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無くした記憶

 あの日、日課である朝の散歩に出かけようとエントランスに降りた時クララの姿が見えた。声をかけるとクララは恥ずかしそうに会議をすっぽかしたことを私に謝った。なぜか、彼女と話がしたなり朝の散歩に誘った。

 少し離れて後ろからついてくるクララ。そのままフランシスカの薔薇の所に行き二人でその薔薇を見ていた。なぜその場所に行ったのかわからない。だがフランシスカの薔薇はタピア公爵家が王家に対する忠誠の薔薇。なぜだかわからないが、懐かしい気持ちになりクララに言った。

「フランシスカの薔薇だよ」

 クララは私のその言葉に答えた。

「炎に薔薇、フランシスカ・タピアの心はミラネス王家に捧げておりました。それがこの薔薇の色に現れております。私も同じ思いでございます」そう言ってクララは微笑んだ。その微笑みは薔薇の綻びだ。

「クララこのバラは五百年間真紅にに花心が白だったんだ」私がそう言うとクララの瞳が一瞬悲しみに包まれたように見えた。だから思わずクララに、

「綻ぶ薔薇と言われているクララの涙を二度見た」

 と言った。彼女が泣いている姿を見るのはきっと私だけだろうとなぜか確信した瞬間でもあった。


「綻ぶ薔薇と呼ばれているのに、、その名に恥じぬよう精進します」

 クララは泣くことを我慢している。彼女の過去を思えば家族に男と生きるよう強要され辛い思いをし今日まで生きたきた人。私も、王としてどうあるべきか突き詰めてゆくうちに、本当の自分はどこにあるのだろうと、本当の気持ちをクララに話した。そんなことを話すつもりはなかった。心が波立ち話さずにいられなかった。

 クララは私の言葉を聞き突如泣き始めた。なぜそんなに哀しげな涙を流すのか、彼女の涙を見て胸が苦しくなり、その涙を止めたいと切実に思った。だがなぜそう思うのか、忠誠を誓ってくれた大切な家臣に対する気持ちではない。ではこの気持ちは一体何から生まれているのか?自分自身に問いかける。

 目の前のクララは気が緩んでしまったと言ってハンカチで目元を押さえていた。


 そんな彼女の姿を見て、不意にセルゲイのことを聞きたくなった。あの様子はただ事ではなく感じたのだ。

 クララはセルゲイと相性が悪く関わりたくないと言った。エリアス()のためと言いながら自分の理想を私に押し付けているとも言った。そして一生許さないとも言った。

 クララとセルゲイの接点を考えるがそんな接点など一切なかったはずなのになぜクララはセルゲイを心底嫌い、関わりたくないという。


 クララの時間と私の時間は同じはずなのに、私にはわからない事があまりにも多い。まるでどこからかリボンが捻れ裏と面が入れ替わったような、繋がっているはずのものが急に真逆に入れ替わったような、釈然としない気持ちになる。複雑な気持ちを処理するも出来ない私に対し、クララは感情的になった事を詫び、立ち去ろうとしたが、このまま別れたくなくて彼女の手を握り止めた。


 クララの指先は驚くほど冷たく、細くこの手を離したらもう二度と彼女に会えないような気がして手を離せなかった。


 クララ・タピア


 私の胸にあるあの文字、私とクララの関係は一体どんな関係なのか、クララに私の結婚のついてどう思うか聞いてみたくなった。

 クララは私の疑問に対し握られている手を振り払うように引っ込め、振り向かずエリザ姫か聖女か好きな方を選べと淡々と言った。


 その言葉を聞いてなぜか不愉快な気持ちになった。なぜクララは平気なのかと、私が誰と結婚してもクララは関係がないというのかと、怒りに近い一方的な気持ち。心の底から湧き上がるクララに対する不満。なぜクララは平気なのだというわけのわからないドロドロとした不快で人間らしい熱く生命力を煽るような情熱。それをクララにぶつけたい。ぶつけたら何かが変わる、そんな感覚を覚えまるで怒りを、不満をぶつけるようにクララに言った。



「何故私の心臓の上にクララ・タピアという文字が書いてある?ナイフで傷つけ、消えないように」 



 その言葉にクララは目を見開いた。その瞬間にこの胸の傷のその理由を、クララが知っていると確信した。それと同時に切ない眼差しを私に向け見つめたクララ。その眼差しに深い愛を感じた。


 その瞳を見て何か心の奥に火が灯ったような感覚を感じた時、クララはロサブランカを召喚し私に対し永遠の愛をロサブランカに誓った。

 ロサブランカが私の額にキスをしたその瞬間、私はクララを愛していたんだと確信した。


 だけどその記憶は無い。

 けれど記憶がなくとも確実にこの人を、クララ・タピアを愛していた。


 *


 エリアスはクララから手渡されたフランシスカの薔薇を見つめた。


 

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