闇黄ツキ
「ママ……」
私は母を魔獣に目の前で殺された。
母は元々は首都エルのルシ様の城で働いていて、父は私が母のお腹にいた頃に魔族の戦士として獣人族との戦いで魔人族を守るために戦死している。
母は出産のために実家のある雷高領へ里帰りしていて、2年振りに仕事復帰のために首都エルを目指して旅をしていた。
2歳の私には辛い旅。馬車には私と母の他にもう一家族。
雷高領から砂漠地帯をやっと越え火大領に入った時だった。火大領には居ないはずの熊の魔獣が私達の馬車を襲う。
母や同乗していた魔族が不意打ちしてきた魔獣を迎え撃つが接近戦に持ち込まれていて、同士打ちを避けて強い魔法を放てない母達を熊の魔獣は次々に襲っていった。
最初にやられたのは魔獣の襲撃にいち早く馬車を下りて向かって行った火魔法使いの魔族の男性。男性が火魔法を放つのと同時に熊の魔獣はその腕を噛み千切ってしまう。口の中を火傷した魔獣はそれでも勢いを弱めず男性の首を前足で殴りつけ倒し、後ろ足で踏み付けた。
馬車を操縦していた女性が夫を助けようと雷魔法を放つが威力が弱く足止めにしかならない。
「足止めするから魔獣から馬車を離して!」
馬車を下り魔獣の前に立ちはだかり叫ぶ母の足は震えていた。母は魔族としては魔力の多い方ではなく戦闘には向かない。それでも私達を守るために魔獣と戦う決意をして雷魔法を放った。
魔獣の動きが少し鈍り、その隙に馬車が走り出す。
次の瞬間、魔獣の右手が母を吹き飛ばした。スローモーションを見ている様に飛んでいく母を無視して横を魔獣が通り過ぎ私達の乗る馬車に肉迫する。
「幸せになるよの……」
そう母の言葉が聞こえ膨大な魔力が暴走した。
母の命を燃やした魔法は熊の魔獣の体の左半分を吹き飛ばす。
「グワーン!」
最後の咆哮と共に熊の魔獣の残った右手が魔力を使い果たして燃え尽きた母を襲う。
魔力を失った魔族の体は脆い。魔獣の一撃で全身がバラバラに砕けるのが見えた。
私達の乗った馬車は休む事無く走り続けた。
「人?」
馬車を操縦する女性が前を歩く人影を見付ける。馬車はその人影に近付いて止まる。
「ルシ様! こんな所で何をしているのですか?」
「魔族の若者の勧誘の旅」
「勧誘? 何ですかそれは?」
「若者を集めて魔族軍作ろうと思って」
「魔族軍……」
「それで? お前達は何をしている? 旅の途中か?」
「はい……そうなのですが。魔獣に襲われて……」
「そうか。まあ生き残ったなら良かったんじゃないか」
「それが夫と……この子の母親が……」
女性がそう伝えるとルシ様は私を見た。
「父親は?」
「それが、獣人族との戦いで無くなっているらしくて、身寄りがいないのです」
「孤児か……よし、私が孤児を引き取っている奴の所に連れて行ってやろう」
「それならルシ様もこのこと馬車に乗って行きますか?」
「そうさせて貰おうかな」
ルシ様はそう言って私の隣に座る。
私達の乗った馬車は大火領の各町で数日間づつ滞在し、ルシ様はその間に魔族軍の志願者を集めていた。
私は魔獣の襲撃から生き残った女性とその娘と共に宿で休みルシ様の仕事の終わりを待つ。
そんな旅を数週間続け私達は首都エルに辿り着いた。
私は一緒に旅をしていた家族と別れルシ様と触れになる。
「お前の母親は私の城に勤めていた様だな……これも縁か……私と暮らすか?」
私はいつの間にかルシ様に懐いていた。
それからルシ様との生活が始まった。
ルシ様は基本的に私の世話はしない。日中の私の世話をしてくれるのはいつもルシ様の双子の妹ミカ様とそのメイド達。
昼間はミカ様が引き取って育てている孤児を集めたく施設で過ごし、ルシ様が首都エルにいる時はルシ様の寝室でルシ様と一緒に眠り、それ以外の時はミカ様の作った施設で他の孤児達と眠る。
私はたまに訪れるルシ様と一緒に眠る夜が好きだった。
幼い私はルシ様を母親代わりに思っていたのかもしれない。
獣人族との戦いが落ち着いた頃。私は大人になっていた。
ミカ様の孤児院を出て私は魔族軍に入る。
魔族軍はまだ出来て間もなくルシ様の集めた魔族達が日々戦闘訓練を続けていた。
私はどの魔貴族達にも負けないくらい優秀で、魔法でも、接近戦でも誰にも負けないくらい訓練に明け暮れた。それは『ルシ様の役に立ちたい!』と言う強い想いだったのかもしれない。
私は数年後、魔貴族達を差し置いて魔族軍の指揮官になっていた。
『これでルシ様の役に立てる!』
そう思っていた矢先、ルシ様が殺されたとの報告が届いた。
殺したのはミカ様の孤児院で一緒だったミール。
私はルシ様を殺したミールを憎み、そしてそれを止めなかったミカ様も恨んだ。
『絶対にルシ様の願った魔族が支配する国にする』
私は生前ルシ様から聞いていた獣人族も人族も従えて世界を1つに纏め『魔族が支配する平和な国』を目指し魔族軍を続けていく事にした。
そうして数百年。
私はやっとルシ様の生まれ変わりのリャルル様に出会う。




