藤壺 side-レイラ
烏が漆黒の翼をはためかせ木々の狭間へと消えていった。レイラは興味を失ったかのように窓から視線を外す。つまらない。何故現代文というのはこうも退屈なのか。
「はぁ。」
論説文はいい。著者が訴えたいことを正しく読み取ることが目的故、万人が同一の答えを見出だすことは当然なのだから。しかし、物語に均質な解答を求めるなんてどうかしている。個性!個性!と声高に叫んでおいて、その実教育が自由な発想を殺しているではないか。
明るい空=希望
この法則を知った小学生のあたしは首をかしげた。明るい空は本当に希望の象徴なの?不安だから空が明るく感じた、という可能性に言及しないのは何故?確かに前途洋々ならば空に雲は見受けられない可能性は高いし、降雨も霧で霞むということも少ないであろう。だからといって必ずしも等号で結んでしまって良いものか。不安だからこそ、やけに空が明るく見えても良いと思う。雲一つ存在しない突き抜ける様な青空に底知れぬ恐怖を抱くことも、誰が無いと言い切れようか。
「はぁ。」
大きな溜め息を聞き咎めたのか、隣の席の男子がこちらを向いた。目が合ったので頬杖をついたままぺろりと舌を出す。にやり。皮肉な笑みで相手も同じ動作を返してきた。ふん、と顎を上げ手を戻し、黒板に向き直った。汚い文字が増殖していた。
ねぇ優子、どう思う?
左袖をちらりとめくると、長針が非情な数字を指差す。
「はぁ。」
本日三度目の溜め息をつき机の中から参考書を取り出した。ミミズの這ったような字を判読するエネルギーがあれば古語の一つや二つ覚えよう。
(ナイスアイデア!)
外界を遮断し雅な世界へ、いざ、ダイブ。
よ語りに人や伝へん たぐひなく憂き身を 醒めぬ夢になしても
濃密な馨しい香りにくらくらする。藤壷の宮の苦悩が薄墨のように広がりあたしを捉えて離さない。帝を欺く罪深さ。あぁっ。美しい。美しい。苛まれる程身体中に染み渡る、言の葉。もっと、もっとよ。心が病む程に、あたしの身体は血を流す。薄絹に染み出す赤は背徳の美。衣をめくり、そっと指先で掬う。あたしの爪と同じ赤。
優子の気配が濃くなった。振り向くと矢張り優子がいた。
優子、優子
自らの罪から逃れるように、縋るような目を向ける。
優子、優子
あたしを救って。此処から救って。赤色があたしを駆り立てるの。
優子、あたしの優子!
愛して愛して、殺せるまで愛して。
かりっ。罪の果実は何時の時代も甘かった。