あのバラの下で
神殿を出て薔薇の庭園を横切りエントランスに向かう途中誰かが声をかけてきた。
「おーい!」
「クララ!!」
クララに向かって手を振るカルロス、グロリア、ダフネの姿が見えた。
(え?なぜ皆がいるの?)
本来なら領地にいるはずだ。
「なぜここに?」
クララは驚きで目を丸くし三人に聞いた。
「変な噂を聞いて。クララがミラネス王家を、ナバスを崩壊させようとしていると噂を聞いて。その件であの時エリアス様に呼び出されたのね。だからすぐ二人に連絡して追いかけたの」
ダフネが言った。カルロスもグロリアも心配そうにクララを見つめている。
「その為にわざわざ?ごめんね、今、エリアス様と聖女様にお話ししてきたの。そんな訳がないって」
クララは笑顔を浮かべ三人に話した。明るく話さないと皆心配してしまう。
「そうだよな、クララは前に一度命をかけて忠誠心を示した公爵だから裏切るなどありえないよ」
カルロスはクララの肩に手を置いてポンポンと叩きながら言った。
「聖女様が予知夢を見たって聞いたわ。予知夢でしょ?そんなことで?」
グロリアは首を傾げながら、
「エリアス様らしくないわ」
と不満を露わにし言った。
「……確かに、前のエリアス様ならもっと熟考されるはず」
ダフネも言った。クララは三人がクララを信じてくれる気持ちに救われた気がした。先ほどまでどん底だった気持ちが友情によって引き上げられる。だが、聖女クルス、彼女が近くにいる限りエリアスはクララを信じることはないだろう。その影響力の怖さを感じ鳥肌がたった。神は神の使いと言う名の下、この永遠に続く呪いのようなループを継続させる為、聖女のような存在を作ったのだ。その導きを信じさせ、疑いを持つ思考さえ奪う。
「あ、エリアス様と聖女様だ」
カルロスは少し離れた場所にいるエリアスとクルスを見て言った。クララもエリアスを見た。エリアスは柔らかい微笑みを浮かべながらクルスの手を取り薔薇の庭園を歩いている。クララが愛を誓ったフランシスカの薔薇の前で立ち止まり、聖女に一本の薔薇を摘み渡していた。その薔薇は昔レオンの頃リアナに送った白にグリーンの薔薇だった。花言葉は『絶対なる忠誠、あなた色に染めてください』だ。
クララはその姿を見てショックを受けた。偶然かもしれないがそんな花言葉がある花を神の使いである聖女に贈ってほしくない。
(忠誠を誓わないで、神の色に染まらないで!)
けれど今のクララが何を言っても真逆に取られてしまう。優しい瞳で聖女を見つめるエリアスはもうクララの知っているエリアスではなくなりつつあった。
(胸に刻んである私の名前も、もう何の意味もないただの傷になったかもしれない。それでも……私はこの道を進まなきゃいけないの?)
迷いのようなものが一瞬胸を横切った。その時、胸のポケットに入れている『セリオ』と呼んでいる紫色の魔法石が暖かくなった。クララはポケットの中にある魔法石をそっと触り息を吐いた。
(セリオ様、迷わず進みます)
クララは薔薇の前で見つめ合い微笑み合う二人を見つめた。目を逸らしたい。けれど逸らすことができない。
「ねえクララ、あのお二人結婚されると思う?」
グロリアが聞いた。
「あの様子だとその可能性が高いなぁ」
カルロスが言った。
「似合いすぎて人離れしてない?」
ダフネはクララの腕に手を絡めながら言った。
「そうね、そうなるのかもしれないね」
クララは苦しい気持ちをごまかすよう笑顔で言った。誰一人エリアスがクララを愛していた事を覚えていない。
「さ、帰ろかな」
クララは悲しみを押し殺し、二人に背を向け背伸びをしながら歩き出した。
「折角だから皆で食事しない?」
グロリアが言った。
「俺いいとこ知ってる。大衆酒場なんだけど美味いぞ!」
カルロスが言った。
「じゃあ、今日は飲もう!来てくれたお礼に奢るよ!」
クララは後ろからついてくる三人を振り返り言った。
「おお、酔い潰れても連れ帰ってやるよ!」
「じゃあ行こう!」
ダフネはクララに走り寄り肩を組んだ。そこにグロリアとカルロスも加わり四人は笑いながら庭園を出て行った。