2歳
「今日から保育園だぞ」
ダンが心配そうに私に黄色い帽子を被せる。
この世界に生まれ変わって2年。
ダンの育休が終わり、私は保育園に通う事になった。
「リンは大丈夫よね。凄くしっかりした子だもの」
「うん」
「そうか……それでもお父さんは心配だな」
「大丈夫!」
「うん……やっぱりお父さんもう少し育休を取ろう!」
「ダメに決まってるでしょ! 仕事クビになるわよ!」
「そうだな……それならいっそ仕事辞めるか! リャルルの稼ぎだけでも十分暮らしていける」
「そんなのダメに決まってるでしょ! もう直ぐ2人目の子供が産まれるのよ!」
「それは嬉しいけど……リンと離れるのは悲しい……」
「しっかりしてよ!」
登園初日の朝からグダグダな父親【ダン】ともう直ぐ2回目の産休に入るしっかり者の母親【リャルル】。
そして自分で登園の準備をするしっかり者の私【リン】。
「何で私の名前リンって付けたの?」
生まれ変わってからずっと疑問に思っていた事を登園初日のこの日に聞いてみた。
前世の名前は【鈴】と書いて【すず】。鈴をリンと呼んでいたのは同じ病院に入院していて仲良くなった莉愛と竜と陸だけ。3人と最初に会った時、竜が私のネームプレートの漢字を見て読み間違えたのが始まり。私達4人の中ではそれがそのままニックネームの様になっていた。莉愛も竜も陸も【り】から始まる名前だったからなのか、私だけ仲間外れになるとでも思ったのか分からないが【りん】と呼ばれ続けた小児病棟での4年間。それがこの世界に来てからも同じ名前で呼ばれる不思議にずっと疑問があった。
「何で? リャルルのリとダンのンでリンそれだけだけど?」
「……」
「そうだったの!」
何故かリャルルが驚く。
「まあ本当は何故かリャルルのお腹に子供がいるって聞いた時、急に頭の中にその名前が浮かんで、その名前しか着けたらダメな気がして」
「それじゃさっき言った名前の由来は?」
「うーん……後付け?」
「はぁ~……」
リャルルは呆れた様に溜め息を吐いた。
『ダンの言う事が本当なら私のリンて名前は最初から決まってたのかな? 私がこの世界に生まれ変わったのと関係ある?』
名前以外にも不思議な事がある。初めから言葉が通じている事。そしてこの世界の文字が日本語のひらがなとカタカナな事。
転生した私にとっては解りやすくて便利なのだけど、いろいろこの世界を疑ってしまう。
『この世界……私の夢? 陸が死ぬ前に変な話をしたから私も影響されて死ぬ前の意識を失う間に夢を見てるのかな? それなら直ぐ終わる? それとも一瞬で異世界での2年間分の夢を見てるの?』
「リン準備出来た? そろそろ出るわよ」
「はーい」
私はこの日私の入園の為に休みを取ったリャルルに手を引かれ家を出る。長期休暇最後の日のダンは浮かない顔で重い足取りで私達の後を付いて来ている。
私は回りの子供達に比べてかなり成長が早いらしい。それはこの世界に来てからの2年間、体を鍛え、家にある本を読み漁り、そして魔法の練習もしていた。
魔法と言っても初級魔法。どうやら母リャルルから魔法の才能を受け継いだらしい。父ダンからは猫族の機敏な動きと体の柔らかさを受け継いだようだ。既に単純な走る速さやジャンプ力は2歳にして人族のリャルルを超えている。ただリャルルには魔法があるので実際に走ったり跳んだり競争してもまだ勝てない。
「ねえ、保育園ってどんな所?」
隣を歩くリャルルに聞く。
「同じくらいの年の子達と歌を歌ったり踊ったり絵本を読んだりかな。お母さんは子供の頃はこの国にいなかったから……ねえダン、子供の頃保育園はどうだった?」
「うーん……楽しかったと思うけど。俺、家に居場所無かったから、保育園や学校が楽しかったのもあるからな……」
ダンの口から思いもよらない言葉を聞く。そういえば私はまだ両方の祖父母と会った事が無い。
「私のお祖父さんやお祖母さんはいるの?」
「一応いるのはいるぞ。白山領の外れの田舎町に」
「私の方は母親……リンのお祖母ちゃんは人間だったから寿命でもう大分前に死んでるの。父親は魔族の国の貴族だったらしいけど、多分生きてるんじゃないかな。父の屋敷でメイドだった母が私を妊娠して父の本妻に私の命が狙われて……まだ子供のリンにする話じゃ無いわね。リンがもう少し大きくなったら話してあげるわ」
「そうだな、2歳のリンにはまだ早いな」
「私なら大丈夫だよ」
「そうか?」
「でも、外で話す話しじゃ無いでしょ。それにリンが回りの子に比べて少し賢くても2歳の子に聞かせたく無い!」
「えー……それならこれだけは教えて、お母さんって魔族なの?」
「そうよ。半分だけど」
「私も魔族?」
「半分の半分ね」
「知らなかった……」
「そうなの? リンももう魔法を使っているから知っているとばかり思っていたけど」
「いやいや、魔法はお母さんに教えてもらったけど魔族だなんて聞いてない!」
「そうだったかしら? リンはよく本を読んでいていろいろ知っているから知っているのだと思っていたわ」
「この国は魔族は少ないからな。魔法の本もリャルルが凄く昔に自分で書いた物だし……」
「凄く昔?」
「そうね、200年くらい前かしら」
「200年前! お母さんって何歳なの!」
「もう! 女の人に歳を聞くのは失礼なのよ!」
「そうだぞ。リャルルは312歳だって事を気にしてるんだから」
「ダン?」
「えっ?」
次の瞬間、ダンはリャルルの風魔法で吹き飛ばされたのだった。
『リャルルお母さんに歳の話はしないでおこう』
この日、私はそう心に決めたのだった。