保育園
朝からダンがリャルルの魔法で軽い怪我をすると言うハプニングはあったが、私は無事に保育園に到着した。
『ここが保育園?』
前に1度来た事のあるダンとリャルルの職場の隣に保育園はあった。
「ほら、リンと同いくらいの年の子もいるぞ」
保育園の門をくぐり建物に近付くと既に子供達が集まっていて楽しそうな声が聞こえた。
「ダンがモタモタしているから初日から遅刻したじゃない」
リャルルがダンをキッと睨む。
「リンちゃんかな?」
建物の前で立ち止まっている私達に中から兎耳の女性が出て来て優しい声で話し掛けできた。
「はい。今日からお世話になるリンです」
「あら、しっかりした子ね。私はリンちゃんの先生のピョコルよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いしますピョコル先生」
「では、リンちゃんはこっちに来てね、お友達を紹介するから。お父さんとお母さんは2階の園長室で手続きをして下さい」
「じゃあねリン。帰りに迎えに来るから」
「うん」
リャルルとダンと分かれて私はピョコル先生に連れられ教室に入った。
「みんな~新しいお友達よ~」
そう言ってピョコル先生は私の背中をそっと押す。
「リンです。よろしくお願いします」
私が挨拶すると少し年上の犬族の2人のそっくりな犬獣人の子が近付いて来た。
「アイよ」
全身白い毛だが頭の上の犬耳の先が少し茶色でキリッとした茶色い目の犬顔少女。
「アンです」
こちらも全身白いが犬耳の先が黒、少し垂れ気味の黒い目の犬顔少女。
「アイちゃん、アンちゃん、リンちゃんにいろいろ教えてあげてね」
「「はい」」
「よろしくお願いします」
「リンちゃん、案内するわ。まず絵本の場所ね。こっちよ」
アイちゃんが私の手を握ると本棚の方へと引っぱって行く。
「うん」
私はアイちゃんに言われるまま保育園の中を案内されていく。アンちゃんはそんな私達の後を静かに付いてくる。教室の本棚、荷物置き場、遊び道具置き場、そして教室を出てトイレと運動場、他のクラス、最後に中庭に出た。
「ここが中庭。晴れた日はここでカケッコしたりボール遊びしたりするのよ。これで案内は終わり。何か質問はあるかしら?」
「いや、特に……ありがとう」
「いいえ。ピョコル先生に頼まれてただけだから。それで、呼び名だけどリンで良い? 私もアイで良いから」
「えっ……あ、うん」
それまで丁寧に話していたアイの口調が急に話し方が変わる。
「それでリンは何族?」
「ええと……猫かな?」
「猫……見た感じ黒猫族ね。それにしては変わった姿だけど」
「あ……お母さんが人間だから」
「人間? 人族って事か?」
「そうそう人族」
「そうか」
アイはどこか疑うような目で私を見る。
「リンちゃんは何歳?」
それまで静かに後ろを付いてきていたアンが話し掛けてきた。
「2歳」
「2歳! 2歳って言ったらタメェメちゃんやモラウくんと同い年よね? しっかりしてて2歳には見えないけど、お母様はご病気か何か?」
2歳と答えたのに対してアンが驚きの声を上げる。
「病気?」
「ええ、2歳で保育園に来るのはお母様が病気か何かだからでしょ?」
「ううーん……病気ではないよ。お母さんのお腹に弟か妹がいるから」
「ああそうなの。それはおめでとう」
「ですが、それならばメイドを雇えばよいのでは?」
アイが不思議そうに聞いてくる。
「アイ、どこの家庭でもメイドを雇えるわけではないのですよ」
「そうかな? 私達の高官の子女のクラスに入る家ならメイドくらい雇えるでしょ? ねえリン。……黒猫族……黒猫族に近いとなると領兵隊の副隊長の黒豹のハーグさんの娘でしたか?」
「ううん、違うよ」
「そうなの? でも猫族系統の高官は他にいた? リンのお父様は誰?」
「私のお父さんの名前はダンだょ」
「ダン? そんな方いました? アンは知っている?」
「……私も聞き覚えがありません」
「ああ、うちのお父さんは2年間育休だったから、知られてないんじゃないかな?」
「育休?」
「そうなんだよ。領主様がお母さんの仕事復帰を頼んだからお父さんがその分多く育休を取ったの」
「そうでしたの……お母様が……ではリンのお母様が高官なのかしら? 白山領で女性の高官は珍しいわよね。お母様のお名前は?」
「リャルル。私のお母さんの名前はリャルルよ」
「リャルル? リャルルってあの魔族の……あなた魔族の子なのですか!」
アンが驚きの声を上げる。
「アン、クラスに戻りますわよ! リン、もう案内は済んだので1人でクラスまで戻れますわよね」
そう言うとアイとアンは私を1人置いて行ってしまった。
1人残された私は中庭に佇む。
『リャルル……嫌われてるの? それとも魔族が嫌われてる?』
「ごめんなさいね」
数分間、、1人で中庭で考えていると慌てた様子のピョコル先生が駆け寄って来た。
「あの……私……」
「ごめんなさいね、園長先生があなたを高官の子供達のクラスにしたのだけれど、獣人族が多いこの白山領では魔族を嫌う者達が多いのよ。昔、まだ国境に結界が張られる前に戦争があって、獣人族は魔族に沢山殺されたから。白山領の西側に人族や魔族達が勝手に国を造ってしまって、国境を接する事になったのもあるのだけど、私達の国はあの国を国とは認めていないし……ごめんなさい、リンちゃんにはまだ難しいわよね」
「いえ……」
「クラスに戻りましょう。もう直ぐ絵本を読む時間ですから」
「はい……」
私はこうしてアイやアンのいる高官の子女のクラスに戻ってきた。
クラスの中の私を見る目はどこか余所余所しく居心地が悪いものだった。明らかに私に敵意の目を向ける者。怯えた目で見ている者。よく分かっていない者。
『私、このクラスで毎日過ごすのかな? 保育園を代わる? クラスを代わる? でもどこに行っても同じなのかな……』