新しい世界
「このナバス帝国ができた時の話だ。初代エリアスは神の血が入っており精霊王である私、ベルダを封印しこの世界の人間が平等に受けられるはずの精霊の祝福を受けさせないようにし、この四つの公爵家との誓約を作った」
精霊王は言った。
このナバス創世記は人間と神と精霊が作った国。
初代エリアスは人間が初めて神によって創り出された頃の性質を強く持った男だった。エリアスの母は泉の精霊ナイアデスの血を引いておりまさしく神と精霊の性質を持った人間。その恐るべき能力を持ったエリアスは人の範囲を超え一代で巨大な帝国を作り上げた。その性質がゆえ人を信じ愛することが出来なかった。それゆえ神と契約をし、神を敬う代わりにこのナバス帝国とミラネス王家を絶対的なものにしようとした。その方法は簡単だ。限られた人間しか魔法を使えないようにする為に精霊王を封印し、その祝福を神がえらんだ人間のみに与える。その人間だけが魔法が使えるようになる。四つの公爵家の当主だけが魔法を使える理由はここにある。
表向きは公爵家との絆を深めるためと言い、その実は神の力でその命を精霊の魔法石に変え公爵家を束縛をした。公爵家は皇帝によって莫大な利益を得られる為、絶対に王家を裏切ることはない。
一方で神は、王家が神を裏切らないようにする為、皇帝となる者が命をかけても惜しくないと思うものを奪った。大切なものを忘れた皇帝は即位後次第に喜びや悲しみの感情をなくし、次の世代に繋ぐだけの存在になる。神に対する疑問も不満も無く帝国民に布教を促すだけの存在となり、神はその祈りの力で自らの神力を高めた。
時々意志の強い王が現れると神の代理人である執事が邪魔なものを排除し、神の意に沿うように導く。神の力は一代で半減するが、半減した頃に次の世代の王が精霊王の心に入り、力をつけた精霊達を排除してゆき最終的に精霊王の化身である黒龍を瀕死の状態にさせ精霊の力を抑えその結果神力が復活する。このループを永遠に行い今日まで来た。
「もし私が初代エリアスと同じ心を持っていたらまた同じことを繰り返すぞ?」
エリアスは言った。
「初代エリアスはお前と同じ能力を持っていた。だが大きく違ったことは彼は人を愛さなかった。しかしお前は違う。」
精霊王は言った。
「ああ、違う、私はクララを愛し、ここにいる友人達を信じている。皆が笑顔で生きられる世界を作りたい。さあ、今かえら精霊王を封印する水晶を壊し、神を崇める神殿を破壊する」
エリアスはそう言ってミスティルテインを手にし魔法を唱えた。
ゴゴゴッ!!
精霊王の心の世界に轟音が鳴り響く。それと同時に精霊が眠りから覚めたように地面から姿を現す。木の精霊、草の精霊、花の精霊、大自然が目覚め始めた。
ドーン!!
大きな音と共に地鳴りがし、大地と空はひび割れた。そこからすべての精霊が精霊王の心の世界に雪崩れ込んだ。光が溢れクララは眩しさに瞼を閉じ、ゆっくり開けると世界は一変していた。どこまでも続く草原と心地の良い風、新鮮な空気。エリアスが精霊王を封印する水晶を破壊したのだ。
目の前にいるエリアスはまだ攻撃を続けている。クララはカルロス、グロリア、ダフネと手を繋ぎエリアスの戦いを見つめていた。
エリアスは帝国全ての神殿に攻撃を始めた。エリアスの側にいるセリオは時の精霊を召喚し時間や空間を凌駕し神殿を攻撃できるようエリアスをサポートしている。エリアスは炎の魔法を使い神殿を壊した。その時空に暗雲が広がり初代エリアスと契約を交わした神アーテーが現れた。アーテーは全身を包帯のような布でぐるぐるに巻かれ、その体から黒い血のような液体をポタポタと垂らしている。神殿に祀られていた神聖な姿とは真逆の姿だ。黒い液体が落ちた大地は一瞬にしてすべての命が奪われ、その命の光がアーテーに吸収されて行く。命を奪いそれを生命力に変えるそれがこの世界の神アーテーの姿だ。
その様子にクララは恐怖に顔を歪め不安に身を震わせた。
(エリアス様!逃げて!!)
クララはエリアスを見る。しかしエリアスは顔色も変えずアーテーを見ている。アーテーの神力は精霊王の出現により弱まっている。アーテーは神と精霊王の性質を備えたエリアスを自分の器にしたいと手を伸ばす。この手に触れられたらエリアスの命は奪われる。エリアスは、スゥーと伸びてくるその手を避け、狂気の神アーテに向かって走り出した。アーテーはその手を再びエリアスに向け、その手がエリアスを掴もうとした。クララ達は息を呑む。エリアスが捉えられてしまえば全てが水の泡だ。空気が凍り頭の中が真っ白になった。
「エリアス様!!」
クララは叫んだ。エリアスがその手に掴まれる瞬間、セリオの魔法が発動されアーテーの時間が止められた。精霊王が復活し、精霊の力が神を止めたのだ。
「これで終わりだ!!」
エリアスはミスティルテインを振り下ろした。
その瞬間世界が暗黒に包まれた。全ての生命がその動きを止め、死の世界が現れた。物音ひとつなく、静寂の世界。まるで音のない世界だ。
クララ達四人は全員しゃがみ込み身を寄せ合った。繋がれている手の温かさだけが頼りになる。
(エリアス様、セリオ様は?)
クララは我にかえり顔をあげた。その時世界が一変した。虹色の光が暗闇を照らしどんどん広がってゆく。世界は彩りを取り戻したように輝き始めた。
その光の中心にエリアスとセリオがいる。
エリアスはナバス帝国にあった全ての神殿の痕跡を風の魔で吹き飛ばし水の魔法で浄化し土の魔法で全てを草原に変えた。
クララ達はエリアスの圧倒的な力を目の当たりにし、神と精霊の性質を持っているエリアスと同じ時代に生まれたことに感謝をした。エリアスは全てを生かす皇帝、そんな人間を君主として支えることができる自分達を誇りに思った。
そしてその性質と魔法があれば全て思いのまま動かせる力があるにも関わらず、それを私利私欲のために使おうとせず、皆が楽しく暮らせる世界を作ると言ったエリアス。自分達を純粋に信じ仲間だと言ってくれたエリアスを死ぬまで支えると全員が誓った瞬間でもあった。
エリアスは皆の方を振り向き、微笑みかけ、聖剣ミスティルテインを両手に持ち地面に突き刺した。
封印を解かれた精霊王が姿を現しエリアスの元に跪きその手に感謝のキスをした。精霊王が復活し、それを大自然が喜ぶ。蝶が舞い花咲き乱れ眩い光が世界を包み込んだ時、新しい神が降臨した。
その神はハルモニア、調和を司る女神が新しい世界の神となった。
光の粒が空から降り注ぐ。神の祝福の光の雨だ。世界は祝福に包まれた。