prologue
同一世界の別主人公になります。
「右手に魔物の気配があるわね」
私は茂みの奥に視線を向けて呟く。
日中でも森の奥は薄暗く、人里を離れればそこは魔物のテリトリー。旅慣れた者でも近付く事はあまり無い。
そんな場所で一人、息を潜め獲物を窺う。
使い込まれた剣を握り、ゆっくりと歩を進めると茂みの向こうに水場が見えた。そこに鹿に似た魔物が一頭。辺りを警戒しながら水辺の草を食んでいるのが確認できる。体高は1.5メルク(メートル)くらいか。
(まだ若い剣角羚羊かな?)
(ユエはほんっとお肉好きだよね。もっと野菜食べないと健康に悪いよ?)
(大きなお世話ですー。それに狩人は体が資本なんだから!)
剣角羚羊は柔らかく甘い脂が美味しい。大きめに切って塩を振った串焼きとか最高!………なんて考えていたらユキトのお節介。
長い人生でも一日のご飯は三食で、七十歳くらいとしても、えーと………何食かな?とにかく、回数は有限なんだから好きな物を食べないと勿体無いじゃない?
(七十歳なら76650食くらい?それ全部お肉だと絶対ビタミン不足とかで病気になるよ……。それ以前に肌荒れとかしたくないし、やめてよね。大体、ユエは気にしなさすぎ。女の子は綺麗で可愛い方が良いと思うんだけど?)
(はあ?そんなの誰も気にしないって)
(ほら、クライブ達とか?)
(あんなの只のガキじゃない)
まあ、私ももう少しで成人だし?全く恋愛に興味が無い訳じゃないんだけど…。
小さな村は過疎化が進み、同年代の子供や若者は少ない。数少ない同年代は精神的にガキ過ぎて対象外だし。
(そんな事より目の前の獲物よ。〈風ノ刃〉)
《剣魔法》で刀身に風を付与する。
名前は剣だが魔力を付与するスキルだ。非力な私の火力アップの為に頑張って覚えた。私と相性の良い風は堅い鱗とかの魔物には効果が薄いが、毛皮などをあまり傷付けずに済むので重宝している。
(ボクの理想は守ってあげたくなるタイプなんだけどなぁ)
お生憎様。そういうのは貴族のご令嬢とかお金持ちのお嬢様とか………田舎の村娘に求めるものじゃないと思うんだけど。
ブツクサ言ってるユキトは放置で、私はそっと獲物に近付く。
警戒していると言っても、《陰遁》スキルのおかげで気付かれる事なく近くの茂みに。そしてタイミングを見計らい一気に迫る。
大抵の獲物は人間よりも足が速い。人を見ると襲ってくる危険なものは別だけど、逃げられると追い付けない。出来れば一撃必殺が理想だが………
「〈鎌鼬〉!」
風の魔力を刃に乗せて、狙うは無防備な後ろ足。
先ずは機動力を削ぐ!
肉を断つ鈍い感触にも慣れてきた。羚羊は突然の痛みに声を上げバランスを崩し倒れ込む。あとは落ち着いて急所を狙い一突き。
(………狩りにも慣れてきたね)
ユキトも同じ感覚なんだろう。
ゲームでは簡単に敵のモンスターとかを倒していたけど、現実ではやはり忌避感があったけど、生きる為には食べないといけなくて。これは慣れるしかない。
「とりあえず《空間収納》に入れて……途中の川で解体かな」
(そろそろ日が傾き掛けてるし、帰ろうよ)
そうだね。今日は森がざわついていた感じで、ようやく一頭だけど、この調子じゃ時間を掛けても成果は無さそうだしね。
村までは三時間くらい掛かるけど夕暮れには戻れるだろう。お肉や素材を村で唯一のザックさんのお店に卸して……調味料の補充と…そうだ卵が終わっちゃったんだっけ。買い足さないと。
朝一に森に行って狩り。獲物が捕れなければもう少し森の奥に入り野宿する事もあるけれど基本的には夕暮れに戻る。
───そんな日常。
それが少し変わったのは一昨年の冬。
私が暮らすのは田舎の小さな村──オリガ。大陸の中央辺りにある小国家群の一つであるオーベルム公国の南にある村………らしい。生まれてから村を出ても近隣の町くらいしか行った事が無いからね。遠い王都や他の国の噂はあまり入ってこないんだ。
ただ、大陸は多くの国があって各地で戦争が起こっている。三つ程大きな国があるみたいだけど、大陸は広く日本の戦国時代みたいに各国が覇権を争う群雄割拠というべき世界。
公国も新しい国で、先代の時代に興された国なんだけど、以前あった国が内部分裂してできた国らしい。国の存亡と言うと大変だけど、田舎の庶民的には「ああ、また領主様が変わったのか」程度の認識みたい。
オリガ村は平地にあって麦畑と風車が並ぶ長閑な村で、人口は二百人程で他にはこれといった産業は無い田舎の村って感じ。スローライフを満喫するならおすすめだけどちょっと退屈かも?
私は村では数人しか居ない猟師の娘として生まれた。平原に住む角兎や森の魔物を狩り、時には自警団のような仕事をしていた父に教わり、私もそれなりの猟師になったと思う。
一昨年の冬に流行り病で父は亡くなった。体は丈夫だったが、その前に怪我をしたのが悪かったのだろう。母も私が小さい頃に亡くしているが、奇しくも同じ流行り病だったそうだ。
それからは一人で森に入るようになった。
狩人の知合いはいたけれど一人前として認めて貰いたかった。私は父の後を継いだのだから。
(ユエ、人の気配がする)
少し昔の事を思い出していたせいか、ユキトの方が先にそれに気付いた。
森と平原の境目にある川の向こうの街道に僅かだが気配がする。数は……三人だろうか。
(気配が薄い?村人では無さそうね………)
これでも森を糧にする狩人だ。気配には敏感な方だと思うけど、三人の気配は注意しなければ感じられないくらい薄い。
つまり気配を消す術を身に付けた人間だ。
同類の狩人か、村ではあまり見ないけど冒険者というやつか………知合いの狩人では無さそうね。知らない気配だ。
(どうしよう?村の近くで気配を抑えてるのって怪しくない?)
(怪しいと言えば怪しいけど……私が気付いたなら向こうも気付いてるよね)
この辺りには本当に何もない。私のような狩人が獲物を狩る為か村人が薬草とかを探しに森に入るくらいだ。特別貧しいとは思わないけど、特産品もない小さな村なのでギルドも無い。
あまり人も来ないから悪い人も来ない。村人を騙しても大してお金持ってないからね。
冒険者が狙うような特別な魔物も聞いた事がない。
(まあ、考えてるより聞いた方が早いか)
(もっと警戒した方が良いんじゃないかなー)
まあ、人を見たらいきなり襲ってくるような危ない人の可能性も無くはないけど、向こうからしたら森の中から怪しい人物が窺っている様に見えるだろう。
さっさと姿を見せて此方に敵意は無い事を知らせた方が良い気がする。
森を抜けると彼等の姿が見えた。
一般的な冒険者というのはよく知らないけど、旅装である事はうかがえる。
男性二人と女性が一人。男性の一人は金属の胸当、腰には剣。もう一人は革鎧かな?そして背中に弓。女性は長衣。前衛の剣士と後衛二人といった感じだね。年は三人共に二十代前半から後半くらいだろうか。
私が姿を見せると少し驚いた様子だったけど、こちらに近付いてきた。武器は手にしていないので突然斬りつけられたりはしなさそうだ。
「こんにちは」
「こんにちは。オリガ村の方ですか?」
話し掛けると、女性が応じる。近くで見ると美人さんだ。金髪で少し幼さを感じる童顔だけど、背筋もピンとした清楚な佇まい。
「はい。私、村の狩人で森に出た帰りなんです。えーと、冒険者の方ですか?珍しいですね」
「女の子が一人で狩人?」
「ジン、失礼ですよ。すみません、仲間が」
剣士の男性の言葉に女性が頭を下げる。
確かに成人前の女の子が一人で狩人は珍しいのかも?私は背が低いせいで少し下に見られるっぽいしね。
「私達、公都のギルドから調査依頼を受けた冒険者です。オリガ村近郊のダンジョンを調べに来ました」
「ダンジョン?」
はて?そんな話は聞いた事無いんだけど。
「正確には〈枯れたダンジョン〉ですね。かなり昔の記録なので伝わっていないかもしれません」
「近年のダンジョン活性化の話は知ってるか?〈枯れたダンジョン〉が復活した事例があってな、それで片っ端から調べてるんだ」
ダンジョン。そこから溢れる魔物は倒すとドロップアイテムを残して消える、まるでゲームの様な未だ解明されていない謎の迷宮。世界各地にあって、富と災厄をもたらすもの。
(この世界はほんとゲームみたいだよねー)
一番ゲームかラノベみたいなユキトが言うな。
お読み下さりありがとうございますm(__)m