海の精霊
クララはベニータからとても可愛いドレスを買ってもらった。
リボンが付いている薄い水色のドレスだ。金色の髪と青い瞳、きめ細かい白い肌がその可愛らしいドレスに負けないほど愛らしくその姿を見たベニータとグロリアは可愛いを連呼し、妹のパシリアはお姫様!!と言ってクララに抱きついてきた。
クララはベニータが選んでくれたそのドレスがとても気に入った。
「とても可愛くてリボンも沢山付いていて大好きです」
(お母様が生きていたらきっとこうして過ごしたのかな?)
クララは一度も得られなかった母親との交流をベニータを通し感じる事ができた。まるで本当の親子のようにベニータと手を繋ぎ街を歩く。温かくもくすぐったい感情。家族の愛に飢えていたクララの乾いた心がゆっくりと癒された。
その夜もクララはアドモ一家と食事を共にし、本当の家族のように過ごし、家族を知らないクララにとって忘れられない一日となった。
翌日クララはグロリアに海の精霊を探していると相談した。
「海の精霊……」
グロリアは少し考え、ある場所にクララを連れて行った。
そこは海岸沿いにある場所だ。その場所は砂浜と海の境界にあった。直径三メートルほどの大きな穴が開いておりそこから海水が湧き出ている。アドモの人たちは『始まりの海』と呼んでいる場所だった。
すべての海水はここから湧き出ていると言われており、たしかに言葉通り、海水がこんこんと湧いている。あふれ出る海水はそのまま海に流れその色もは水色から群青までのグラデーションに見える。
「クララ、ここしか思い浮かばないんだけど、海の精霊に会いたいの?」
グロリアは怪訝な顔をしクララに言った。クララは海風を受け気持ちよさそうな顔をしながら答えた。
「ええ、その力が必要なの、どうしてもやらなければならないことがあって」
グロリアはクララの言葉を聞き不思議に思った。戦争もなければ魔法の試験もない。何故クララは海の精霊が必要だと言うのか全く見当がつかない。
「クララ、何か始めるの?まさか侵略とか?!」
グロリアは半分冗談、半分本気でクララに聞いた。その顔は笑っていない。
「まさか!グロリアそうじゃないわ。あ、でも戦うというのは間違ってないかもしれない。私ね、神様と戦おうと思うんだ!」
クララは笑いながら言った。
「あははは!!クララ!何それ面白すぎ!」
グロリアも大笑いしてる。クララも笑いながら、
「そんなわけで、ちょっとここ飛び込んで精霊探してくるね!先帰ってて!」
そう言ってクララは始まりの海に飛び込んで行った。
「全くあの子は相変わらずね」
グロリアは始まりの海に飛び込んだクララを心配をした。だがクララは皇帝エリアスの次に強いと言われる人。心配はいらない。
グロリアは砂の上に腰をかけ始まりの海を見つめた。
クララは始まりの海に飛び込んだ。上に押し上げようとする水流に逆らって泳ぐのは不可能だが中心部は周りとは真逆に底へ引っ張る力が働いていた。クララは中一気に海底まで下がって行った。
とても長い時間のような、一瞬だったような、時間の感覚がわからない。だが、始まりの海の底にたどり着いたクララはハッとした。その場所はとても静かで音がない世界だった。
(ここはあの地下に似ている)
クララは音のない暗い海の底を歩いた。海の底は砂浜で水の中にいるはずだが息もできるし、体も濡れていない。地上と変わらない空間だ。ザッ、ザッと砂の上を歩く音だけが聞こえる。自分の音以外何も聞こえない。
クララはあの夢を思い出した。あの音の無い世界は妖精王の心の世界だと言った。ここも繋がっているのかもしれない。クララは思い切って海の精霊を呼んでみようと思った。
「今日は!私はクララ・タピアと申します。あの、海の精霊はいらっしゃいますか?お会いしたいのですが」
クララはキョロキョロしながら周りを見たが、誰も来ない。
「すみませーん、あの、戦いにきたわけではなくて、妖精王を助けたくて、、って人間がそんな大それた事できるか?と思っているでしょうけど、本気なんです!!」
クララは大声で叫んだ。エリアスを救いたい。がんじがらめの世界で生きなきゃいけないエリアスを助けたい。また生まれ変わっても同じことを繰り返す私たちの本当の人生を取り戻したい。
(エリアス様!必ず成し遂げます!)
エリアスの事を思い出し、これまでの事を思い出しクララはまた涙を流した。
(エリアス様,、、私を忘れないように、、自分の体を傷つけ、)
「ウッ、、ヒック、、エリアス様、、エリアス様、、」
クララが涙をこぼすとその涙はまるでビー玉のようになり一粒一粒宙に浮かんでいる。
(なにこれ?)
クララはフワフワと沢山浮かんでいる自分の涙に触った。やはりビー玉のように硬い。不思議な現象に涙も止まった。
涙の粒を指先で突っついているクララの目の前に突如大きな海蛇のような龍が現れた。その龍は立髪が青色で瞳も濃い青、鱗は七色に輝き髭は赤色をした美しい龍だ。
「私は海の精霊リヴァイアサン、お前がさっき言った事、真か」
クララは大きなリヴァイアサンに後退りしながらも答えた。
「本気です。私は妖精王を救いたい。そして人間の王も。呪いのような神との契約も壊したい、神と戦いたいのです。その為に命を賭ける覚悟はあります」
クララは姿勢を正しリヴァイアサンに言った。リヴァイアサンはクララを見つめた。
「お前はすでに精霊の主人、イフリートは生まれた瞬間から、ロサブランカは偶然に。私はお前に必要とされ。まあ悪くない。それに、お前……」クララは最後の言葉が聞こえなかったが、まんざらでもないと言っているように聞こえる。
「あの、いかがでしょうか?私の精霊になって頂けませんか?」
クララはもう一度リヴァイアサンに言った。
「良いだろうクララ、お前が今日から私の主人」
リヴァイアサンはそう言ってクララの額に自分の額を当てた。リヴァイアサンに当てられたクララの額が強く光り、その瞬間リヴァイアサンの力がクララに入ってきた。
体の中で海の波が沸き起こったような感覚。その後全てが浄化されたような清々しさを感じた。
クララは目の前にいるリヴァイアサンに礼を言うとリヴァイアサンは突如垂直に上昇し、音のない世界の空中を大きく輪を描くように二回転し、そのまま上空からクララの心臓めがけ突っ込んできた。クララは瞳を閉じリヴァイアサンを受け入れた瞬間、暗く音のない世界に光が差し込んだ。その光は徐々に広がってゆき真っ暗だった世界が夜明け前のようなこれから光が溢れる時間が来る事を感じさせるような優しい暗闇に変わった。