エリアスの婚約
それから二週間がすぎた。
クララはそのまま帝都に滞在していた。時の精霊を探すためだ。三人にも聞いたが全く思い当たらないと言い、どう探せばいいのか行き詰まっていた。ただ、帝都に時の精霊はいる、とクララは感じていた。
カルメラはタピア領地から帝都に来た。
「クララ様がエリアス様に呼び出されたと聞き驚きましたが、何もなくてよかったです!」
そう言いながらカルメラは泣いていた。クララが旅立ってひと月ぶりの再会、クララの元気そうな姿を見て心から安堵している。
「いつも心配かけてごめんね。大好きよカルメラ」
カルメラはクララにとってかけがえのない大切な人だ。心配ばかりかけていることに反省しつつもカルメラに支えられていることを改めて感じ、クララはカルメラを抱きしめた。
*
(これからどうしたら良いのだろう?)
クララは大きな壁にぶつかっていた。時の精霊の手がかりがない今、何をして良いのかさえわからない。けれど残された時間は少ない。一刻も早く精霊王の封印を解かなければ、そう思いながらも穏やかな微笑みを浮かべ聖女クルスと見つめ合っていたエリアスの姿が忘れられない。
さらに一週間がすぎた頃、エリアスの婚約が発表された。相手は聖女クルスだ。
国中が喜び、神のように美しい二人の婚約を祝福している。クララ達四つの公爵家はエリアスの妻になるクルスにも忠誠を誓わなければならない。
クララは絶対に、それだけは絶対にしたくないと思っている。エリアスが結婚する前までに決着をつけなければならない。
行き詰まったクララは公爵家の庭園に出てロサブランカを呼び出した。
「ロサブランカ、お願い、時の精霊はどこにいるのかわかる?探しているのだけど全くわからなくて。時間が……ないの」
クララは涙を浮かべロサブランカに言った。ロサブランカは困惑の表情をし言った。
「私の口からは……言えない」
そう言ってロサブランカはクララの胸を指差し消えた。
(今のは何?)
クララは胸元を見たが何もない。
(なんだろう?)
そう思いながら胸元に手を当て気がついた。紫色の魔法石と、ダフネがくれた時の石。
(まさか……)
クララはイフリートを召喚し聞いた。
「イフリート、セリオ様はどこにいるの?お願い教えて!」
イフリートは公爵家から見えるナバス城を指差した。
「お城に?!お城にいるの?お城のどこ?」
クララは息を呑んだ。まさか城にいるとは思わなかったのだ。イフリートは少し指先を動かした。その場所は神殿の方向だ。
「……まさか、神殿?」
イフリートは頷き消えた。
(神殿、、なぜそんな場所に?!セリオ様!!)
クララは出かける準備を始めた。焦る気持ちで手が震える。セリオが皆の前に姿を現さない理由、想像するだけで胸が詰まり息ができない。
(神殿に行かなきゃ、セリオ様はずっと神殿で私を待っていたのかもしれない。なぜならこの魔法石と時の石、私がこの二つを持っている理由が必ずある)
クララは城に向かう馬車の中で紫の魔法石を握りしめながら、セリオの事を考えていた。
(おそらく時の精霊の主人はセリオ様だ。時の精霊は時間空間を移動できる。セリオ様はいつもいつのまにか近くにいたり、気配なく現れたり、)
その理由は時の精霊がいるからだと推測した。
(恐らく、神からすれば時の精霊は厄介な存在。どうにかしてセリオ様を排除したかったのかもしれない。あの黒龍との戦いの後、姿を消した理由は、セリオ様は神からの攻撃を受けたのかもしれない。その理由はわからない、ただわかるのはセリオ様は私を待っている!!)
そう確信した時二つの石が輝いた。
「ああ、セリオ様、今すぐにお助けします!!」
クララは涙を流し魔法石を握りしめた。いつもここぞという時に助けてくれたセリオを思い出し、なぜもっと早く助けられなかったのかと後悔の念がクララの心を埋め尽くす。だが今更後悔しても時は戻せない。それならば、必ずセリオを助けると揺るぎない気持ちを持って神殿に向かおうと意思を固めた。
城に到着し、クララは焦る気持ちを抑え、神殿に捧げる供物を城のエントランスで見せ言った。
「今日は神殿に日頃の感謝の祈りを捧げにまいりました」
すぐにクララは通された。クララはエントランスを出て中庭を抜け神殿に向かった。
(走って行きたい、今すぐに神殿に駆け寄りたい。でも私は今疑われている。誰が見ているかわからない中で目立つことは出来ない。確実にセリオ様を助けるまでは怪しまれないようにしなければ)
クララはゆっくりと神殿に向かった。
白く輝く神殿についたクララは大きく息を吸い覚悟を決め、木の扉を開けた。
(この毒々しいほど清浄な空気。この間と全く違う。まるでナイフのようだわ。こんな場所にセリオ様が……)
クララはセリオを思い出し感情が揺れる。だが今は感情に振り回されている段階ではない。心を整え静寂に包まれた神殿に足を踏み入れた。歩くたびにナイフの先でスッと切られているような痛みが全身を襲う。
(神が私を拒否している)
クララは痛みに耐え前へと進んだ。
そのまま進んでゆくと神の像の前に先客が見えた。一心に祈りを捧げるエリアスと聖女クルスだ。
クララはエリアスの後ろ姿を見て深い失望を感じた。もうクララが愛したエリアスではない。だが、そう思いながらも心はエリアスを求めている。エリアスの長くなった髪を見つめ、過ぎ去った日々を思い出した。
あの美しい髪に何度も触れた。エリアスは目を細め髪に触れるクララを見つめる。何気ない日常の中で心踊るような瞬間がいくつもあった。その一つ一つが特別で、当たり前なことは何一つなかった。本当に本当に全てが愛おしく、命をかけても惜しくないといつも思っていた。
今も、違う人の隣にいるエリアスの姿を見ても、同じことを思う。
クララが祭壇に近づいて行くとエリアスが人の気配を感じ振り向いた。エリアスと視線が交差する。その瞬間クララの心臓が高鳴る。だが、すぐに立ち止まり無言で頭を下げ挨拶をした。
聖女クルスも振り返りクララを見つめている。その顔は笑っていない。
クララはクルスを見てもう一度頭を下げゆっくりと顔を上げた。
そしてそのまま祭壇に向かって歩き始めた。
「クララもお祈りに?」
エリアスは微笑みを浮かべクララに聞いた。
(なぜ今はクララというの?……挫けそうになる)
クララは折れかけた心を立て直し笑顔で答えた。
「ええ、お祈りに……」
(崩れかけた神の像。こんなものに祈りを捧げるなど……)
クララが祭壇に近づいた時、祭壇の向こうに横たわっているセリオの姿が見えた。