君も私と同じだったんだ
男性として生きて来たシャルルの真名がシャルルティーユであるのと同じように、ローズにも真名が別にあったのだ。
それは一体何を意味するのか。シャルルティーユは心臓の鼓動が速まるのを感じていた。
「私も君と同じなんだ。シャルルティーユ。私も、十歳の時に黒き魔女に呪いをかけられた」
ローズの告白を聞いたシャルルティーユは驚きのあまり言葉を失った。
黒き魔女。
それは白き魔女と同様、魔術に長けた魔女に送られる尊称だ。
ただし、癒しや祝福などの白魔法を得意とする白き魔女と異なり、黒き魔女は呪いなどの黒魔法を得意としている。そして白き魔女よりもよほど凶悪な性質をしているとされるのが、黒き魔女だった。
「私の家は長きに渡り箒星の魔女という黒き魔女に呪いをかけられている。数代毎に、性別の入れ替わる呪いを。そして今代、呪いにかけられたのが私だったと言うわけだ。けれど私の家にかけられた呪いは、生まれてすぐに発動するものじゃない。自分の性を自覚した時に、魔女の呪いが発動する。私の場合は十歳の時だったな」
「十歳……」
ちょうどローズがアーガスティンの領地へやってきた頃だ。そしてシャルルティーユが呪いをかけられた時期でもある。
「私が十歳の時、ある女の子に出会った。その子はとても可愛くて、私はすぐにその子に惹かれたよ。……将来は婚約者候補に、と考えていた」
ローズの言葉に、シャルルティーユは無意識に顔を歪めた。
幼い頃の話だとわかってはいたが、誰かがローズの心を占めていたことがあると考えるだけで、胸が苦しくなったのだ。
きっとその子はシャルルティーユとは違い、本当の女の子だ。否、シャルルティーユとて呪いをかけられる前は本当の女の子だった。
シャルルティーユはふと自嘲の笑いを零した。
つい先日までは女性に戻ることを悩んでいたと言うのに、そして先程など、白き魔女に対し元には戻さないで欲しいと言い切ったにも関わらず、今はローズの心を奪った女の子に嫉妬をしている。
もし、自分が本当の女の子なら、ローズはシャルルティーユを好いてくれたのだろうかと。
そんなシャルルティーユの葛藤など知るはずもないローズは、そのまま話を続けた。
「けれど、その日の夜に、黒き魔女の呪いは発動した。私は夜眠り、朝起きた時には、男性から女性になっていたんだ」
自分の身に起きたことを淡々と語るローズだったが、シャルルティーユはこれまでのローズの気持ちを考え胸が苦しくなった。
きっと辛いことも、悔しいことも多かったはずだ。
シャルルティーユとて急に自分の身体が変化した際にはずいぶん取り乱し、落ち込んだものだ。しかし、その頃のシャルルティーユは誰かに恋をしていたわけではなかったし、特に女性としての未来を夢見ていたわけでもなかった。
単に今までの自分の身体が急に変化したことへの恐れ、ただそれだけだった。
そういった意味では、ローズのように自分の性別を特段認識していたわけではなかったのだ。
それに女性から男性になったシャルルティーユは、実際には女性でいたときよりも出来ることの方が増えている。
力も強くなったし、身体も頑強になった。女性だった時よりも行動に自由が増えた。その分逃げることの出来ない辛いことも増えたが、男性になって受けた恩恵も確かにあったのだ。
そんなシャルルティーユでさえも苦しんだのだから、剣が好きで、そしてはじめての恋を自覚したばかりのローズの心痛と驚きたるや、想像に難くない。
「あの……それでその子のことは……」
「当然、その子のことは諦めたよ。こんな身体じゃ、その子を迎えることは出来ないからね」
そう言ってローズはその美しい瞳を伏せて微笑した。
これまでローズが過ごして来た年月がどれほど過酷なものだったのかを考えるだけで、当事者ではないシャルルティーユまで苦しくなった。
(私は本当に、情けない……。自分のことばっかりで)
ローズの幼い頃の淡い恋の相手に嫉妬して、すぐにローズの気持ちに思い至ることが出来なかった。
だが、今のローズには希望がある。二人の目の前には白き魔女がいるのだ。黒き魔女の呪いを、白き魔女に解いて貰えばいい。
「ローズ。ローズも白き魔女に呪いを解いてもらえば……」
しかしシャルルティーユの提案に、ローズは悲しそうに首を振った。
「呪いは解けない」
「……どうして!」
シャルルティーユは縋るように白き魔女を見た。しかし白き魔女もまた、残念だとでもいうように首を横に振った。
「アンブローズの言う通りさ。箒星の魔女の呪いは解けないんだよ。なぜならすでに死んでいるからね。それにもともと、箒星の魔女は強大な力を持っていたからね。生きていたとしても、本人以外が呪いを解くことは難しかっただろうさ」
白き魔女の言葉に、シャルルティーユは固唾を飲んだ。
「呪いが解けない……。なら、ローズはずっとこのまま?」
シャルルティーユと違い、ローズは元に戻りたがっている。なのにそれが叶わないなどあんまりではないか。
シャルルティーユはどうしてローズが頑なにシャルルティーユを元に戻そうとしているのかをようやく悟った。
ローズはもうどうあっても元には戻れない。けれどシャルルティーユは戻れるのだ。戻れるのに、戻りたくないというシャルルティーユに、ローズは一体今、何を感じているのだろう。
そう思えば、ローズと目を合わせることすら怖かった。
「不幸な事よ。昔の他愛のないすれ違いから、何と残酷な呪いをかけたものよな。我が身内ながらあまりにも慈悲がない」
「……身内?」
白き魔女の言葉に、シャルルティーユもローズも驚きを持って白き魔女を見た。
きっと今、シャルルティーユは間抜け面を晒していることだろう。それほどに驚いたのだ。
「箒星の魔女は儂の姉なんだよ。そしてアンブローズにかかった呪いは、儂の姉である箒星の魔女と、アンブローズの先祖の間に生まれた確執が原因なのさ」
「ローズの……先祖」
そうだ。さきほどローズは言っていた。
自分の家が長きに渡り黒き魔女に呪いをかけられていると。それは最初に呪いをかけられた人間、そしてその原因があることを意味している。
「ああ、そうさ。儂の姉。黒き箒星の魔女と当時のこの国、カーネミアの王太子との確執がすべてもの始まり……」
「ちょ、ちょっと待って……!」
シャルルティーユは驚きのあまり白き魔女の言葉を遮ってしまった。そしてローズのエメラルドの瞳をじっと見つめる。
目を合わせるのが怖いなどと言っている場合ではない。
「ローズの先祖が……この国の王太子?」
シャルルティーユの呟きにローズは控えめに微笑み、そして驚くべき事実を口にした。
「……シャル。さきほど私の本当の名はアンブローズだと言ったね。でも姓は告げていなかった。――私の正式な名はアンブローズ・エネ・カーネミア。私は十歳まで、この国の第二王子として生きていた」
ローズの告白に、シャルルティーユの頭は真っ白になった。
おそらく貴族の血は引いているだろうと思ってはいたが、それがまさか王子だったとは思いもしなかった。せいぜいアーガスティンと同じ侯爵家くらいだろうと思っていたのだ。
驚きに茫然とするシャルルティーユに、ローズは当時の王太子と、黒き箒星の魔女との確執を語り始めた。