薄れる意識の中、想う人
「クララ・タピア公爵、なぜ城を壊そうとし、神殿を、セリオを攻撃したんだ?」
エリアスは悲しみをたたえた瞳でクララを見つめ言った。クララはあの頃のエリアスじゃない、本心じゃないとわかっているが、それでもエリアスに言われるたび、心にナイフを突き立てられたような苦しみがある。やりきれない絶望感に押しつぶされクララは答える事ができない。
「クララ、何か言うんだ、誤解だと、お前はそんな人じゃないって」
カルロスが立ち上がりクララに向かって言った。その怒りを含んだ強い声色が会場全体に響く。
「そうよクララ、あなたが何も考えないでそんな事をするなんて思えない」
グロリアも立ち上がった。グロリアのその瞳はクララを信じていると誰が見てもわかる。
「クララ、あなたの信念を突き通せば良いのよ」
ダフネも立ち上がり穏やかな口調で言った。その言葉を聞き会場はざわめいた。
帝国の公爵家がエリアスを目の前にし、クララを庇ったのだ。
「タピア公爵、何か言えないのか?」
エリアスは三人の言葉を気にする様子も無くクララに聞いた。その声は飄々としており、その一言は何一つ感情を感じる事ができない凄みがあった。クララはそんなエリアスを見て暗闇に突き落とされるような気持ちになった。感情を失いつつあるあエリアスを見ることが辛い。
(一秒でも早くエリアス様を音のない世界に連れて行かなきゃエリアス様が消えてしまう!)
クララは事を起こす覚悟を決めエリアスに言った。
「エリアス様、私は私の信じる道を歩んでおります。誰一人私を忘れても、誰一人私を信じてくれなくても、私はやらなきゃならないのです。それを成し遂げた時、真実が見えるから……」
クララはエリアスをみつめた。その眼差しはエリアスへの愛が溢れている。エリアスはその瞳を見て何も考えられなくなった。クララはゆっくりと瞳を閉じ、大きく息を吐いた。
(今しかない!)
クララは瞳を開け、拘束魔法を解き、その場から走り去った。その場にいる全員がクララの行動に驚き動けない。
(このまま神殿に入りエリアス様を地下に誘導しよう!)
「タピア公爵が逃げたぞ!!」
すぐに騎士達がクララを追いかけ始めた。
カルロス達は逃げたクララを見て現実を受け入れられず呆然としたが、ダフネがクララを追いかけ始め我に返ったカルロスとグロリアもそのあとを追った。
聖女クルスもクララを追って走り出した。
クララは敵だ。逃してしまったらナバス帝国が崩壊する。
エリアスはクララの言葉を聞き全身に雷が落ちたような衝撃を受け、動けずにいた。
(誰一人?クララを忘れたとしても?忘れる?クララを?どういう事だ?)
エリアスはその言葉が引っかかった。何か大切な事を、思い出しそうになった時、騎士がエリアスに言った。
「エリアス様!大変なことが、神殿の中でクララ・タピアが聖女様を人質に!!」
その言葉を聞いたエリアスは全身の血が体から抜けたようになり、足元に力が入らなくなった。すぐにテーブルに手をつけ体を支え、震える唇を開き息を吸い込んだ。
(信じられない。クララが人質をとるような卑怯な真似をするなど……)
エリアスはこれが夢であってほしいと願ったが、騎士がエリアスにもう一度言った。
「クララ・タピアがミラネス王家を裏切り聖女様を人質に!」
エリアスは我に返り神殿に急いだ。神殿に入るとクララがクルスにナイフを向け『それ以上近づいたら聖女を殺す』と叫んだ。
(あのクララが、聖女を殺す?)
エリアスはクララがそんな事を言うのが信じられなかったが、クララの瞳を見て本気だとわかった。だが、クララはとんでもない事を言っているが、その瞳は清らかで一切の濁りがない。何が彼女をそこまでさせるのか?王家に忠誠を誓ったフランシスカの薔薇は枯れていない、だけどクララがやっていることはこの国を破壊する行為だ。心と行動がなぜ一致していない。
(なぜクララはここまでするのだ?本当に私が見ているクララはクララなのか?)
クララは走って神殿に入り神の像を炎の魔法で黒焦げにした。焦げた神の像は禍々しい表情に変わり床に倒れた。そのまま神殿の奥に進もうとした時、クルスが現れクララは戦いに慣れていないクルスをを拘束しその首にナイフをつきつけ追ってくる騎士達を牽制した。
(このまま地下に、エリアス様を音のない世界に誘導したらきっと全てを思い出してくれるはず。そしてエリアス様が精霊王を助けてくれたら……)
地下の水晶はもう割れる。あとはエリアスに任せれば良い。
クララはジリジリと神殿の奥に進んだ。聖女の首元にナイフを突きつけながら進む。聖女の命を最優先に考え、誰一人動けないでいた。
カルロスとグロリアは現実を受け入れられないという表情でクララを見つめている。ダフネは涙を流している。
(裏切られたと思われたかな、聖女を人質にするなんて卑怯だから。でも,何を言われてもやらなきゃいけない。あともう少しで扉に)
その時エリアスが現れた。エリアスはクララが聖女を人質にしている姿を見て愕然とした。
(嘘であって欲しい)
そう思いながらここに来た。
クララは私を、この国を滅茶苦茶に壊したいのか?!私を追い詰めたかったのか?あの薔薇に誓った愛は、、なんだったんだ!裏切るために、私を陥れるために愛を誓ったのか!!エリアスは感情を抑える事ができず聖女にナイフを向けるクララに言い放った。
「クララ、なぜなんだ、なぜそんな事をする?クララが私に愛を誓ってくれた事を今は拒否したい!そんなあなたを軽蔑する!!」
クララはその言葉を聞きもうこれ以上自分の心を守れないと思った。例えそれがあの頃のエリアスの本心じゃないと思ってもはっきりと拒否された現実は耐えられそうにない。
もう全てを諦めエリアスに殺してもらったほうがいいのかもしれない。
ショックで聖女の首に当てているナイフを握る腕が緩んだ。その瞬間聖女は自分の懐から神聖力の込ったナイフを取り出しクララの心臓めがけ突き刺した。
「う、、」
聖女はすぐにナイフから手を離し震えながら後退りをした。クララは体が一瞬固まってしまった様に感じた。目がチカチカし、時が止まって見える。何が起きたのかわからないが、胸に突き刺さるナイフを見て息を止めた。痛みはない。けれど急速に意識が遠のいた。が、今ここで倒れたら全てが水の泡だ、死んでも進まなければならない。
クララは洋服に滲み始めた血を見つめすぐに動き出した。途切れる意識を繋ぎ止めるのはエリアスへの想いだけ。ほとんど意識のないまま、よろけながら地下の入り口のドアだけを目指した。後一歩が途轍のない距離に感じる。途切れ途切れになる意識の中願いことは一つだけ。
(ここで倒れたら、、エリアス様がまた苦しい思いを、、絶対に、、それは、、、)
わずかに残る意識の中で入口のドアに手をかけた。
(エリアス様……)
クララは倒れながらドアを開けそのまま光に消えた。
エリアスはクララのその姿を見た時、現実感がない夢の中にいるように感じた。
(これは夢だ、悪い夢なのだ。こんな事が起こるわけがない、彼女が、クララが目の前で刺され倒れてゆくなんて……)
その時地下から目がくらむような光が溢れた。その光がカルロスを、グロリアをダフネを、エリアスを包んだ時、四人はクララの事を、神のことを、全てを思い出した。
「クララー!!」
エリアスの悲痛な叫びが神殿にこだました。