セルゲイの気持ち
エリアスの執事セルゲイは図書室のドアの外でエリアスとクララの会話を聞いていた。初めてクララと会った時、たかが公爵家の分際であの美しく高潔なエリアス様に抱きしめられている事が許せなかった。幼い頃からエリアス様の側で支え、この人離れした神のように美しい王子に似合う女性は地位も名誉も美貌も全て持っている姫か、世界に一人だけと言われる聖女様だけだと思っていた。だけどエリアス様はクララを選び愛してしまった。
だからあの日初めてクララと挨拶を交わした日、エリアス様がクララを抱きしめている姿を見てクララに対し怒りが沸き起こり声を掛けずにいられなかった。
タピア公爵家は確かに王家にとって重要な公爵家だが、クララは事もあろうにエリアス様の精霊イフリートの主人になり、一方でイフリートを召喚出来ないエリアス様は最初の頃、地下の戦いで苦戦し、数日から一週間起き上げれないこともあった。その時は男だと思いこの先十分に忠義を尽くせば、と思っていた。しかし女だと判明した後、クララはフランシスカの生まれ変わりだとわかりますますエリアス様はクララに夢中になった。どうにか引き離す方法はないかと模索していた時、エリアス様はクララがフランシスカだった事を思い出して欲しくない事がわかった。過去の記憶を思い出したらクララに嫌われてしまうかもしれないと、そんな話をセリオとしている事をたまたま耳にし、あのパーティの日、偶然クララに接触するチャンスが巡り、クララが無くしたリボンを咄嗟に隠し、同じリボンに覚醒の神力を注いだ。元々のリボンはエリアス様の力が込められておりクララはその力に守られていることも気に入らなかったからだ。覚醒の神力の効果で案の定、自分がフランシスカだった事を思い出しエリアス様から離れようとした。
しかし、今日またクララはエリアス様に自分の思いを伝えようとした。それだけは許さないと邪魔をしたのだ。例えエリアス様の怒りを買ってもこの選択が正しいかったといつかはわかってくださると信じている。
この先どうやってクララをエリアス様から排除するか悩ましい。黒龍の戦いで使う聖剣ダーインスレイフの特性がわかり一旦は安心した。愛する人を忘れるとはなかなか素晴らしい。願っても無いことだ。しかし、クララが聖剣ミスティルテインを入手してしまいその希望も絶たれた。だが諦めるわけにはいかない。あの美しいエリアス様は絶対的な王でいなくてはならない。もう失敗は許されない。クララをエリアス様から離すのだ。セルゲイは決意した。
クララは一週間後の戦いに向け準備をしていた。何を持ってゆけば良いのか分からなかったが、セリオが前回地下の戦いと同じで良いと言われ制服とローブあと少しの食料と水をカルメラに用意を頼んだ。エリアスと一緒に地下に行けることはクララにとって安心感があった。それに今回は聖剣ミスティルテインで戦うと言ってくれた。エリアス様の魔力があればダーインスレイフでは無くても問題ないだろうとセリオ様も言っていた。いざとなれば私たちもいるし、、手伝えるのかは分からないが、でもここで待っているよりもきっと何か出来る。そう思うと少し安心し、またエリアスのことを考えた。エリアス様は私がフランシスカとしての記憶を取り戻した時、愛していると言ってくれた。でもあの言葉は私がフランシスカだったから愛していると言っているように聞こえた。クララとして愛してもらえる理由を考えてみたが考えるほど何一つ思い浮かばない。嫌いになる理由は逆に沢山ある。イフリートのことから始まり、嘘をついていたこと、タピア家のこと。やっぱり好かれる理由はない。クララは首を振りこれからのことを考えた。新しい世界が始まったらどんな風に変わるんだろう。人々が平等に精霊から祝福を受け、エリアス様も自由になり、私たち公爵家も自由になれる。次期当主の心配をしなくても、魔法石に選ばれなかったらと心配することも何にもない。普通に信頼関係だけでエリアス様をお守りする事が出来る。ルカスとフランシスカのような悲しい恋もしなくて良くなる。自由になれる。そんな世界を必ず実現したい。みんなが笑顔になれる世界を。
戦いを翌日に控えた夜、クララは庭園にある薔薇の前にいた。真紅に花芯が白。薔薇の香りが辺りに漂い、ロサブランカを召喚したような甘くうっとりとした気分になった。まるで恋に溺れるような、愛する人に抱きしめられているような多幸感だ。
クララはさまざまな薔薇の花を見ながら幾重にも花びらが重なりまるで牡丹の様に大きな薔薇の花を触っていた。思ったより弾力がありボワンボワンした花はよくよく見るとロサブランカの頭の上に王冠の様に乗っている薔薇にそっくりだった。薄い、とても薄いピンクの薔薇は上品で確かに薔薇の女王の様に咲き誇っていた。クララはその香りを楽しみ、丸みがある花弁を一枚一枚眺めていた。幾重にも重なる花弁は大きく華やかでロサブランカそのものに見えた。「クララ」エリアスの声がした。クララは顔を上げ辺りを見回したがエリアスの姿は見えない。「クララ」 もう一度後方から呼ばれ振り向くとエリアスが立っていた。薔薇を背景に立つエリアスは精霊王の血が入っていると納得できるほど美しく、エリアスの真白なマントが緩やかに風にはためきその姿はもはや神の領域にさえ思えた。ますます眩くなるエリアスを少し遠くに感じた。その遠さは二人の距離というよりも、神と人間、そんな比べることのできない崇高な者に対しての気持ちに似ていた。




