エリアスの気持ち
エリアスは聖女が来てから時々記憶がない時間があることに気がついた。聖女が何かをしているわけではなく、神力が強くなると自分自身が消えてしまうように思えた。
まるで父である前皇帝のように。ミラネス王家は皇帝になると自分の意思がほとんどなくなる。存在はしているが、自らの意識、その存在が無い。
いかなる時も微笑みを浮かべ、公務を和かにこなし、感情を昂らせることのないまるで神様のような皇帝。実際に実父である皇帝と話をしていても感情がないような、そんな気がしていた。ただ関わることもあまりなく、どうでも良いことだった。けれど、自分もそうなっていっている。感情を揺らすことがほとんどなくなった。クララ・タピア以外。
クララ・タピアは私に愛を誓っておきながら私の城を壊そうとしている。さらにセリオに攻撃を仕掛け、神殿の神の像を破壊した。最近は昼夜問わず魔法を使い城を破壊しようと私を追い詰めた。このままだとこの帝国が崩壊する。そんな事をするのになぜ、ロサブランカに死ぬまで私を愛すると誓ったのか?
彼女の行動は辻褄が合わない。
だが、私の目に見えている全ては真実なのか、真実とは何を指すのか、今まで見えていた裏側がいつからか見えなくなった。
嘘と本当が入り混じり真実が見えなくなっている。
あの日、ロサブランカに私への愛を誓ったクララは私の気がつかない『何かに』気がつき一人で戦っているように感じている。迷いのないその瞳は聖女とは全く違う。神の使いとして神の意思を伝える聖女の瞳、揺るぎない自身の意思を持っているクララの瞳、全く質の違う瞳だ。クララの瞳を見るたびに心の中でクララを信じる気持ちが沸き起こる。出口を探し燻る心。まとまらない思考。
私の本当の気持ちと裏腹に物事は私の手によって進んでしまう。
聖女との婚約、聖女を愛しているのかと聞かれたらわからない。そんな感情は神の前ではなんの意味も持たない。上流から下流に水が流れるように自分の役割をこなすだけ。考えることをしなくなった。考える必要もない。私は存在しているだけで良い立場だ。けれどクララ、彼女だけは私の感情を呼び起こす。
*
二週間ぶりにクララは地下牢から出され拘束されたまま傍聴会に連れて行かれた。
二週間魔法を使い続け、正直言えば疲れ果て全てがどうでも良くなっていた。けれどあの神殿も壊さなければ、それに地下の世界に行かなければと、結局そんな事を考えている。そんな自分に呆れつつもこの状態からどう逃げ出そうかと周りを見た。
その時、近衛兵が現れ貴族が立席した。エリアスが入ってきたのだ。エリアスの隣には聖女クルスが居る。クララはその姿を見るたびに胸が締め付けられる。優しく『クララ』と呼んでくれていたあのエリアスはもういない。
(ルカスの記憶を持ったまま私を五百年も待っていてくれたあの人は、私を助ける為に全てを諦めた。けれど、エリアス様、もうすぐ約束が果たせそうです)
クララはグッと息を止め体に力を入れた。不安、悲しみ、これから起きることへ恐れ、その全てを呑み込むようにクララは息を呑んだ。
エリアスは白の正装姿、マントには四つの公爵家。大好きだった美しく誰も寄せ付けないような圧倒的な存在感とオーラ、どこか神秘的で非現実的な存在で、クララは何度見てもそんなエリアスに心を奪われる。
(もし私が今死んじゃったら、記憶を取り戻してくれたら、、悲しんでくれる?前は絶対に悲しむと確信していたけれど、今そんな自信さえ無くなった。でも、やり遂げなきゃ。自分の潔白を証明するためには今死ぬわけにはいかない。絶対にやり遂げないと私は私の正義をみせることが出来ないから)