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薔薇の涙

 クララはとんでもない失態を犯したと城から逃げるように出ていった。

 (エリアス様に……エリアス様に変な事を言ってしまった!)


「あー!!どうしよう!」

 クララは邸宅のベットの上で頭を抱えた。寝ぼけていたとはいえ、大泣きしてしまった。全てを忘れたエリアスにとって何が何だかわからないはずだ。だが、エリアスはなぜ、

 『前の』

 と言ったのか。クララはガバッと起き上がりエリアスの言葉をもう一度思い出した。

 (なぜエリアス様は図書室に現れたの?なぜ、前の……と言ったの?なぜ、髪に触れてくれたの?)

 クララは目を閉じあの時のエリアスの行動を思い出そうとした。

 (いや、その前に奇妙な夢を見たわ……)


 考え込むクララを見守っていたカルメラは遠慮気味に声をかけた。

「クララ様、お帰りが随分早かったようですが、今日の会議はいかがでしたか?」

 カルメラの言葉を聞いたクララは目を見開き飛び起きた。

「あ!会議!!会議に、会議に出席し忘れたわ!!!」

 カルメラはその言葉を聞き唖然とした。クララは一体何をしに城へ出かけたのだろうと、慌てふためくクララを見て慌ててカルメラは執事のクリフトンを呼びに行った。

「クララ様……」

 クリフトンは情けないと言いたげな表情を隠さずクララに声をかけた。クララは体の力が抜け、魂が抜けたような表情を浮かべ呟くように言った。

「クリフトン、もう本当、どうしたらいい?」

「……わかりかねます」

 流石の執事もクララの失態にお手上げだ。重々しい空気が漂う。


「クララ様、会議は今日だけでしたっけ?」

 沈黙する二人の圧力に耐えられなくなったカルメラが聞いた。

「……わからない、本当に、どうしよう、もう恥ずかしくて死ねるレベルの話しです」

 クララは流石に落ち込んだ。エリアスに気を取られ全てを忘れ逃げ帰ってきた自分に呆れ大きなため息を吐いた。

「明日、城に行って謝ってきます。誰に謝れば良いのかわからないけど、兎に角謝りに行きます」

 その夜、精神的な疲れが出てしまい何も考えることが出来なかったクララは倒れるように眠った。


 

 翌朝クララは正装に着替え城に行った。変わらず城はクララを拒否するように無言の圧力をかけてくる。頭痛はないが、体がズシンと重くなった。

「タピア公爵様、今日はどのようなご用件で?」

 城のエントランスで初めて見る男性に声をかけられた。その男性は落ち着きある雰囲気の男性で優しく微笑みながらクララに聞いた。物腰の柔らかさもあの憎きセルゲイとは大違いだ。内心セルゲイがいなくて良かったと思いつつも、クララはその言葉を聞き今日は会議がないのだとわかった。

 (どうしよう、このまま帰るべきなのかもしれない)

「今日は、用事はありません」

 クララはそう言って肩を落としまた馬車に乗り込もうとした。

 (私は一体何をしているんだろう?)

「クララ?何をしている?」

 城の中から偶然エリアスが現れ馬車に乗り込もうとするクララに話しかけてきた。クララはエリアスの姿を見て押し寄せる複雑な心境を隠すよう頭を下げ挨拶をした。

「エリアス様、おはようございます、今日もご機嫌麗しく……」クララは内心パニックになっている。まさかエリアスが現れると想像もしていなかっただけに適切な言葉が思い浮かばない。それにエリアスを目の前に封印したはずの恋心が膨れ上がり、それと共に忘れられた深い悲しみと喪失感がクララの胸を圧迫する。苦しくて苦しくて逃げだくなる。けれどエリアスにとってクララのその気持ちも、そんな行動も意味がわからない。二人は特別な関係ではなく、クララはエリアスに仕える公爵家の当主だ。

 クララは両手を握りしめ顔をあげ、万感の思いを飲み込みエリアスに微笑んだ。


「昨日はよく眠れた?」

 エリアスは眩しいほど美しい笑顔をクララに向けた。

「はい、おかげ様で、あ,違う、こんな話ではなくて、あの、エリアス様、」

 クララはその笑顔を見てときめく、だが、すぐに昨日の失態を思い出し、恥ずかしさに顔を赤らめ言った。

「昨日は大切な会議に出席せず、ね、眠ってしまい、申し訳ありませんでした。それを謝りたくて、本日、こちらに参りました」

 クララはエリアスに向かって深く頭を下げた。

 (どうかこれ以上何も聞かないで!)

 クララはそんな思いを伝えるかのように黙って頭を下げ続けた。


「……クララ、一緒に散歩をしよう」


 エリアスは徐に庭園に向かって歩き始めた。クララは顔を上げ歩き出したエリアスの後を追った。心臓は高鳴り、変な期待が湧き上がる。

 (もしかして何かを思い出してくれたかもしれない)

 だがすぐにその淡い期待を打ち消す。フランシスカだった頃何度そう思ったか。でもルカスはフランシスカが自決する直前までフランシスカのことを思い出さなかった。クララは悲しみで胸が押しつぶされそうになった。泣いても叫んでもエリアスがクララを思い出す事はない。前を歩くエリアスを見てその現実がひしひしと伝わってくる。以前ならクララの手を取り一緒に歩いてくれたエリアス。そんなエリアスはもう居ないのだ。


 今日のエリアスは昨日と同じく正装姿。皇室のカラーである白の上下にマントも白、紋章は銀の刺繍で眩しいほど美しい。一部の隙も無いエアリスのオーラが二メートル程離れて歩くクララにも伝わって来る。エリアスの長い髪は腰まであり時々風に揺れ滑らかにカーブを描く。

 あの頃からエリアス様の美しい髪が大好きで触れるたびに幸せを感じていた。

 (今は触れることはできないけど、見るだけでも幸せです。そういえばエリアス様はずっと髪を伸ばして居るけど、何か意味があるのかしら?)


「クララ、フランシスカの薔薇だよ」

 エリアスが言った。クララは白い花弁に花芯が真紅の薔薇の前に立ち思った。花芯が赤はフランシスカがルカスに捧げた愛の心。この花芯が白に変わる事はない。クララはエリアスがルカスだった過去の記憶も失った事をあらためて思い出した。

「炎に薔薇、フランシスカ・タピアの心はミラネス王家に捧げておりました。それがこの薔薇の色に現れております。私も同じ思いでございます。」

 (本当は、フランシスカの心はルカスに捧げていますと言いたかった。そして私も、、この薔薇の前で、、、エリアスに愛を捧げたかった)

 クララはフランシスカの薔薇に触れた。


「クララ,このバラは五百年間花心が白だったんだ」

 エリアスは言った。クララにはわかっている。ルカスはずっとずっとフランシスカに心を捧げていた。クララが現れるまで。花芯が白はルカスがフランシスカに捧げた愛の心。その逆はフランシスカがルカスに捧げた愛の心。もう花芯が白になることはない。エリアスがクララを愛する事はないのだ。

 クララはその現実を改めて感じ、急激な悲しみに襲われた。震えそうな両手を握りしめる。


「……クララ、綻ぶ薔薇と言われているクララの涙を私は二度見た」

 エリアスは突然クララに言った。

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