魔女に呪いをかけられた
漆黒の闇を照らす、何本もの蝋燭の明かり。
窓の外では稲妻が光り、少し遅れて雷鳴が轟いている。夕方にはぽつぽつと大地を湿らす程度だった雨は、現在では隣に座る者の声さえも集中しなければ聞こえないほどに轟轟と降りしきっていた。
昼から始まった話し合いは、深夜になってもまだ終わらなかった。
集まったアーガスティン侯爵家の者たちはすでに案を出し尽くし、誰もが悲嘆にくれている。
そんな中、家長であるヨルク・アーガスティンが、ぽつり、と言葉を落とした。
「本当に……無理なのか」
「ううっ……」
ヨルクその言葉を受けた妻ベリータが、嗚咽を漏らす。
「これではシャルルティーユがあまりにも……」
ヨルクは愛娘が眠っている部屋の方角を、涙で霞む瞳で見つめた。
ヨルクとベリータの娘シャルルティーユは、ヨルク譲りの金色の髪、妻譲りの紺碧の瞳の美しい花の顔をしており、長じれば花のように可憐な娘になる。幼子ながらもそう確信できる美しさであった。
「ヨルク様……。そのことについては何度も申し上げました。この呪いは白き魔女から受けた呪い。運命……でございます」
黒一色の衣を纏ったアーガスティン縁の魔術師が、ヨルクに残酷な事実を告げた。
白き魔女とは魔法に長けた良き魔女に送る尊称だ。白き魔女と対をなす存在は黒き魔女と呼ばれ、悪しき魔女とされていた。
シャルルティーユに呪いをかけたのは暁の魔女と呼ばれる、大変腕の良い白き魔女だった。
そして白き魔女から受ける呪いは、黒き魔女が用いる通常の呪いとは異なるとされている。
白き魔女のかける呪いは、相手を滅ぼすためにかけられるものではない。その者を正しい運命へと導くためにかけられるものだとされていたのだ。
それでも、呪いをかけられた者とその者を愛する周囲の者たちのほとんどが、素直にその呪いを受け入れることはなかった。
そしてアーガスティン家の者たちも、その例に漏れず ――。
「このような……このような運命があってたまるか!」
ヨルクの叫び声を聞いたベリータが、堪えきれないとでもいうかのように、両手で顔を覆って泣き出した。
ヨルク・アーガスティン侯爵の愛娘、シャルルティーユ・アーガスティンが白き魔女から呪いを受けたのは、十の集いを終えた直後、奇しくもシャルルティーユの誕生日のことだった。
十の集いとは、国が主導する行事のことであり、十の集いの他に、十五の集いもある。
十の集いも十五の集いも挨拶は年に一度。この国の貴族は十歳になる年と、十五歳になる年に王都へ行くことが定められていた。
なぜそんなことをするのかと言えば、王と王妃とに謁見し貴族であることの自覚を促すのと同時に、貴族の子どもたちの顔合わせの機会を設けるためでもある。
特に十の集いは早くから交友関係を築くためには必要なものだったのだ。
王都に近い貴族ならば友人や婚約者候補を探すのにもそれ程の苦労はない。しかし遠くの領地に住む貴族は、家格に見合う相手を探すのも一苦労となる。
近隣の領地に見合う相手がいれば良いが、歳が離れていた場合友人になるにも、ましてや婚約者となるのも難しい。
むしろ貴族の自覚云々より、そちらの意味合いが強い集いである。
シャルルティーユもつい二日前に、この集いにて王と王妃にはじめての挨拶を済ませたばかりだった。
集いの前日には王都入りをしたシャルルティーユと両親は町中に高級宿を取ったのだが、家を出ること自体がはじめてだったシャルルティーユは、ヨルクとベリータが少々困惑するくらいのはしゃぎようだった。
アーガスティン領は王都から馬車で二日というそう遠くない距離にはあったが、自然が豊かなほど良い田舎具合だった。
そんな田舎の領地で育ったためか、シャルルティーユは十歳になってもまだ子どもじみたところがあったのだ。
しかしそんなシャルルティーユの様子を、ヨルクもベリータも微笑ましく見守っていた。
多少子どもっぽくお転婆なところは見られたが、淑女に必須とされている刺繍はどうやら得意なようだったし、領主の一人娘に必要な教育はちゃんと行っていたからだ。
そしていずれは婿を取り、その者と一緒に領地を盛り立てていって欲しいと思っていたのだ。
婿が優秀であれば、シャルルティーユ自身にはそこまで厳しくしなくとも良いだろうと。
それに明日は初めて正式な挨拶を、王と王妃の前で披露しなければならない。緊張を解そうという意図もあり、その日、二人はシャルルティーユの思うままに行動させていた。
そうして十の集いにて挨拶を済ませたその後は泊まっていた宿のある町を探索し、楽しい思い出を作ってから領地へ帰って来たというのに――。
王都から領地に帰ってから二日後。アーガスティンの領地に白き魔女が現れた。
突然アーガスティンの邸に現れた白き魔女は、庭で遊んでいたシャルルティーユに呪いをかけた。
以下はシャルルティーユの傍にいた使用人の談である。
呪いをかけられたシャルルティーユの身体からは眩いばかりの光が放たれ、その光が終息すると同時に、シャルルティーユはその場で昏倒した。
光に驚いたヨルクとベリータが駆け付けたときには、すでに白き魔女は消えていたそうだ。
――白き魔女のかける呪いは運命へと導く。
それはこの国に古くから伝わる言い伝えではあったが、誰も信じてはいなかったし、それはヨルクにしても同様だった。
己の一人娘であるシャルルティーユに呪いがかけられるまでは、そんなものはただの伝説だと思っていたのだ。
呪いは呪い。
白き魔女だろうが黒き魔女だろうが、同じことだと。
だが今は違った。ヨルクはその言い伝えを心から信じている。
娘に呪いをかけた白き魔女に対する恨みも憤りもあったが、それでもこれはいずれ娘のためになるのだと、そう己に言い聞かせていたのだ。
否、その言い伝えを信じなければ、精神の均衡を崩しかねなかったのだろう。
ヨルクは変わってしまった我が子の姿を思い出し、一筋の涙を流した。