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胸の傷の理由を探して

 エリアスは執務室の窓から帝都を眺め、これまでの事を考えていた。


 黒龍との戦いの後、王になった喜びよりも形容し難い喪失感を感じていた。なぜ喪失感を感じるのか、今までのことを振り返り一つ一つ考えるが失ったものはない。戦いの後、四つの公爵家当主達に魔力を分け与え、絶対なる皇帝になる為の苦しく長かった試練の全てが終わった。

 タピア家当主のクララは私が黒龍と戦っている間、自主練習の最中に魔法が暴走し怪我を負った。その為、皆と遅れてひと月後に魔力を渡すことが出来た。


 クララ・タピア。


 父親に弟のふりを強要されここに来たクララはイフリートの主人となっていた娘。魔力も強く、私のロサブランカのもう一人の主人。家族とのいざこざの中で忠誠心を示す為自らの命をかけ忠誠を見せてくれたクララ。今は荒れ果て誰一人いなくなったタピア家の当主。そのタピアを見事に復活させ、どこよりも自由で豊かな領地にした綻ぶ薔薇と呼ばれる人。


 何故、彼女の名前が私の心臓の上にナイフで書かれているのだろう?


 誰かが私の服を脱がしこの傷をつけることは不可能だ。だが、私自身が書いた記憶はない。書く理由もない。けれどその文字は私の字。この文字を見つめると胸を締め付けられ苦しくなる。深く暗い心の闇に一筋の光が差し込むような強烈な光を感じる。


 ……私は一体どうしてしまったのだろう。


 クララとの出会いからこれまでのことを一つ一つ思い出しても深く関わった記憶がない。

 クララは聖剣ミスティルテインを私に為に地下の世界から取ってきてくれた。なぜミスティルテインを私に?それに、不可解だったのは黒龍との戦いの後ダーインスレイフを鞘に収めようとした時、鞘がミスティルテインの物だった。

 セルゲイが誤って入れたのかわからないが、部屋を出る直前まであの鞘にはミスティルテインが収まっていた筈だ。何度も確認をした。


 でも、なぜ私はミスティルテインを持って行こうとしたのだろう?


 歴代の王は全員ダーインスレイフを使う。魔力が何倍にも引き上げられるからだ。


 何度考えても疑問ばかり湧き起こりる。その中での最大の疑問、私の体に刻んであるクララ・タピア。魔力を渡したあの日から彼女は二年間城に来ることはなかった。まるで私を避けているかのように。

 クララは必死でタピア公爵家を立て直し、今では他の領地民まで彼女の治めるタピア領に住みたいと言うほどまでになった。

 それが元で彼女が二年ぶりに城に現れたのだが、久しぶりに見た彼女は髪を短く切っており、それがまた彼女の可愛らしさを引き立てていた。

 私の胸に刻んであるクララ・タピアはとても美しい人。巷では綻ぶ薔薇と呼ばれその美しい微笑みが癒しを与えてくれると言われる。終始微笑み頭に血が登ったケイシー侯爵も最後には彼女の虜になっていた。


 その夜のパーティでも彼女の可愛らしさに貴族の男たちが群がり人だかりが出来ていた。


 そう、私は自分の意思と無関係に常に彼女を目で追っている。


 エリザ姫がライトアップされた夜の庭園を見たいと言った時、テラスに連れ出すと庭園の薔薇の中に、薔薇の妖精が迷い込んできたかと思うほど美しいクララ・タピアの姿が見えた。


 クララは私と目があった瞬間に一筋の涙を流した。薔薇の綻びと呼ばれる彼女の涙は深い悲しみを抱いているように感じその涙を見た時、私の頭の中は真っ白になった。今すぐにでもその涙を止めたいと。

 その涙を見て、彼女が微笑みを浮かべるのはその悲しみの深さを見せないようにしているのではないかと気が付き、居ても立っても居られなくなりすぐにセルゲイにクララを貴賓室に連れて来るように言った。だが、不安に揺れる心が抑えきれなくなった。セルゲイに任せられない、待てない。失礼を承知でエリザ姫を他の者に任せ、セルゲイを追いかけた。


 庭園に入った時言い争う声が聞こえた。

 『そんなあなたを見て満足している』

 セルゲイのその言葉を聞いた時、心の底から訳のわからぬ怒りが湧き上がりすぐに二人の前に行った。


 クララは私の顔を見て泣きながらセルゲイを押し退け去って行った。追いかけようと思ったが、その前にセルゲイを問い詰めたかった。そうしなければクララをもっと悲しませることになると思ったからだ。


 『何故クララを泣かせ、腕を掴み、あの言葉を吐いた?』

 私のその言葉にセルゲイは戸惑っていた。自分でもわからないと。

 けれどあのクララの様子を見ると何かがあったことは確かだ。クララはタピア公爵だ。セルゲイが彼女にしたことは礼を欠いている。だからセルゲイを謹慎処分にした。

 期限は無期限。もう二度とセルゲイがクララに会うことはない。


 一月後クララは帝国会議に出席する為城に来たが会議には来なかった。城に来たことは分かっていたがどこに行ってしまったのか気になり、捜索魔法で居場所を探すと図書室に居た。

 こんな事が前にも起きた気がしたが、その記憶はない。


 会議が終わりすぐに図書室に向かった。部屋に入るとクララはいつもの場所で眠っていた。彼女はここが好きだった。その寝顔を見つめると何か大切なことを忘れてしまっているような気がし、思わず柔らかい緩やかな曲線を描く美しいクララの髪を撫でながら、

 『クララ、クララ』

 と名前を呼び起こしてしまった。その声で起きたクララは私を見つめ不思議なことを言った。


 今、目の前にいるエリアスは今のエリアスか、それとも前のエリアスか、と。

 思わず、

「前のエリアスだ」

 と伝えるとクララは泣き出した。なぜそう答えたのかわからない。だがそう答えたくなった、いやそう答えねばならない思った。


「ずっとずっと泣きたいのを我慢していた」

 クララはそう言った。しかし突如クララは我にかえり、

「忘れてください」

 と言い慌てて出て行ってしまった。


 前のエリアスとはどう言う意味なんだ? 

 私は今も前も同じ。だが本当に同じ私なのだろうか?


 前とは何を指している?


 何かが、ずれている。その『何か』は、わからない。わからないことが多すぎる。


 私にとってクララ同様にわからない事、黒龍との戦いの後、城に戻るとセリオが神殿で倒れていた。

 意識がなく目覚めない。まるで死んだように。呼吸さえしていないが魔法石はかすかに紫色をしている。セリオの事も何故そんな状態になって倒れていたのか、誰一人わからないと言った。


 そしてあの日、クララが図書室から逃げ帰った日の翌日クララは城に現れた。

 

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