レイラ
ジリリリリ ジリリリリ
「ぅ゛ーん…」
けたたましく喚く目覚まし時計は午前7時を指している。音を止めると立ち上がり、勢いよくカーテンを開けた。朝日は何時の日も白い。私達の白い肌に突き刺さり通り抜けてゆく。
「「おはよう」」
お互い頬にキスをする。
「今日は息抜きするんだから楽しむんだよ、優子。」
「うふふふふ♪レイラよろしくね。」
陽光の元、もう一度抱き合いそっと唇を重ねた。
リビングで食事を取った後、自室に戻りメイクに取り掛かる。鮮やかなブルーシャドウにラインを効かせた目元。目尻を強調するようディープブラックのマスカラで睫毛を梳く。そして、ストレートに伸ばした艶めく髪に指をくゆらせ、真っ正面から鏡と向かい合う。きゅっと口角を上げると、ベージュのグロスを重ねた。
「いってきまぁす。」
とりあえずは塾へと向かうため、右手には携帯を握りスタスタ歩いてゆく。駅に着いた。お行儀良く列車を待ちながら携帯の画面を開き、本日憂さ晴らしに付き合ってもらう相手に対しメールを作成する。カチカチカチカチ。うん、こんなもので良いだろう。送信っと。まるでそれを見計らったかのように列車が到着した。
…であるからにして…
…故に…
(うわぁ、初っ端から数Ⅲだよ。優子、数学苦手だから辛そうだな。頑張れ優子。あなたなら出来る。大丈夫。)
(ありがとうレイラ。今日は解りやすい所だからラッキーだよ。)
優子が勉学に勤しむ間、あたしは思索を巡らせる。あたしには幼い頃の記憶がない。だから当然、両親に慈しまれた覚えもない。けれどあたしには優子がいる。淋しい時は必ず優子が慰めてくれる。両腕でしっかりとあたしを包んでくれる。それでも淋しくて淋しくて仕様の無い時には、二人で死のうか、と囁いてくれる。あたしはその魔法の言葉で冷静さを取り戻し、優子の胸に埋もれたまま泣きじゃくる。そのまま眠ってしまうことも多い。そんな時でも優子はあたしの髪を優しく撫で続けてくれる。
あたしは知っている。普段は大人しい優子が意外と饒舌なことを。毎晩ベッドの上で様々な話をするが、8割程は優子が口を開いている。ニコニコしながら性悪説を語る優子を一体どれ程の人間が知るというのか。スプラッタ映像を見て舌なめずりをしている優子を誰が想像できようか。
「レイラ、レイラ…レイラってば。」
「あっ、ごめんごめん。午前お疲れ様。」
「ありがとう。お昼何買おっか。」
「あんまりご飯食べたくないな。」
レイラは普段から積極的な食事をしない。食べるという行為が妙に疲れを催すらしい。
「私は明太子のおにぎりにするんだ。レイラ、林檎はどう?紅くて美しいフォルムだよ。」
優子はテキパキと籠に商品を詰め込んでゆく。その動作に躊躇いや戸惑いは一切感じられず、無駄な動作を削ぎ落とした茶道を彷彿とさせる。
「最後にチロルチョコを二つっと。」
コトリ、籠に入れる。優子の分とレイラの分。昼食の最後に私達は向かい合い見つめ合って、同時に口腔へ放り込む。舌の上に載った二つは体温で緩徐に溶解し唾液と混ざり合う。味蕾への刺激は中心後回へ反映され甘味を感じ取る。二つの異なる甘味の混同が私達の同一性を再認識させ、にっこりと微笑む。儀式、のようなモノであろうか。抱き合う行為や口唇を重ねる行為と同義である。私達はその様な作業を実施せずとも、互いへの敬愛を表現出来る。他の人間には出来ない同一までをも表現できる。うふふふふふふふふ。
午後は日本史の授業から始まった。
(うわぁ…幕末興味ないよ。いや、寧ろ人間興味ないよ。)
(あたしは割と面白いけどな。)
(レイラ、パス!)
(オッケィ!受け取りました。)
レイラは歴史や公民に強い。公民には愉しさが見出だせない。なんてほざきながらも、驚異的な記憶力を発揮する。社会以外はたいてい私がこなすが、英語や国語はどちらが解答しても大差ない。迷った場合は二人で相談して決めれば良いだけのこと。よし、今のうちに午前の授業の復習をしておくか。手や視覚・聴覚を使用してしまうとレイラの妨害になるから、脳内だけで公式や問題の整理を行う。疑問点は休み時間にチェックすれば問題無いだろう。
一日の授業が終了した。鞄から携帯を取り出し、男にメールを送る。近くのコンビニへ迎えに来てもらうとして、それまでに化粧を直そう。