五百年の思い
(まさか、レオンが、イフリートを……)
思わずセリオを見るとセリオも驚きの表情を浮かべエリアスを見た。思いは一緒だった。しかし当のレオンは動揺し震えていた。近くでレオンを見たい、そう思いエリアスはすぐにレオンに近付いた。確証は無い、彼がフランシスカだと言う確証はない。だけどあの美しくも儚く揺れる瞳に一気に惹き込まれた。
初めての食事会の夜、レオンの魂が薔薇の精霊に愛されているとわかった。レオンの目に前にあった薔薇が全て咲き乱れ輝いた。
(薔薇に愛されている)
エリアスはますますレオンの事が気になった。それからセリオと共にレオンを監視するようになり、次第にいつからかレオンは女の子じゃ無いかと思い始めると同時に、フランシスカだと確信していった。ただ、どう言った理由でレオンになりすましているのかエリアス達には分からなかった。
メイドのカルメラの協力も得ながら、見極める為レオンを図書室に呼び出しながらの日々を繰り返した。そのうちにレオンは本物のレオンじゃなく身代わりだと疑い始め、レオンはクララ・タピアじゃ無いかと思い始めた。あの合宿の日、ウーゴ・タピア、レオン・タピアの出現によりはっきりとわかった。
彼女は五百年の間、ずっと探し待っていた人。
彼女はクララ・タピア。私の二歳年上の人。
ルカスとフランシスカは同じ年だったが、フランシスカはルカスが死ぬ二年前に死んだ。クララが二歳年上だった理由を考えればすぐに答えが出ていた。クララはエリアスの為に、その忠誠を誓うために命を差し出した。
フランシスカとクララ、その魂は何一つ変わっていなかった。
ギリギリのところでクララを助け目覚めるまでエリアスは何年でも待とうと決めた。クララがいる今世、ナイアデスとの約束、このループを終わらせ精霊王を解放すると決めた瞬間だった。
クララが目覚めようやく男として接することが出来たエリアスは、クララと愛し合うようになった。夢のような日々。その頃クララは音のない世界に行き、ナイアデスの泉の底に沈んでいたミスティルテインを持って帰ってきた。あの悲しみの泉はクララがその手で昇華させた。これこそ運命だと感じた。
ただ、まだクララは自分がフランシスカだったその記憶を取り戻していなかった。いや、取り戻したくなかったのだ。その理由はフランシスカがそれほどまでに傷ついていたからだ。
(私が、ルカスだったとクララが知ってしまったらきっとここから去ってしまう)
そう考えたエリアスはクララに過去を思い出して欲しくないと切実に願っていた。エリアスはその現状に一人不安になりながら五百年前の出来事を思い出していた。
*
ルカスだった時、目の前でフランシスカが死に、それから全てを思い出した。
ルカスは自分が死ぬ瞬間までこの世界を恨み、神を憎んだ。憎き神殿に亡くなったフランシスカを安置したのも神を憎むことを忘れないように、この魂に恨みを憎しみを刻むためだった。そしてフランシスカに再び会うことが出来たなら『この世界を終わらせる』という強い意志を魂に刻んだのだ。
フランシスカを失った時から日を追うごとにその現実がルカスの心を苦しめた。フランシスカを忘れたことでどれほどフランシスカを傷つけたのか。一人で娘を産み育て、何を思っていたのか。そして、一族の当主としてけじめをつける為、敵対する相手の側室になり一人で敵国を崩壊させた時、どんな気持ちだったのだと考えるだけで息が出来なくなった。そして愛するフランシスカが側室になった過去を受け入れることができず気が狂いそうになるほどの嫉妬と後悔がルカスを地獄に落とした。
生き地獄のような日々。どんなに泣き叫んでも怒り狂ってもフランシスカはもういない。
憎き相手の側室になってもルカスに対する愛は一切揺らぐ事がなかったとフランシスカを失った後にわかっても、二度と目を覚まさない愛しい人を一番傷つけたのは紛れもなくルカスだ。
ルカスの妹、アデリナが独り立ちできる時が来たら精霊王の心の世界で死のうと、彼女と再び巡り会えるように初代エリアスの母方の血統、泉の精霊王ナイアデスに願った。
初代エリアスが神との誓約を結んだ時からこの音のない世界に囚われているナイアデスを妖精王を必ず解放する。その封印を解くと願い約束をした。
そして今再びクララに出会えたのだ。
けれどそんなエリアスの思いもクララには関係がない。彼女は彼女の痛みを抱えておりフランシスカだった過去を思い出したくないのだ。
私を最後の瞬間まで愛してくれた人は私を忘れたい。
その現実にエリアスは絶望を感じていた。そして神の使いであるセルゲイはクララを排除しようとし、案の定クララは辛い記憶を思い出しエリアスから離れて行った。それでもエリアスはクララを諦めるつもりは一切なかった。
約束通り精霊王を解放する為、皆に真実を話そうと決め、全員を集め神の力が届かない図書室で真実の話をした。クララはフランシスカの記憶を完全に取り戻したことでルカスの苦しみを思い出し、エリアスの苦しみも同時に理解し共に戦うと言ってくれた。そして戦いが終わったら私に愛を誓うと言ってくれた。
しかし黒龍との戦いでセルゲイの策略にはまり結局エリアスは神の力に屈してしまった。
*
クララ、私はクララを忘れたくなかった。
エリアスは大地に突き刺したミスティルティンを鞘にしまい、エリアスに跪く四人の公爵達の前にきた。新しい神が降臨し、新しい世界が始まった今過去を思い出しながら目の前にいるクララの手を取った。クララは顔をあげ立ち上がりエリアスに笑いかける。カルロス、グロリア、ダフネも立ち上がりエリアスとクララに近寄った。全員は顔を見合わせた。
「皆、全てが終わり我々は新しい世界を手に入れた。そして自由な人生も!」
エリアスの一言に全員が飛び上がり喜びを爆発させた。クララは目の前のエリアスを抱きしめ言った。
「エリアス様!!ご無事で、本当に夢のようです」
エリアスはクララの言葉を聞きクララを強く抱きしめた。クララがそう思ってくれることがエリアスにとって夢のようだった。
「エリアス様!!ありがとうございます!」
「新しい人生が歩めるだなんて!!ありがとうございます!」
「皆が自由に生きられる世界!共に歩めることが嬉しいです!」
カルロス、グロリア、ダフネも喜びを爆発させ二人に飛びついた。そこにセリオも現れ全員が新たな世界の誕生を喜び抱き合った。
エリアスはクララを抱きしめながらあの頃のことを思い出した。
クララ、君がレオンだった頃、一度神殿で会ったことがあった。あの日、音のない世界に向かう時、絶望的な気持ちであの世界に向かう途中、君に会えた私がどれほど勇気づけられたか君は知らないだろう。この孤独な戦いが自分だけの戦いじゃなくなった瞬間だったと言ったらクララはどう思う?
君が思う以上に君のことを見ていたと言ったら。
ずっと、五百年間クララを待っていた。
この五百年の間に何度も生まれ変わりその度に今じゃなかったと、黒龍との戦いで何度泣いたか。あの階段のフランシスカという文字をこの五百年の間に何度も触り君を待ち続けた。
ずっと、クララだけを待ち続けていたと言ったらクララ、君はどんな返事をするのだろう?
私は再びクララを忘れて傷つけ死に追いやった。だけどあの時と違うのはセリオや、信頼できる仲間がクララを支え、私を助けてくれた。今こそその思いに報いる時だ。
新しい世界を愛する人と、信頼できる仲間と共に作り上げる。
エリアス達は崩れたナバス城に立ち、神と精霊と人間が共存できる世界、誰もが平等に生きられる帝国を作ると全員に誓った。