やっぱりこれが運命なのかな
「……本当に、それでいいのか? シャル」
シャルルティーユの父親であるヨルクが、シャルルティーユを見つめている。同じように母親であるベリータも、瞳に涙をためながら、シャルルティーユのことを見つめていた。
襲撃から一週間後、シャルルティーユはその日決めたある一つのことを、両親に告げた。決めたとはいえ、この一週間悩みに悩み抜いたのだが、それでも己の気持ちが変わらないことを確認し、出した結果だ。
シャルルティーユがその結論を出した背景には、シャルルティーユたちを襲った者たちがリーガル公爵家の手の者だったことにも関係していた。
ローズが狙われたのは、ローズが貴族だからでも貴族の庶子だからでもなかったのだ。
その後のガスパールの調べで、今回の一件はシャルルティーユに婚約を断られた娘のため、リーガル公爵がシャルルティーユの想い人がローズであることを探り出し、ローズがいなくなればシャルルティーユの気が変わると思って仕出かしたことだということがわかった。
そして出来れば、可愛い娘を振ったシャルルティーユにも少しばかり痛い目を見せてやろうとしたのだと。
今回の件については、アーガスティン侯爵家から正式にリーガル公爵家に苦情を入れるとともに、中央の法務局にも事件として報告することになった。
しかしリーガル公爵家は権力のある家であるため、アーガスティン家一同、もみ消される可能性もあると思っていたのだが――思いがけずリーガル公爵家は今回のことで罪に問われることとなり、公爵家からもエミリア本人からも、丁寧な謝罪を受けるに至った。
しかも賠償金も支払われるという。
(まさか、これもエミリア嬢が手を回してくれたとか? って、さすがにそれはないか)
しかし、もっと早くにシャルルティーユが心を決めていたら今回のことは防げたのではないかという思いが、シャルルティーユの中から消えてはくれなかったのだ。
だから、ここへきてシャルルティーユはついに決断することにした。
「はい。アーガスティン家の跡取りには、縁者から養子をお取りください」
そう言ったシャルルティーユの心は静かだった。
その心の状態をそのまま表情に出し、シャルルティーユは両親に向けて静かに微笑んだ。
「シャル……まだ希望を捨ててはいけない」
それでもあきらめきれないとでも言うように、ヨルクがシャルルティーユに言葉をかける様を、シャルルティーユは申し訳ないという気持ちで見つめていた。
だが、どれだけ悩み、考えても、シャルルティーユの答えは同じだったのだ。
「シャル。聞いてくれ、きっと白き魔女は見つかる。実はな……」
なおもヨルクが言い募ろうとするのを、シャルルティーユ遮った。
「見つかるかもしれません。ですが、老人になってからでは遅いのです」
女性に戻ってからならまだしも、男性のままシャルルティーユが子をもうけようと思えばある問題に突き当たる。かなり俗物的な問題ではあったが、無視できない問題でもあった。
「それに……その……私が男性として妻を娶るとなると、妻となる相手に本当に子を授けられるかわからないままですし……そうなれば結局は養子を取ることに……」
シャルルティーユがそう言えば、ヨルクとベリータがほんの一瞬だけ衝撃を受けたような表情をし、すぐにそれを誤魔化した。あらためて話題に出すとなると、やはり少しばかり気まずい話題だから仕方ない。
「……申し訳ありません。父様。母様」
けれどこのことはシャルルティーユだけでなく、両親も懸念していたことでもある。だからこそ、少しでも早く白き魔女を見つけ出そうと力を尽くしていたのだから。
「……謝らなくていい。そうだな。現状、養子を跡継ぎとするのが一番良い方法なのだろうな」
ヨルクの言葉も瞳も優しく、シャルルティーユを責める気持ちは一切感じられない。
だから、シャルルティーユは己の今の気持ちを、この決断に至った理由である己の本当の気持ちを両親へと打ち明けることにした。
「……父様、母様。先ほどの言葉も私の本心ではありますが、この決断に至った理由には、別の理由もあるのです」
「別の理由?」
「はい。私には想う相手がいるのです」
シャルルティーユがそう言えば、ヨルクとベリータがが大きく目を見開いた。
「想う相手……。想う相手がいるのか、シャル」
ヨルクからの問いに、シャルルティーユははっきりと頷いた。
シャルルティーユという存在は、とても曖昧で複雑だ。その心がどちらの肉体に付随するのかが、他人にも、おそらくシャルルティーユ本人にもわかっていない。
両親にとっても、今のシャルルティーユの告白は思いもよらないものだったのだろう。
「……私はローズの事が好きなのです」
二人がさらに大きく目を見開いた。
「この気持ちが男性としてのものなのか、女性としてのものなのかは、正直わかりません。ただ、ローズに対するこの気持ちが友情でないことだけは、はっきりしています。けれど、こんな中途半端な身体のまま、ローズに想いを告げることはできません。それに……もしローズに想いを受け入れて貰えたとしても、いつ女性に戻るかわからないこの身体では……」
シャルルティーユの言葉に、ヨルクは苦しそうに眉を顰め、ベリータは口元を抑え、シャルルティーユから視線を逸らした。
「わかっていることは、このまま男性として生きても、女性に戻っても、私はきっと、ずっとローズのことが好きなのだということだけです。だから、どうか養子を迎えてください。それならば、元に戻れなくても戻ったとしても、私が結婚してもしなくても、アーガスティン家は安泰です」
男性の身体のままならば、どうにかローズを妻にすることは出来るかもしれない。けれどいつ女性に突然戻ってしまうかもわからないなか、そしてローズに女性としての喜びを与えられるかわからないなか、本当にそれを望んで良いのかという不安が付きまとう。
(子どもがいなければ駄目というわけではないけど……それでも、私は侯爵家の跡取りで、ローズの表立った身分は平民で……問題がありすぎる)
そのすべてを乗り越えてみせると決意するには、シャルルティーユの置かれた境遇が特殊すぎる。
養子を取れば、家族は出来る。その子を本当の子どものように可愛がろうと、シャルルティーユはすでに決めていた。
「お前がそれでいいのなら……私たちはもう何も言わない。だが、白き魔女を探すことは、止めなくてもいいのだな?」
「はい……。聞きたいこともありますので」
シャルルティーユは聞きたかったのだ。何故、シャルルティーユがこの呪いをかけられることになったのか。
(それに……もし、もしも、もう元の身体には勝手に戻らないとはっきりすれば……)
ローズと共に、生きられるかもしれない。
(白き魔女が、見つかれば……)
そしてせめて、どちらの身体で生きて行くかシャルルティーユ自身が決めることさえ出来れば、現状は大きく変わって来る。
だがいつ白き魔女が見つかるかわからないのでは、どうしようもない。
だったら、シャルルティーユは一人で生きて行く。
ローズを想いながら、ローズの幸せを祈って生きて行く。
シャルルティーユがそんないっそ清々しい想いを噛みしめていると、ヨルクが難しい顔で話しを切り出した。
「……シャル。先ほど言いかけた話だが、実はな……つい先日、白き魔女を見たという人物の情報が手に入ったのだ」
「……それは!」
シャルルティーユの声には、我知らず興奮がにじみ出ていた。
この八年間、シャルルティーユの両親はずっと白き魔女を探し続けていた。人を雇い、全国に散らばせ、様々な伝手を使い、どんな情報でも良いからと探し続けていたのだ。
「半年程前、隣の領地で白き魔女らしき人物を見たという情報がある。半年も前のことなので、すでに別の場所へ行っている恐れはあるが、この八年で唯一得た信憑性の高い情報だ」
信憑性の高い、とヨルクが言うからには、本当にこの情報が真実である可能性が高いことを示していた。
これまで得た情報はと言えば、噂や、酔いに任せた際の与太話の域を出るものではなかったのだ。
「だが、信憑性は高いが必ず見つかるとは確約できない。もしかしたら、また残念な結果に終わるかもしれない」
「……はい」
それでも、ヨルクからもたらされたその情報はシャルルティーユにとっては一つの希望であり、何故だかわからないが、シャルルティーユの中にはもうすぐ白き魔女が見つかるのではないかという、妙な確信があった。
(私が一つの決断をした途端の、この情報だ。私の運命は、養子を迎えると決断したこと、ローズを想い続けると決意したこと、どっち……?)