ、クーちゃん! 来てたの?」
「ちょっと前にね? でも母屋には誰もいないし、道場では気のぶつかり合いが凄いしで稽古中かなーって。で、気が落ち着いたのを感じたから様子見にきちゃった」
乱入してきた女性は、倒れている隼人に目を向ける。
しばらく観察し。
「派手にやったねー……これ全部柚季ちゃんがやったの?」
指差すのは乱れた道着の隙間から見える赤い打身跡。
「そーだよ? なんか変かな?」
「いやいや、寧ろ急所を的確に穿ててるなって感心してるよ。拳の繊細なコントロールもできるようになったんだね」
「いやー、まぁ……実はそれ、拳じゃないんだよね……組み技で押さえつけてさ、一つ一つ潰していくように極めていったの……」
その言葉は歯切れ悪く、少しバツが悪そうに聞こえる。
「あー……それは武の領域から逸脱してるね……拷問だよ、もはや……」
「でも……げほっ、そもそも組んで一瞬で極める……ごほっ……それをしていない相手にやりたい放題されたんだ……抜け出せなかった俺が悪い」
武術家として非難されるべき行為を庇ったのは他でもない、やられた本人、だった。
「あっ! 目、覚めた!? ごめんね隼人……ついテンション上がっちゃって……」
隼人はゆっくりと体を起こす。
ただ、ダメージは甚大。
痛みに顔をゆがめ、道場の壁にもたれかかって何とか、といった具合だ。
「これが実戦なら俺は殺されてたわけだからな、負けた方は何言っても負けだよ……はぁ、組技対策、もっと考えないとなぁ……」
例えその行動が武術家として褒められたものでないにしろ、負けたという事実に変わりはない。
実戦にルールなど無いのだから。
それを良く知る彼の姿は、まさしく武術家のそれであった。
「ま、それでも! 柚季ちゃんは反省しなさい。もしこれが実戦なら、時間をかけた分だけ相手の仲間がやってくるかもしれない。とどめを刺せるのに刺さないでいると、思わぬ反撃を食らうかもしれない。極めたら即――だよ」
「はーい……ごめんなさい……」
組手の結果は柚季の勝利――のはずではあるが、蓋を開ければ反省する武術家が二人。どちらも敗北者の姿であった。
だが、落ち込んでいてばかりでは武術家は先へ進めない。たかが組手の負けなど、すでに何千回、これからも何万と経験するのだから。
あの時どうすればよかったのか。そんなものは多少思い返して次の稽古で。脳内反省会が終わればもう今ここで振り返る意味など無い。
隼人は思考を切り替え、単純な疑問をぶつける。
「ところでさ、クー姐はなんでうちにいるの? じじいは今日朝からいないよ」
「知ってるよ。今日は二人に用事があってきたんだ。それに、師匠も直ぐに帰ってくるよ」
そこにいたのは、先ほどまでいた天真爛漫な笑顔を振りまく女性ではなく、鋭い目つきの武術家――クーゲンフィリア・ジークライバーその人であった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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また第二話もよろしくお願いします。