白犬アイ
あの黒猫族がいなくなってもう2年。私達は洗礼式を終え大人になっていた。
名前も白犬アイと白犬アン。
『双子の冒険者として絶賛売り出し中!』とはなっていない。
領都ではそもそも魔物が出ないからだ。
「冒険に行きたい! 魔物と戦いたい!」
私はモヤモヤした気持ちで領都での毎日を過ごしている。
「アンは楽しそうだよね」
私は毎日楽しそうに領主ターガツ様の秘書見習いをしているアンを羨ましく思っていた。
「楽しいよ。アイもどう? 秘書見習い。紹介するよ?」
「私はいいや」
私はアンの誘いを断り、朝の日課のジョギングに出掛けた。
『毎日体を鍛えてどうするんだろう……』
この頃は走りながら将来について考えてしまう。
『秘書見習いか……』
リンの母親のリャルルが白山領からいなくなって新しい秘書の募集に私も一応は応募しようとは思った事もある。でも、私は冒険者になろうと家出をして領都を出た。
勿論、アンも誘ったのだが断られる。
「他にやりたい事があるんだよね」
「え!」
私はアンの言葉に驚いた。アンも私と同じ様に冒険者になって、それから騎士見習いになって、お父様の様な騎士になりたいのだとばかり思っていたからだ。
「私、研究者になりたいんだ」
「研究者?」
「そう。それでターガツ様の秘書見習いになろうと思う」
「何で秘書見習い?」
「研究者になる為の資金作りと領主官邸の資料が読めるから」
「ふーん……アンは何の研究者になりたいの?」
「……歴史かな」
「歴史?」
「前から興味はあったけど、リンが使徒の魔法らしきものを使ったのを知って……改めて使徒様の目的って何で何者なのか知りたくなったの」
そう聞いて私は家出を1人でする事にした。
しかし事はそう上手くはいかない。隣町に着く前に父に見付かり領都へ連れて帰らされてしまう。
「冒険者になるなら準備が必要だぞ。家出をしてどうにかなる仕事ではない。冒険者とは……」
父ゴウケンの説教は3時間も続いた。
「冒険者になりたいなら、お前もアンと一緒に領主秘書見習いでお金を貯めなさい」
「何でお金?」
「旅にはお金が掛かる。それに冒険者になるならそれなりの武器や防具だって必要だ。お前の様に隣町に買い物にでも行く様な格好ではな……ハァ」
父は呆れた様に溜息を吐く。
そしてアンより1週間遅れで秘書見習いになったが私には続かなかった。
それから約1年。私は家で「冒険者になる訓練」と言って体を鍛えているだけの生活を続けていた。
『今日はどうしようかな……訓練場でバルナさんに稽古つけてもらおうかな……』
ドン
考え事をしていて前から歩いて来る人とぶつかってしまう。
「ごめんなさい。地図を見ていて……」
「気を付けなさいよ!」
思わず私はぶつかった見慣れない男を怒鳴ってしまう。
「スミマセン」
頭を下げた男の傍に手書きの地図が落ちていた。
「どこに行きたいの?」
「あ……あの、領主官邸に……」
「官邸?」
「はい。人捜しをしていまして」
「人捜し?」
「はい。猫族の女の子だと思うのですが……」
「猫族の女の子?」
私の頭にはあのリンの顔が浮かぶ。
「知っていますか?」
「猫族の女の子なんて沢山いるから、どの子だろう」
「多分……名前はリンだと思うのですが……」
「リン? アナタ、リンの知り合い?」
「知り合い……でしょうか……なんて説明したら……」
「怪しいわね。知り合いかも説明出来ないのに何の用があるって言うの?」
「怪しく無いです! 知り合いでもあり……初めて会う……と言うか」
「何言ってるか分かんない! それに見ない姿だけど?」
「それは僕が玄海領から来たので……」
「玄海領? 玄海領って言うと鱗と甲羅の獣人?」
「僕は亀の獣人でリクと言います」
「亀の獣人……確かに背中に甲羅がある。まあ分かったわ。私が官邸まで案内してあげる。でも……黒猫族のリンには会えないと思うけど」
「黒猫族? リンと知り合いなのですか!」
「まあ、知り合い……かな? 知ってはいるよ」
「リンはどこにいますか? どこに行ったら会えます?」
「どこ……」
私はジョギングの途中でぶつかった亀の獣人のリクにリンの事をぼやかしながら話した。
「そうですか。もうこの町にはいないのですか……」
「詳しくは分からないけど、魔人国との国境の町に引っ越したけど、そこから魔人国に行ったって噂」
「魔人国……ありがとうございます」
リクはお礼を言うと歩いてどこかへ行きうとした。
「待って。魔人国に行くの?」
「はい」
「1人で?」
「……はい」
「冒険者?」
「一応……」
「ねえ、私も魔人国に行きたいかも!」
「行きたいかも?」
「魔人国に行くなら魔物とも戦うよね?」
「まあ、魔物との戦闘もあるでしょうね。長旅になるでしょうし」
「私も連れてって!」
この時、私はこれが私の運命を変える出会いになるとは思わなかった。




