私も君が初恋の相手
むかしむかし。
箒星の黒き魔女と当時の王太子が恋に落ちた。永遠の愛を誓い合った彼らだったが、その約束はいとも簡単に破られた。
王太子が王から隣国の王女との婚姻を命じられたのだ。それでも黒き魔女は己たちの愛を疑わなかった。想いは遂げられると信じていた。黒き魔女は子どものように純粋だったのだ。
当時のこの国の立ち位置も、政治的な思惑も黒き魔女には通じなかった。
だが王太子は違った。己の選択が、国の命運を左右することを知っていた。幼き頃より王となるため教育を受けて来た王太子は、初恋にすべてを捧げることが出来なかったのだ。
王太子は黒き魔女に別れを告げた。しかし黒き魔女はそれを許さなかった。
しかし王太子の心はすでに決まっていて、黒き魔女の言葉には耳を貸さなかった。
王太子と隣国の王女との婚姻の日。黒き魔女が現われて呪いをかけた。
これより王家は呪われる。数代に一人、王家の血筋に呪われし者が現れるだろうと。
***
話し終えたローズは辛そうだった。しかしその辛さを抑え込み、無理に微笑んでいる姿に、シャルルティーユの胸は痛んだ。
「呪いが発動した時から、家族と、城の一部の使用人以外私が王子だったことを忘れてしまっていた。これも君と同じだよね。私の身分はいつのまにか、第二王子から第一王女へと変わっていた。私はいつか絶対に王子に戻ると誓い、乳母夫婦と共にこの領地へ来たんだ」
ローズの伯父夫婦として関わってきた二人はいつも穏やかで、声を荒げているところなど、シャルルティーユはこれまで一度も見た事がなかった。
そしてそれはローズに対しても同じだった。
二人とローズとの仲はとても良かったが、どこかローズに対しての遠慮が見て取れた。きっと本当の血縁ではないのだろうな、とシャルルティーユはぼんやりと思っていたのだ。
そのことも、ローズが実はやんごとない身分ではないかと思う理由のひとつではあった。
「あの……もしかして、ガスパールもそのことを知っている?」
一応聞いてはみたが、おそらくは聞くまでもないことだとシャルルティーユは考えていた。
ガスパールはきっと知っている。
そしてガスパールのローズに対する敬慕は、それに起因するのだと。
「うん。ガスパールは私が王子だった時からの剣の師匠だよ」
ローズの言葉を聞いて、シャルルティーユはガスパールのこれまでの言動に納得がいった。
ローズが元王子だと知っていたのならば、シャルルティーユのローズへの気持ちを知ったガスパールは、さぞや複雑な想いを抱えていたに違いない。
「そっか……」
項垂れるシャルルティーユにローズは笑った。
「ガスパールには感謝している。もちろん、義両親にもね。そして私は今の生活に、意外と満足しているんだよ。ここは平和で、居心地がいい。何よりも君がいるからね、シャル」
「ローズ……」
己に向けられた微笑みを嬉しいと感じながらも、だがきっとそれはローズにとっての最善ではないと思ってしまう。
「我が姉ながら酷いねぇ。自分の性を自覚した途端、逆の性へと変わってしまう。しかもその呪いは一生解けないなんて……。生き方が変わるだけじゃない。愛する者への言動も変えざるを得ない。己にとっての異性を好きになっても、その異性にとって己は同性だ。受け入れられないことが多いだろうよ。……恋に破れた姉の、精いっぱいの仕返しだったのだとしてもねぇ」
白き魔女の言う通りだ。
きっと代々の呪われた者たちは、多くの苦悩を味わっただろう。
「だから儂は姉のしたことを代わりに償うために、王家に生まれた呪いを受けた者に、救済の措置を施すのさ」
「救済……?」
シャルルティーユの問いに、白き魔女が頷く。
「性別に関係なく、愛せる者を……黒き魔女に呪いを受けた者の魂と、最も相性の良い魂を持つ相手に同じ呪いをかける。この場合はシャルルティーユ、あんただね。これが、儂があんたに呪いをかけた理由だよ」
(それが、私が呪いにかけられた理由……うん? あれ、ちょっとまって……)
白き魔女の放った聞き捨てならない言葉にシャルルティーユが気を取られている間にも、白き魔女は語り続けた。
「あんたにしてみれば、良い迷惑だろうさね。いかな理由があろうと、呪いをかけるという行為は、黒魔法だ」
「え、あ、黒魔法? え? でもあなたは白き魔女じゃ……」
「ああ、なんとか白き魔女としての体裁は保っておるよ。あんたにかけたその呪いは解ける呪いだ。最終的には選べるようになっている。元の性別に戻ることを選択しても良い。そのままでいることを望んでも良い。そして、この呪いをかける時には、必ず本人の承諾が必要だ」
「本人の承諾……⁉」
(ということは、私は呪いをかけられることを承諾したってこと⁉ 覚えてないんだけど!)
「ああ。儂はあんたに呪いをかける時に問うたのさ。魔女に呪いをかけられ、困っている者がいる。だがあんたなら助けることが出来るかもしれない。呪いの内容を話して、儂の呪いを、受けるか否かとね」
ローズが驚きを露にして、シャルルティーユを見つめている。だが驚いたのはシャルルティーユも同じだった。
「な……なんで、そんな大事なことを私は……」
「あんたが覚えていないのは当然さ。儂が記憶を消したからね。それも呪いを受ける条件の一つさね。そうやって呪いをかける者に事情を話し、本人の意思で承諾を得る」
だからこそ、儂はギリギリのところで黒き魔女へと落ちずに済んでいるのさ、と白き魔女は言った。
「もちろん、断られた時にはさっさと身を引いているよ。そしてその者の次に相性の良い者に話をもっていく。けれどそうやってどんどん順番が下がっていく毎に、呪いを引き受けてくれる確率は低くなる。結局最初に話を持って行った者に断られた場合、救済にならずに終わることがほとんどさ。アンブローズ、あんたは本当に運が良い。初恋の相手が、一番相性の良い相手なんてねえ」
(私が……ローズの初恋の相手……?)
ローズの初恋は十歳の時に出会った女の子のはずだ。シャルルティーユではない。
シャルルティーユが思わずローズに視線を向ければ、ローズからは困ったような笑みが返って来た。
「あのね、シャル。……私の初恋はシャルなんだ」
僅かに頬を染め、はにかんだように言うローズは大層可愛らしい。だが――。
「え? だって……」
「君は覚えていないだろうけど、私達は互いに十歳の時に会っているんだよ」
「ええ! お、覚えてない……」
(何てこと! ローズと会ったことを憶えていないなんて、あり得ない!)
こんなに綺麗で可愛らしい存在に出会ったことを憶えていないなんて、もしやここでも白き魔女の呪いが関係しているのではないかとシャルルティーユは疑った。
だがシャルルティーユが白き魔女の顔を見ても、白き魔女は首を横に振るだけだった。
「仕方ないよ。だって君はとても緊張していた様子だったし、僕も君が挨拶するのを両親の後ろで見ていただけだしね」
「私が……挨拶? ……十歳?」
シャルルティーユが十歳の時にした挨拶、それも緊張するようなものなど、一つしか思い当たらない。王城へ行って、王と王妃の両陛下にご挨拶をしたときくらいだ。
「もしかして……十の集い?」
「そう。そこで私は君を見初めたんだ」
ローズが元第二王子だったというのなら、十の集いにいるのは当然だ。
「そっか……。ローズの初恋の女の子って、私だったんだ」
思いがけない真実に、シャルルティーユははにかんだ。先ほどまで感じていた小さな嫉妬心は、ローズから伝えられたその事実で霧散した。
もしその時にシャルルティーユがローズに気付いていたら、きっとシャルルティーユもローズに恋をしていたはずだ。
「でも……ローズはどうしてうちの領地へ来たの?」
以前からなぜローズがこの領地へ客人としてやってきたのか、シャルルティーユは疑問だったのだ。
貴族の庶子だと思っていた時から、一体ローズはアーガスティン領とどういった関係があるのかと考えていた。
けれど、ローズの身に起きたことを鑑みれば、一つの可能性が浮かんでくる。
「もしかして……私に会うため? 私もローズと同じ、呪いにかけられていると知ったから……」