冒険者と騎士
アイが部屋を飛び出してしまい気まずい雰囲気の中、絵本の時間が終わる。
私はまだ登園初日という事もあり、クラスの子供達と距離があって1人ポツンと椅子に座って回りの獣人の子供達様子を見ていた。
『兎の子2人。羊の子人。牛の子。虎の子。熊の子。馬の子。アイとアン、私を入れると10人のクラスなのかな? このクラスは高官の子供達のクラスって言ってたからみんな親が偉い人なんだろう』
「リン。今日は帰りましょうか」
リャルルとダンが部屋のドアの外から声を掛けてくる。
「うん……」
「先生、明日からよろしくお願いします」
ダンがピョコルに挨拶している。
「はい。お任せ下さい」
「リンはダンと先に外で待ってて、私はピョコル先生と少し話があるから」
「うん」
リャルルに言われ私はダンと保育園を出た。
「お父さん、お母さんと先生の話って何?」
「ええとな……リンをあのクラスに入れても大丈夫かって話かな」
「それってあのクラスが高官の子供達のクラスだから?」
「リンも知ってるのか。お父さん、下っ端の領兵だから……」
「でもお母さんの役職は偉いんでしょ?」
「そうだが、うちの領は女の人の高官が殆どいないからな」
「何で?」
「何で……白山領はこの【絵本の国】の西側にあるのは知ってるか?」
「うん」
「西にある白山領の更に西には魔族と人族の国がある」
「うん」
「元々魔族も人族もこの絵本の国で暮らしていたが、何代か前の【絵本の使徒様】が魔王となって人族と魔族も連れて絵本の国から独立して国の西側に新しい国を造った。それが今の魔王国だ」
「それまで人族と魔族は一緒に暮らしてたの?」
「そうだよ」
「でも、私の読んだ本にはそんな話書かれてなかったよ?」
「それは絵本の国、特にここが魔族と一番争った白山領だからだ。白山領には戦争で魔族に家族を殺された人が多い。だから魔族を良く書いている本は少ないんだ。リンは産まれて直ぐ沢山の本を読んでたけど、殆どが白山領で書かれた本なんだよ。本当の魔族がどんな人達なのか書いてある本はうちには無い」
「お父さんは白山領で暮らしてて何でそんなに魔族にくわしいの?」
「お父さんは昔、冒険者をしていたって言ったかな?」
「うん」
「お父さんの育った町の近くには遺跡があってね、そこを調べる冒険者だったんだ。そこはある【絵本の使徒様】の最後の住み家だったらしくて、その使徒様が魔族を創ったようなんだ」
「魔族を創った?」
「リンはこの絵本の国がどうやって出来たか知ってる?」
「うん。今日、ピョコル先生に聞かせてもらった絵本の話【最初の絵本】でしょ?」
「そうだ。あの話には続きがあってね、最初の絵本の使徒様の次に獣人族を創った使徒様が現れて、次に人族を創った使徒様、次に魔族を創った使徒様、魔物を創った使徒様、亜人族を創った使徒様、増えすぎた沢山の魔物を討伐した使徒様、魔族と人族に新しい国を創った使徒様……」
「その使徒様が魔王?」
「うん。絵本の国ではその使徒様を魔王と呼んでる」
「ねえ、そもそも使徒様って何者?」
「使徒様は神様が別の世界から喚んだ人だと言われている。産まれた時に1冊の本を持って産まれた人が使徒様と言われているんだよ」
「嘘よ!」
私の後ろから叫ぶ声がした。
「アイ?」
振り返ると私とダンを睨むアイが立っていた。
「魔王が絵本の使徒様だなんて嘘!」
アイが叫ぶ。
「…………」
それに対しダンは黙ったままだ。
アイは黙ったままのダンをジッと睨み。
「あなたがリンの父親ね! 噂通りやっぱり変人の嘘吐きだわ! 魔族と結婚するなんてどこかおかしいに決まっているのよ!」
ダンの表情が曇る。
「何とか言いなさいよ!」
「…………」
「何を騒いでいる!」
保育園の隣の領主官邸から1人の白犀の獣人が歩いて来た。
「バルナ様」
ダンが頭を下げ礼をする。
「護衛の騎士のバルナ様……」
それまで険しい表情だったアイの顔が笑顔になる。
「お前はゴウケン将軍の娘……」
「はい! 覚えていてくれたのですね! 私、バルナ様に憧れて騎士を目指しているのです!」
「騎士?」
「はい。女性騎士。白山領で最初の女性騎士、冒険者から騎士になったバルナ様が私の憧れです!」
「最初……」
「はい!」
「すまんな……私は白山領で最初の女性騎士では無い。お前の憧れる最初の女性騎士はリャルル様だ。リャルル様がいなければ私などただの破落戸のまま死んでいた」
「お母さんって騎士なの!」
白犀の女性騎士から母リャルルの名前を聞いて驚き叫んでしまう。
「お前がリャルル様の娘か! まだ2歳になったばかりなのにリャルル様も驚く運動神経だと聞いたぞ!」
「そうよ、バルナ。私の娘は凄いのよ!」
保育園の中からリャルルの声がした。
「リャルル様! 捜しました!」
バルナがリャルルに駆け寄って保育園に入ろうとする。
「止まって! ここは保育園ですよ! そんな訓練で汚れた格好で入らないで下さい!」
リャルルの後ろからピョコルが叫ぶ。
「ああ、すまん」
バルナはそう言うと保育園の入り口から後退りした。
ドン
「何で? 何で!」
アイはリャルルの脚にぶつかり体当たりをして保育園の中に走って行ってしまった。
「アイちゃん」
ピョコルがそれを追い掛けていく。
「え? あの子に何かした? ……まあいいや、それで? 何でバルナがここにいるの?」
「募集していた女性冒険者の中からタリア様の護衛騎士を決めました! リャルル様にその許可を!」
「私の許可がいるの?」
「はい。ターガツ様がリャルル様に聞いて信頼出来る護衛か確かめて許可を貰うようにと」
「はぁ……ターガツ……娘の護衛騎士くらい自分で決めてよ」
リャルルはそう言って肩を落とす。
「バルナ、それ明日でいい?」
「はい。明日でも大丈夫ですが……出来れば今日決めたいと……明後日のタリア様の洗礼に同行させたいので、それまでにいろいろ教える事が……」
バルナは申し訳なさそうに頭を掻く。
「分かったわ。それならこのままリンも連れて領主官邸に行くわ」
「領主官邸? 私も行くの?」
「そうよ。お母さんが仕事しているところをリンに見せたいの!」
そう言ってリャルルは私の手を引いて領主官邸へと向かうのだった。