ずっとこの時を待っていた
白き魔女の情報を得てから一月程経ったある日、シャルルティーユはついに白き魔女が見つかったことを知らされた。
それは丁度、いつも通りシャルルティーユがローズと剣の手合わせをしているときだった。いつもは冷静な侍従が、息せき切って走ってきて、白き魔女が見つかったことを告げたのだ。
その報告に素直に喜べなかったシャルルティーユは、無意識にローズを見てしまった。一体ローズは今どんな顔をしているのだろうかと。
喜んでいるのか、それともシャルルティーユと同じように複雑な心境でいてくれるのか。
ローズは瞳を限界まで大きく見開き、どこか遠くを見ていた。盗み見たローズの表情を読み解くことは、シャルルティーユには出来なかった。
しかし――。
「……ようやく会える。白き魔女」
小さな声だったが、隣に立っていたシャルルティーユの耳にはしっかりと届いた。
何故ローズが白き魔女に対しそのような言葉を使うのか。
ローズも白き魔女を探していたということは、シャルルティーユに元に戻って欲しいと思っての事ではないのかと、それほどにシャルルティーユのことを考えてくれていたのかと嬉しく思う反面、シャルルティーユは胸が重くなるのを感じていた。
「シャル……。行かなくて良いの?」
ぼうっとしていたシャルルティーユはローズに促され、我に返った。
ローズがそのエメラルドのように美しい瞳で、じっとシャルルティーユを見つめている。
「そうだね……。一緒に行こう、ローズ」
本来ならアーガスティン家にとっては重要な場面に平民とされているローズを連れていくことは遠慮しなければならない。
だがローズは事情を知っているし、シャルルティーユとしてはローズに傍にいて欲しかったのだ。それに、ローズへの気持ちを打ち明けた今、両親も恐らく反対しないだろうとシャルルティーユは考えていた。
シャルルティーユの言葉を受けたローズが、驚いたように目を見開いた。
「……いいの?」
「うん。一緒に来て」
シャルルティーユの言葉に、ローズは黙って頷いた。
***
シャルルティーユとローズが屋敷の中に駆けつけると、驚いたことに白き魔女は応接室でお茶を飲んでいた。
パクパクと出された焼き菓子を頬張る姿を、ヨルクとベリータが圧倒されたように見つめている。
それから、やってきたシャルルティーユがローズを伴ってきたことに気付いた両親だったが、やはりシャルルティーユが考えていた通り、二人は何も言わなかった。
シャルルティーユは白き魔女をじっと観察した。
八年前に、己に呪いをかけた魔女。その魔女が目の前にいる。
外見から年齢を推し量ることは難しかった。
若くないことだけは確かだったが、老人とも言い難い。
白き魔女とは言いながら、着ているものは黒いローブだった。だが自らが座るすぐ隣に立てかけてある杖だけが、光を放ち白く輝いている。
魔女は来訪者を気に掛ける様子もなく、静かに紅茶を啜り、相変わらず焼き菓子を美味そうに頬張っている。その横顔は穏やかでありながら、無邪気ささえ感じられた。
シャルルティーユが口を開こうとしたその瞬間、ようやくこちらを向いた白き魔女がにやりと笑った。
「おや。久しぶりだのう。アーガスティンの一粒種。でかくなったもんさね。この前会ったのはまだ幼子の時だったからねえ」
空気を含んだような笑い声をあげた白き魔女に、シャルルティーユは表情を険しくした。この魔女にかけられた呪いのせいで、シャルルティーユの人生は狂ってしまったのだ。
「白き魔女……!」
シャルルティーユの声の迫力に白き魔女は急に真顔になり、シャルルティーユを宥める様に柔らかい声を出した。
「すまんかったのう。お前さんに呪いをかけたのには訳があって……」
白き魔女の言葉が終わらないうちに、シャルルティーユは思わず叫んでいた。
「……白き魔女! お願いだ。私を元には戻さないでくれ!」
シャルルティーユのその叫びに、シャルルティーユの両親が目を見開き固まった。信じられないものを見るように、シャルルティーユの顔を凝視している。
そんな両親の姿を見たシャルルティーユは、申し訳なさに胸が痛んだ。
本当ならこの言葉は両親と話し合ってから告げるべき言葉のはずだった。養子を取ることと、シャルルティーユが元の身体に戻るかどうか。これは別問題だからだ。
しかし白き魔女を目の前にしたシャルルティーユは、ここに来て己の本当の気持ちに気が付いたのだ。
「ほほう……」
シャルルティーユの答えを聞いた白き魔女は、どこか楽しそうに笑った。そしてシャルルティーユの両親を見て言った。
「すまんがのう。アーガスティン夫妻は、席を外してくれ。儂はこの子たちの本音が聞きたいんじゃ。ああ、それから使用人もな」
(この子、たち……?)
白き魔女の物言いに引っ掛かりはあったものの、シャルルティーユはその場ではその疑問を口にすることを抑えた。
退席しろという白き魔女の言葉にヨルクが何か言いたげな様子を見せたが、結局ヨルクが放ったのは了承の言葉だけだった。
「……わかった。私たちは別の部屋に控えていよう」
そう言ってヨルクは己の娘、今は息子であるシャルルティーユに向き直った。
「シャル……。私たちはお前がどんな決断をしようと、それを尊重する。白き魔女は運命へと導く……。その言葉は本当だったのだと、私たちも今では理解しているよ」
ヨルクは心配そうに己の腕に手を置く妻を見つめ、微笑んだ。そしてそんな夫妻を見て、使用人たちも涙を拭いている。
この場にいる者たちは皆シャルルティーユの秘密を知る、信頼できる者たちだ。長年の夫妻の苦悩を知っている彼らは、この夫妻の決断を涙ながらに見守っていた。
「ああ、そうそう。あんたたちも心配だろうから、これだけは言っておくよ。この呪いはあんたたちの一粒種の寿命には何ら影響を及ぼさない。あんたらの子は健康そのものさ」
白き魔女の言葉に、両親は明らかにほっとした態度を見せた。そして白き魔女に頭を下げてから部屋を出て行った。
***
公爵夫妻と使用人が部屋を出たあと、白き魔女はシャルルティーユと、そして何故かローズを見て微笑んだ。
「アーガスティンの一粒種は元には戻りたくないそうだ。さて、ではあんたははどうする?」
白き魔女はなぜかシャルルティーユの隣に立つローズにも決断を迫った。
シャルルティーユはそのことを不思議に思ったが、すぐにその理由に思い至った。きっと白き魔女はシャルルティーユがローズを好きなことに気が付いたのだと。
本来ならばアーガスティン家の跡取りであるシャルルティーユの進退に、部外者であるローズの意見は必要ない。しかしもし、二人が恋仲ならばまた話は変わって来る。
シャルルティーユの気持ちは別として、実際にはシャルルティーユとローズは恋人ではなくただの友人だ。だが、この場にローズを連れて来た意味を、白き魔女は正確に見抜いたのだろうとシャルルティーユは考えた。
シャルルティーユは固唾を飲んでローズの答えを待った。
知りたかったのだ。シャルルティーユが元に戻ることを、女性になってしまうことをローズはどう考えているのか。
ほんのわずかでも、名残惜しいと思ってくれてはいないだろうかと。