別れ
「その子を渡して。その子は獣人族の血を引いていても大風の魔力を継げる子。これからの魔族の世界に必要な子よ」
そう言ってリャルルはダンの腕に抱かれたダルに手を伸ばす。
「リャルルが何をしたいのか分からないけど、ダルは戦争の道具じゃない!」
「そうよ。戦争の道具では無いわ。世界から戦争が無くなるんだから。リンとダルはこの世界の新たなリーダーになる存在。獣人族の血と魔人族の血を引く稀有な存在の一人。リンの命と魂を司る能力が有ればこの世界を裏で支配する存在になれる。ダルが魔族軍を使って力で表の世界を支配するのよ。素晴らしいと思わない? それが叶えば戦争の無い平和な世界になる。リンとダルが支配者としてね」
「その世界でリャルル、貴女はどんな存在になるつもり?」
フリザがリャルルを呼び捨てにした。
「私? 私は……そうね……お母さんかしら? リンとダルを生んだお母さん」
「お母さん?」
「そう。ずっと2人を見守って……出来るだけ一緒にいる……そんなお母さん」
「リンが反対したら?」
「反対? 世界が平和になるのに?」
「力を使ったり命を人質にした様なやり方で、それが平和と言える? リンがそんな存在になりたいなんて言った?」
フリザとリャルルが睨み合う。
「人は必ず裏切るのよ。それなら裏切る力を無くせば良いの。そして私は2人を裏切らない。もし私の言う事を理解してそれでも嫌だと言うなら……リンの好きな様にすれば良い」
「リンはどうしたい?」
フリザは私に問いかける。リャルルも私をジッと見詰めた。
「私は会いに行かなきゃならない人がいる……だからリャルルの言う世界を裏でってのは出来そうにないよ」
「そう……残念だわ。ブック!」
リャルルの手に使徒の本が現れる。
「何を……」
「融合!」
リャルルがそう言った瞬間私の頭の中に誰かの記憶が流れ込んで来る。
『これはリャルルの記憶? 事故で車の中に閉じ込められて……この顔、どこかで……語りかける声「別の世界に生まれ変わる?」…………誰? この人は……分からない。見た事無い顔、でも知ってる気がする。「この子を頼みましたよ。後はアナタの好きにして良いわ」……』
バチン
「なぜ! 私の力が跳ね返された?」
リャルルの声が頭の中から消える。そして私の左手にいつの間にかタブレットが握られていた。
私は左手のタブレットの画面が光り文字が浮かぶ。
『アナタの能力は魂の呼び出し』
『魂の呼び出し?』
『死者の魂をもう一度現世に戻す能力』
『タブレットと会話が出来る?』
『この画面は実際には存在していない。アナタにしか見えていない』
『え?』
そう思ってタブレットから顔を上げる。
「どうしたの? いつの間にか出した変な板なんて見詰めて」
「板?」
そうフリザに言われもう一度左手を見る。そこには確かにタブレットが光っていた。
『そうか、私にしか画面の文字が見えてないのか。リャルルの本も私には白紙のページに見えたけど、リャルルには何か書いて有るように見えてる……』
改めて私は目の前に立つリャルルの手にある本に目を向け、そしてリャルルと目が合う。
「それがリンの使徒の本?」
「そう……なのかな」
「その本のせいで私の使徒の力が弾かれた様ね。やはりリンも使徒だったか。じゃあアノ人が私達をこの世界に喚んだって気付いてたの?」
「アノ人?」
「ちょっと待って! 2人で訳の分からない事 話さないで!」
私とリャルルの話にダンが割って入ってきた。
「部外者は黙って! これは使徒と使徒の話よ!」
「部外者じゃない! 俺とダルも家族だ!」
「はぁ?…………ッフフフ…ハハハハ」
リャルルが呆気に取られた顔になり笑い出す。
「何が可笑しい!」
「ハハハ。そうね、この体の……リャルルの家族に違いない」
「そうだろう。だから俺も……」
「サヨウナラ」
そう言ってリャルルは本を持つのと反対の右手をダンに向けた。
「避けて!」
私の叫びは届かずリャルルの右手から加速魔法が放たれる。
「………………何とも無い?」
「うぁー!」
後ろで叫び声が上がる。そこには涙を流すエリオットの姿があった。
「お前が犯人だったのか!」
その日、大風の屋敷は見る影も無く崩れ去った。
私達はエリオットの放った最大規模の風魔法の余波に吹き飛ばされ気を失う。
残ったのは大風の屋敷だった物の残骸と、魔力を使い果たし命が燃え尽きて真っ白になったエリオット、そしてエリオットの風魔法が体に直撃し吹き飛んで首だけになったリャルル。
「みゃー……みゃー…みゃー……」
ダンの腕の中で泣くダルの体はエリオットから流れ込んだ歴代大風魔貴族達の魔力で包まれていた。




